マフラー






何とはなしに窓を開けると、冷たい風が肌を刺した。
遥はぶるりと震えるとクリーム色をしたカーディガンの上からブレザーを着込み、マフラーを取って首に巻き付ける。

「お姉ちゃん、そろそろ出ないと遅刻だよー」

一通り支度を終えてふぅと一息ついていると、部屋の外から沙生の呼び掛ける声が聞こえてくる。
遥は今行く、と告げると鞄を肩にかけドアノブを捻った。

窓の外では、すっかり葉の落ちた木々が寒そうに枝を震わせていた。




○●○●○




「スガさん」
「ん?何、田中」

朝練を終え、着替えているといやに真剣な顔をした後輩が声をかけてきた。
菅原はシャツのボタンを留めながら先を促すように顔をそちらに向ける。

田中はキリリと唇をひき結び、やや躊躇っていたがやがて口を開いた。
その耳は真っ赤に染まっているのに気付き、菅原はおやと思う。
と、次の瞬間それは投下された。

「彼女さんともうキッキキキ…キスとかしたんすかっ?」
「ぶっ!?」

田中の質問に菅原は噎せた。
自分の頬に熱が集まるのを感じながらも田中をしっかと睨み付ける。

「な、何を…」

しかしそこに乱入してくる、新たな後輩がもう一人。
前髪にメッシュを入れ、全体的に逆立てた髪型の特徴的な西谷夕だ。

「スガさんの彼女さんてあのふわふわした髪のひとですよね!可愛い感じの!」
「ど…どーなんすかスガさん?」

二人はべらべらと好き勝手にしゃべって菅原に詰め寄った。
そのあまりの勢いに圧されながらも、菅原はドウドウと両手を上げてそれを諌めようと試みる。

「ちょ、待って待って。何、まず田中なんでそんなこと聞くの」

菅原の言葉に田中の耳がぼっと赤く染まった。
言い辛そうに唇を尖らせると、いつものやかましさはどこへやらぼそぼそと言う。

「や…その…キキキキスってどんな感じがすんのかなっていうか…後学のためっていうか…」
「…………」

菅原はなんとなく冷めた眼差しで田中を見やった。
それから、続けて西谷に目線を移す。

「旭さんとこ行った時に偶然見かけて、んで旭さんが「スガの彼女だよ」って教えてくれたんで!」
「俺を巻き込むなよ!!」

東峰は青い顔で慌てて言った。
その後ろで澤村が呆れた視線を投げ掛けているのはまぁ、日常茶飯事として菅原ははぁと溜め息を吐いた。
それから、のろのろとまた着替えを再開させる。

「ったく…別にいいべ、俺が彼女と何してようが」

菅原は言うと鞄を取って肩に引っ掻けた。
それを見て田中たちも慌てて着替えを急ぎながら、興奮した面持ちでひそひそと囁き合う。

「…ス…スガ、なんか意見がオトナだなぁ…」
「オトナってかなんか、いかがわしいっススガさん…っ」
「いかがわしいって…」

菅原は呆れ返った表情をしていたが、やがて先に部室を出た。
校舎に入り、靴を履き替えていると不意に学ランの裾が引かれて振り替える。

「…おはよう…」

遥だった。
淡い色の、チェック柄のマフラーに口元を埋めた彼女はまた菅原の目に新鮮に映った。
マフラーに巻き込んだ髪が柔らかに波打って、また違った雰囲気だ。

「千葉!おはよ。寒いね」
「ん……部活お疲れ…」
「ありがと。教室まで一緒に行こ?」
「ん……」

菅原は隣に来た遥に歩調を合わせて歩き出した。
他愛もない会話を楽しみながらも、頭の中では田中の質問がぐるぐるとループする。

「……………キス…」
「ぅえいっ!?」

と、不意に遥の唇からその単語が紡がれて菅原はすっとんきょうな声を上げて足を止めた。
驚いたのか、遥は肩を跳ねさせはしたものの、すぐに立ち止まると不思議そうに首を傾げて菅原を見る。

「?」
「あっ、ご、ごめん。なんの話だっけ」
「…すーちゃんがホッチキス外せなくて泣いてた話…」
「……いつのまにそんな話に…」

菅原はぼやくように言いながら、じっと見つめてくる遥にへらりと笑いかけた。
安心させるつもりだったが、みるみるうちに眉根が寄って慌てふためく。

「……考え事…?」
「ぅえっ!?」

遥は思い付いただけ、といった調子のそれで言った。
菅原はぎくりと肩を強張らせてまた声をあげる。

「…なんか…ぼんやりしてる…悩み……?」
「あ…あー……」

菅原は頭をかきかき、どう言い繕ったものかと言葉を探した。
遥は目を伏せて俯くと腕を伸ばし菅原の学ランの裾を小さく引きながら言う。

「…私出来ることあったら…言ってね…」
「………」

菅原は少しの間惚けたように口を開けて立ち竦んだ。
が、やがて笑いを堪えるかのように唇をひき結ぶと遥の頭に手を乗せる。

「……うん、ありがと。でもまだ言わない…ってか言えない、かな」
「…?」
「あ!千葉の気持ちはすげー嬉しいんだよ!単に俺がヘタレというか!」
「???」

菅原は捲し立てるように言った。
遥は傾げていた首を更に倒しながら不思議そうにする。

遥はそのまましばらく菅原を見上げていたが、やがてその顔がにっこりと笑みを浮かべるとつられたように表情を綻ばせた。

淡い色のマフラーが、柔らかなそれにまた花を添えていた。




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