訪問




菅原はそわついた様子で待ち合わせ場所に立っていた。
時折手にしたケーキの箱を見下ろしては深呼吸する。

「菅原…」
「千葉」

と、そこに軽い足音が近付いてきて声がかけられた。
顔を上げれば、部屋着なのか以前デートの時に着ていたものよりも幾分ラフな格好をした遥が駆け寄ってくる。

「ごめん…待った…?」
「そんな待ってないよ。じゃあ今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ…」

菅原は微笑むと改まって向き合い、軽く頭を下げた。
それを真似して遥も頭を下げ、そしてととっと隣に移動すると歩き出す。

「…それ…何…?」

遥は時々右だの左だのを言いながら菅原が手に持った箱を指して首を傾げた。
ああ、と頷いた菅原は箱を少し持ち上げ、箱に印刷された店の名前がよく見えるようにする。

「手土産のケーキ。やっぱ何もないのはちょっとね」
「…手土産なんていいのに…」
「まぁまぁ。千葉、ケーキ好きだろ?」

菅原がいたずらっぽく微笑めば遥もくすぐったそうに笑みを浮かべた。

「…ん。すき…」
「ならよし!な!」

笑い合った二人は、ゆったりしたペースで目的地たる千葉邸へと歩を進めた。




○●○●○




千葉家は学校からもそう遠くない住宅街にあった。
少し古い民家はこの辺りではお馴染みの外観で、遥は慣れた調子で門をくぐり玄関の引き戸を開ける。

「ただいま…」
「お邪魔します」

二人が挨拶しながら入ると、ちょうど短い廊下の先に人影があった。
こちらに気付くとふたつに結った髪を跳ねさせ、盛大に顔を歪める。

「ゲッ!!」
「あ…えと、沙生ちゃんこんにちは」
「………こんにちは」

菅原の挨拶に沙生はたっぷり間を置いたあとでしぶしぶ挨拶を返した。
あまりにもな反応に菅原は苦笑いしつつ隣の遥に小声で尋ねる。

「………俺、来て良かったのかな」
「大丈夫だよ…?」

菅原を見上げた遥が、首を傾げながらそう答えた。

「そーいえばすーちゃん…その袋…掃除してたの…?」
「?そうだけど…って」

菅原と遥は靴を脱いでいたが不意に遥は妹が手に大きなごみ袋を持っているのを見て問い掛けた。
沙生は肯定したところで突然ハッと何かに気付き、慌てた様子で声を上げる。

「お姉ちゃんタンマ!ちょっと外居て!」
「?リビングは昨日掃除終わってたよね…?」
「リビング通るから!だからちょっと待っ…」

沙生がごみを放り出して姉と客を一時的に追い出そうとした時だった。
沙生の背後のドアが開いたかと思えば、そこからドヤドヤと聞こえてくるふたつの声。

「沙生ー!廃品回収どこ置いとけばいーっけ?」
「あ!遥帰ったのか、手伝え!」

現れたのは、菅原が以前にも見たことのある兄と、その外見年齢から考えておそらく父だった。
緊張して背筋が伸びるも、その両手に持った雑誌の束に別の意味で硬直する。

惜しげもなく胸や脚、ひいては下着などまで挑発的に見せつけてくる女がでかでかと載った表紙のそれは、いうまでもなくエロ本というやつだった。
結構にハードな部類であろうそれが、かなりの冊数持ち出されようとしている。

「ぎゃぁあああ馬鹿父馬鹿兄ーー!!」

醜態ともいうべき事態に悲鳴を上げたのは沙生だった。
短い廊下を駆け戻り、兄の胸ぐらを引っ付かんで叫ぶ。

「よりによってなんつーもんをっ…てゆか何冊溜めてたのさ!!」
「ナメんなまだまだあるわ!」
「こんなもん序の口じゃ!」
「いつから捨ててないのよそれ!?」

年頃の娘の前でのものとは思えないやり取りが続く。

遥は脇の階段に菅原を手招き、とんとんと軽い音を立てながら上にあがっていった。
菅原は下の惨状と遥とを見比べながら着いていっていたが、やがて遥の部屋らしいドアの前に立ち止まると言葉を選びながらコメントした。

「……えっと、オープンなお父さんとお兄さんだね」
「……いつもああ…」

ドアノブを捻った遥が淡々と答えた。







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