借り物競争





「あれ、千葉」
「…菅原…」
「借り物は出ないんじゃ…?」
「…ん…あのね…」

手当てを終え、遥は持ち場に送ったのだが競技の集合場所に赴いた菅原は本日数度目の再会を果たした。
困ったような顔の遥は傍らの友人を見やり、それからゆっくりと菅原の前に立つ。

「…借り物なら怪我もあんまり響かないだろうからって…クラスの皆が…」
「あー…なるほど…」

菅原は先程自分が手当てしたばかりの遥の膝を見やって頷いた。
痛みはあまりないとは本人の言い分だが、見ているこちらが痛いのはやはり共通の認識らしい。

「……無理はしないよーにね」
「……ん…」

菅原は迷ったものの、結局それだけ声をかけた。
頷いた遥はぼんやりしていて、若干の不安を誘った。




○●○●○




お題に『宝物』を引き当てた遥は持ち前のマイペースさを発揮していた。
手ぶらで係の生徒のところまで歩いていくと、真顔で言う。

「思い出…」
「美しい話だけど駄目です」

結果、失格でゼロ点。
それでも文句を言わないクラスメートたちはおおらかなのかただ面白がっているだけか。

そして菅原の番が来る。
周囲と合わせた早さでお題の紙を引くと、そこにあったのはこの競技に一番ありがちなそれ。
さっと頬を染めた菅原は未だ係の男子生徒と何か話している遥を見る。

「……思い出はいつも胸に…」
「借り物競争だから。…あれ、借り物の定義って何だっけわかんなくなってきた…」

何てことのない会話。
けれどそれはえらく仲良さげに見えた。
そのことで菅原の胸には苛立ちにも似た激しいものが沸き起こる。

「っ」
「お?」
「…菅原…?」

気付けば菅原の足は動いていた。
驚く表情の遥の腕を取ると、有無を言わせず男子生徒の前から離れる。

「お題、」

菅原は別の係の生徒の前まで行くと自分のお題の紙を差し出した。
むしろ突き付けたと言っていい。

生徒は紙を受け取るとなるほどとでも言いたげにニンマリと笑い、「合格です。2位」と順位のカードを渡す。

菅原はカードを受け取ると、ゴールした生徒の集まる場所まで遥を連れていった。
時折見える顔が不思議そうに傾けられているが、今はまだ落ち着いて事情を説明できそうにはない。

「………」

菅原は無言のまま、適当な場所まで行くとそこでようやく遥の手を離した。
そしてずるずると座り込み、膝上で組んだ腕に顔を突っ伏す。

「……」

遥もまた無言だった。
しばらく菅原を見下ろしていたが、やがてふらりと動く。

「!」

菅原は背中に感じた温もりに肩を跳ねさせた。
背中合わせになってもたれかかってきているらしい遥の髪が首筋に触れ、その部分がカッと熱くなる。

「……何かあった…?」

触れている部分に意識が集中している菅原に遥が小さな声で聞いた。
うっと詰まった菅原は調度スニーカーの横に転がっていた石を見つめながらしどろもどろに口を開く。

「……まぁ、ちょっと」
「………平気…?」
「………………」

菅原は黙り込むと仄かに香る遥の匂いに目を閉じた。
少し躊躇い、そして言う。

「……ちょっとあったけど、もーいいや」
「?」

菅原は照れ隠しのように上げた片腕で首筋を掻いた。
その反動で背中ごと揺れ、空を仰ぐこととなった遥は不思議そうにはしていたものの不審の色はなかった。

見上げた空には鰯雲が浮かび、数時間後の茜空に期待を寄せさせた。





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