ときめき






『…プログラムナンバー37、部活対抗リレー』

放送委員の涼やかな声が演目を告げる。
チアガール姿で他の女子と意味もなくポンポンを揺らしていた遥は、入場門から中央に向けて駆けていく団体の中にいちはやく菅原を見付けて胸を高鳴らせた。

『それぞれの部活の特色を押し出しながら、最後まで諦めない精神で魅せます。お楽しみください』

基本的に出場者は現時点での部活の主戦力らしかった。
顔見知り(顔を知っているだけともいう)は多く、彼らはめいめい部活のユニフォームに身を包み、部活で使用するアイテムを手にコースを睨んでいる。

その中で、オレンジと黒のそれに身を包み、手の中でボールを回転させる菅原の姿はどうにも遥には眩しく見えた。

そしてそれは走り手が菅原になり、駆け出してからはさらに顕著になった。
どうしようもなく締め付けられる心臓に、遥はぎゅっとポンポンを胸に抱いて顔を伏せていた。

バレー部は3位という結果で幕を閉じ、チームメイトたちと笑い合う菅原に遥はまた胸をきゅんとさせていた。




○●○●○




競技を終え、遥はタオルを片手にきょろきょろと菅原を探した。
と、水道のところで頭から水を被っている菅原を見つけ、遥はとことことその側に寄る。

器用なもので、菅原は頭だけを濡らして涼を取ると首筋にはわずかな水を垂らすだけでそのまま上体を起こした。
そして菅原はすぐに遥に気付くと、いつもよりボリュームのない髪を軽くかき上げながらニッコリ笑う。

「千葉」
「…っ」

まだ白い陽射しに水滴がきらきらと光り、それが視覚に更なる効果をもたらした。
遥は赤い頬を隠すように俯くと、半ば押し付けるようにしてタオルを差し出す。

「、これ…使って…」
「お、ありがと。実はタオルさっき地面に落としちゃってさ」

傍らのわずかに汚れたタオルを見やりながら菅原はそんなことを言った。
が、遥は菅原の喉を緩やかに伝う水滴を見てしまってからそれどころではない。

細く見える、じつはしっかりとした体につい手が伸びてしまいそうなのをもう片方の手で押さえる。

目を伏せ、唇をきゅっと引き結んで耐えていると不意に不思議そうな色を含ませた声が降ってきた。

「千葉?」
「、」

はっとして意識を戻すと、菅原の顔は下にあった。
タオルを頭に乗せたままの菅原は覗き込むようにして遥を見上げていたが、ようやく目が合ったことに満足そうに微笑むと「ん」と頭を差し出す。

「…?」

困ったようにたじろげば、菅原は甘えるように上目遣いで遥を見上げ首を傾げて頼んだ。

「拭いて?」

遥の心臓がきゅっと跳ねて背筋に何かが走った。
しばらくトクトクと小刻みに脈打つ胸を押さえていたが、やがてそろそろと腕を伸ばすとタオル越しに菅原の柔らかな灰色に触れる。

「……部活対抗リレー…」
「あー、見てた?途中まで2位だったんだけどな。やっぱバスケ部と陸部は強えーわ」

菅原はからからと笑うと、気持ち良さそうに喉を反らした。
見えた喉仏に遥はまた深く俯きながら、ぼそりと言葉を漏らす。

「…でも、かっこよかった…」
「……へ?」

菅原は呆けたように遥を見た。
遥は少し躊躇う素振りを見せたが、やがて照れ臭そうに、でも嬉しそうに微笑む。

「…菅原…かっこよくて、ドキドキした…」
「……え………」

菅原の顔が赤らんだ。
俯くと、淡い桃色をしたタオルが垂れてその表情を隠す。

「……菅原……?」

遥は追い掛けるように屈み込むと覗き込んだ。
短いスカートからすんなり伸びた脚を曲げ、じっとタオルの下を見つめる。

「……」

菅原は無言のまま、膝にだらりと乗せた腕に顔を伏せた。
もう片方は軽く曲げ、こめかみのあたりを擦る。

「……」
「?」

菅原は遥を見た。
遥は首を傾げ、ゆっくりと瞬きする。

菅原はしばらくそのままだったが、やがてくしゃりと破顔した。
遥もつられるようにして顔を綻ばせ、互いにくすくすと笑い合う。

遠くでプログラムを読み上げる声が聞こえ、そして二人は仲良く並んでグラウンドへと歩き出した。
色の違うハチマキをひらひらと揺らし、歩調を合わせながらいつしか手を繋ぐ。

体育祭は、色付いた葉の舞う茜空の元やがて終了を迎えた。
冬がだんだんと近付いていた。





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