夢心地






「…というわけで、黄色ブロック応援団は男女共にチアガールに決定でーす!」

体育祭実行委員のはしゃいだ声に賛否両論が飛び交った。
が、それもまたおかしくて生徒たちはげらげらと笑い合う。

「応援団の人は服のサイズ書きに来てねー!んで次クラスTシャツだけどー!」

さくさくと進められていく議会、夏帆はぞろぞろと示された紙に列を作るクラスメートたちを眺めていたが不意に自分の友人が一向に動く気配がないのに気付いて振り返った。
案の定、机に突っ伏した遥は規則正しく背中を上下させ、すぅすぅと小さな寝息を立てている。

「くぉら、起きなさい」
「…ん…」

夏帆はスパンッと小気味良い音をたててその頭をひっぱたいた。
のろのろと上げた顔は眠たげで、遥は無表情に瞼を擦る。

「…クリームパン食べ損ねた……」
「夢よ、それは。起きなさい」
「…夢…」

ぴしゃりと突き付けられる現実に遥は名残惜しそうに周囲を見渡してから落胆したように肩を落とした。
下がった眉に哀愁漂う。

夏帆は呆れたように半目でそれを見やっていたが、実行委員から催促の声が上がったことで遥に立つように合図した。
怪訝そうながらもそれに従った遥は、散っていく列に首を傾げる。

「…あの列何…?」
「応援団の衣装のサイズの自己申告。チアガールだって、ほら書いてきなさい。シャーペン持って」
「…ん…」

遥はシャーペンを片手にふらりと規定の場所に進んだ。
廊下側の空いた座席、様々な筆跡を散りばめた紙切れに身を屈めようとしてふと視線を外にやる。

垂れた髪を耳にかけたその先、ちょうどこちらを見る菅原と目が合った。
クラスメートらしい見知らぬ男子と連れ立った菅原は一瞬驚いたような顔をした後、嬉しそうに歯を見せる。

「、」

遥も思わず微笑み返すと菅原は柔らかく目を細めた。
言葉を交わすことはなかったものの、通り過ぎざまに体のかげで小さく手を振った菅原に遥は頬を熱くする。

「……ただいま…」
「おかえり。…って何よ遥、なーんか嬉しそう」
「…そう…?」
「うん。何、良いことでもあった?」

遥は席に戻るなりかけられた声にぺたりと頬に触れた。
少し考え、菅原の姿を思い浮かべて口元をほころばせる。

「良いこと…うん」
「?」
「あったよ…」

首を傾げる夏帆をよそに、遥は席につくとまた机に突っ伏した。
組んだ腕に顔を埋めながら、自然と浮かぶ笑みにくすぐったくなる。

恋をすると、些細なことで幸せになる。

遥はそんなことを考えて、そしてまたこっそり笑った。




○●○●○




「へぇ、チアガールかー」
「…うん…頑張る…」
「ん、頑張れ」

遥の報告に菅原はにこにこしていた。
が、ふと何か思い付いたのか眉をしかめるとあー、と唸り出す。

「あー、でもちょっと複雑かな」
「…?」
「……千葉の色んな格好見れんのは嬉しいけど、他の奴にも見られるってことだし」

解せぬとばかり首を傾げた遥に菅原は目をそらしながらもごもごと言った。
きょとんとして瞬きを繰り返す遥を横目に、ごくりと喉を鳴らしてから続ける。

「…なー千葉、いっこだけワガママ言っていい?」

菅原は不意にいつかと同じ言い回しを使った。
遥は聞く姿勢になってじっと菅原を見つめる。

「?…何…?」
「うん。…出来ればなんだけどさ、チア姿一番に俺が見たい」

ざぁっと風が吹いて二人の髪を舞い上げた。
後ろに手をついていた菅原は胡座のような姿勢に変えて、先を口にする。

「……なんてまぁ、難しいこと言っちゃってるけど。でもせめて、他の男子よりは…かな」
「……」

菅原は俯いていたがしばらくしてそろりと遥を見た。
瞠目し、わずかに口を開いたその頬は朱が差していて、菅原の心臓を刺激する。

「わー!やっぱ今のなし!忘れて!」
「…菅原…」
「ちょ、待って今こっち見ないで!絶対顔赤いっ…」

菅原はほとんど叫ぶようにしながら必死に片手で顔を隠そうとした。
が、思わず視線をやってしまったそこには、身を乗り出して菅原を見つめる遥の姿がある。

「…あ」
「……、」

菅原は息を飲んだ。
とてもとても近い距離にある遥の顔に一際大きく心臓が脈打ち、そして無意識に遥の腕を掴んで引き寄せる。

力の流れに逆らうことなく菅原の胸元におさまった遥はその肩口に抱きすくめられながら戸惑ったような声を上げた。

「……す、がわら…?」
「ごめん。ほんと頼む、顔見ないで。絶対情けない顔してるから」
「………」

切羽詰まったような菅原の声に遥は動かなくなった。
と思ったのも束の間、わずかにもそもそと動いてそしてすん、と鼻を鳴らす。

「……千葉?」
「…菅原の匂い…」
「!?」

不思議に思って声をかけると遥はぽそりとそんな言葉を漏らした。
目を剥いた菅原は肩を跳ねさせて行動に移る。

「におっ…千葉!?ちょっと離れ…」
「…やだ…」

慌てて肩をつかみ引き離そうとする菅原に対し、さっと胴に回した腕の力を強める遥。
その声音はどこか笑っているようでもあった。
菅原の頬に熱が集まる。

「菅原の匂い、すき…」
「…〜っ」

菅原は赤い顔を誤魔化すようにぐしゃぐしゃと髪をかき乱すとやがてだらんと体から力を抜いた。
逆に遥はその首筋に小さくすり寄る。

「…ここ、居心地良くてすき…」

背中に回していた手を胸元に戻し、小さくシャツを握りながら遥はぽつりと呟いた。
幸せそうな笑顔に菅原はまた顔を赤らめ、そして片眉を下げた笑顔を返す。

「…俺も、こーしてんの好き」

菅原は遥の腰に回した腕に緩やかに力を込めた。
遥は密着し、そしてどちらからともなく一瞬離れてから額を合わせて笑い合う。

それはいっそ夢のようで、とても幸せな時間だった。
頭上で揺れる銀杏の葉が、柔らかな金色に輝いていた。



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