体育祭




ドンドン、ボフンとよく晴れた秋空に煙が上がる。
いつもは殺風景な運動場も、今日に限っては彩り鮮やかな国旗が頭上を飾り、忙しない音楽をバックにそこかしこに派手な看板が立ち並ぶ。

本日、県立烏野高校の体育祭だ。

「やっべー、スガぁ。ハチマキほどいてくんね?堅結びしちゃった」
「おっけー」

菅原は寄ってきたクラスメートのハチマキを緩めようと指先でいじくり始めた。
しばらく悪戦苦闘して、ようやくほどき終える。

「さんきゅー。あ、ついでに結び直してもらっていいか?」
「いーよ、ぎっちぎちに絞め付けたる」
「キャー、やーめーて」

クラスメートは菅原の冗談に笑いながらも大人しくハチマキを結ばれた。
と、そこにふわりと芳しい香りが横切る。

「…あ…菅原…」

遥だった。
菅原に気付くと足を止め、嬉しそうに手を振る。

「千葉!」

菅原は思わずハチマキを力一杯引き結んだ。
クラスメートが手元で悲鳴を上げるが気付かない。

「今日ふたつなんだ。あ、三つ編み…何だっけ、アミコミ?」
「…ん…すーちゃん作…」

菅原は編み込んだ上でふたつに結うという少しばかり手の込んだ遥の髪型にニコッと笑った。
妹の力作を誇らしげにする遥を微笑ましげに見つめ、告げる。

「ん、可愛い。崩れにくそうだし、いいね」
「…ありがと…」

はにかむ遥、幸せそうな菅原。
ついでに額を絞め付けられ過ぎて孫悟空とシンクロしつつあるクラスメート。
幸い、破裂する前に澤村によって救出はされたがクラスメートが多少なりともトラウマまがいのものを植え付けられた事実は否めない。

「今日はお互い頑張ろーな」
「…うん…負けない…」
「その意気その意気」

しかしハチマキを絞め上げた事実など等の昔に頭から消し去った菅原とそんな事実など最初から見てすらいなかった遥はそれはそれは和やかに会話を展開されていた。
彼女もなく、ただ事故的に菅原の思いがけない一撃をその額回りにおいて知ることとなったクラスメートは二重の意味で心に傷を負った。

苦笑いの澤村が、慰めるようにその肩をぽんと叩いていた。




○●○●○




体育祭はあれよあれよという間に進む。
遥は徒競走で意外な俊足を見せ、菅原もリレーで運動部らしい機敏な走りを見せた。

障害物競争では遥が派手なスライディングで二人を抜いてのゴールを決め、会場中を沸かせていた。
が、もちろんその代償とばかり擦りむいた膝はひどく痛々しく、赤の滲む白い足を見た菅原は眉根を寄せた。

「はい、乗って」
「……怒ってる…?」
「……怒ってはないよ。でも痕でも残ったらやだろ、消毒しよ?」
「……ん」

菅原は競技後の遥を捕まえると、しょんぼりする少女を宥めて自分の背に乗せた。
見下ろせば目に入る膝が痛そうで、時折背負い直しながら唇を噛む。

「…菅原、借り物競争は…?」
「まだ時間あるし。それに係の奴にはちょっと保健室行ってくるって言ってあるから、競技までに戻ればヘーキ」
「……そか…」

遥はしばらく菅原の背中を見つめていたが、やがてぽふりとそこに体を預けた。
ふわりと持ち上がった前髪が首筋をくすぐり、菅原の肩が小さく跳ねる。

「千葉?」
「……菅原の背中結構広い…」
「…?まぁ、一応男だし…大地とか旭に比べると小さいと思うけど」

あと千葉のお兄さんとか、と続けた菅原に遥はそういえばと目を瞬いた。
たまにあることだが、兄がいることを忘れそうになるのは何故なのかと思う一方どうでもよくもある。

「……菅原、」
「何?」

遥は肩に置いていた手をそっと菅原の首に回すと、耳元に口を寄せた。
一瞬躊躇い、そしてささやく。

「…菅原、だいすき」

途端菅原がつんのめった。
転けることはなかったが、動揺はわかりやすく、耳はみるみるうちに赤く染まる。

「……お、れも」
「………」
「……俺も、千葉のことすごい好き」

首だけ振り向いた菅原は照れた表情でそれだけ言った。
遥は嬉しそうに笑い、ぎゅっと首に抱き着く。

遠くで聞こえるアナウンスが、会場を沸かせていた。
早いところ手当てを済ませ戻らないととは思う一方で、サボってでももう少しこうしていたいと思う双方の心は繋がっていた。
吹いてきた風に乗り、1枚の紅葉が天高く舞い上がっていた。





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