ハロウィン




オレンジと黒がやたら目につく時期がやってきた。

「スーガ!トリックオアトリート!」

クラスメートの女子が楽しそうに声をかけてくるのに、菅原は苦笑いしながら持っておいた飴をひとつふたつわけてやった。
彼女たちはきゃっきゃと喜んで去っていく。

「女子楽しそうだなー」
「ほんとになー。」

澤村とふたり、ロッカーにもたれ掛かりながら自分達のユニフォームにも使われているその色が教室のあちこちでやり取りされているのを眺めた。
人当たりのいい二人は、イベント好きな女子にとって格好の餌だ。

「千葉さんはこーゆーのやんないの?」
「さぁ、どうだろ。誘われたらやると思うけど」

甘いもの好きだし、と続けた菅原に澤村はにやにやと笑った。
そして茶化すように言う。

「すっかり彼氏らしいこと言うようになったじゃないか、スガ」

菅原はちょっと赤くなった。
それから唇を尖らせてぼそりと言う。

「そりゃ、彼氏だし」

拗ねた友人に澤村はクックと喉の奥で笑った。
鳴り始めたチャイムと同時に騒がしさの増す教室は柔らかな陽の光に机の表面を反射させていた。




○●○●○




昼休みの教室。
菅原と遥はめきめきと腕を上げていく遥手製の弁当を平らげ、ジュースタイムに入る。
と、そこで珍しいことに遥は「食べていい…?」と鞄から包みを取り出した。
菅原は勿論了承し、真っ赤なリボンのついた袋の中にはシュークリームが入っているのを眺める。

「もらったの?」
「ん…なっちゃんがくれた…」

菅原はホクホク顔でリボンをほどく遥を眺めて柔らかく目を細めた。
クリーム系好きだよなぁ、と微笑ましく思っていたのだが、隣でシュークリームにかじりついた彼女が急に固まり、そしてじんわりと目に涙を浮かべたことでその考えはどこかに飛ぶ。

「えっ、どしたの!?」
「……辛い……」
「辛…っ??シュークリームだべ!?」

菅原は遥の腕を取ると引き寄せてシュークリームの中身を見た。
イチゴクリーム…にしては赤すぎるそれは、なるほど菅原が好んで食べる部類のものだ。

「…あーあー…大丈夫?ジュース飲んだら?」
「…うん…」

遥はジュースのパックを取るとゆっくりとすすった。
菅原は空いている側の手で遥の目尻に浮かんだ雫を払ってやる。
その間、捕まれた腕も掴んでいる手もそのままだ。

「……これどうしよう…」

遥は赤いシュークリームを恨めしげに見て小さく呟いた。
菅原もつられて見つめていたが、やがてふらりと動いたかと思うと掴んだままの手に顔を近付け、ぱくりとかぶり付いた。

再度、遥が硬直する。

「…ん、俺多分食べれるよ。もらう」
「…………………え、あ」

菅原は遥の反応に気付かず、口の端についたクリームを舐め取りながら言った。
遥はただ狼狽えながら腕を引っ込めることも出来ずに言葉にならない音を漏らす。

「ん?」

菅原は呑気に言って遥を覗き込もうとした。
途端、びちっと鈍い音を立てて塞がれる視界。

「…遥、遥ちゃん。ちょい前見えない」
「見なくていい……」
「……」

菅原は少し黙った。
そしてひょいと軽い仕草で身を引き、目隠しから逃れる。

見えたのは、少し体を強ばらせ頬を染め慌てた表情の遥だった。
菅原はキョトンとしたものの、すぐにはにかむように安心させるようにニッと笑いかける。

「……………」

遥はしばらく菅原の笑顔を見つめていた。
が、やがて表情を綻ばせるとすいっとシュークリームを菅原の口元に差し出す。

「……あーん…」

菅原はそこからゆっくりと激辛シュークリームを堪能した。
流れる空気は酷く甘やかで、食べているものが罰ゲームまがいの代物だという事実を忘れさせる。

「そういえば」

不意に、シュークリームを食べ終えた菅原がぺろりと唇を舐めながら聞いた。

「千葉はやんないの?」
「?」
「トリックオアトリート」

菅原の言葉に遥はゆっくりと瞬きした。
それからじゃあ…と口元に袖を当て首を傾げてから紡ぐ。

「…菅原…トリックオアトリート…」
「ほい」
「!!」

菅原はあっさりと何かを遥に渡した。
瞬間、遥の顔がパァと明るくなる。

「クリームパン…!」
「坂ノ下の安いやつだけどね。ふつーに甘いから、おやつにでも食べな?」
「菅原…ありがとう…」
「どーいたしまして」

クリームパンを胸に抱いた遥は嬉しそうだった。
菅原は微笑ましそうにそれを見つめていたが、ふと悪戯を思い付いたような笑みを浮かべると「なー、千葉」と声をかける。

「俺も、トリックオアトリート」

遥は無言で菅原を見た。
それから、さっきとは逆の向きに首を傾げて聞き返す。

「……悪戯なら何するの…?」
「…あー…考えてなかったべ」
「………」

菅原の答えに遥はふっと口角を上げると眉尻を下げてくすくすと笑った。
細かく震える肩で髪がふわふわと揺れ、菅原は怪訝そうに首を傾げる。

「…ん…でも菅原のすることだったら…多分なんでも嬉しい…」

遥は顎を引き、笑いを堪えるような仕草で言った。
ほんのりと頬を染めたその姿に、菅原の心臓が大きく音を立てる。

「…お菓子作り…来年は頑張るね…」
「……ソウデスカ」

にこ、と微笑みながら告げられた言葉に菅原は目線をそらしながらぼそぼそと相槌を打った。
それを見て遥がまた嬉しそうに笑う。

ほどかれたリボンについていたカボチャ提灯の飾りが二人を手元から見上げ、はにかみながら見つめ合う彼らにニンマリと笑みを浮かべていた。




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