体育祭前
「2年は1、5組赤、2、4組青、んで3組黄色ブロックか。…残念、ブロックくらいは同じになるかと期待してたのにな」
「…うん…残念…」
菅原は手にしていたプリントを畳むと、無造作に胸ポケットにねじ込んだ。
それを見届けた遥はゆっくりと瞬きしながら食べ終えた弁当箱を片付ける。
体育祭シーズン。
紅葉が深まり、運動しやすくなったこの気候の中で生徒たちは日に日に体育着に身を包む時間が増えていた。
今は昼休みで制服だが、どちらもこの後はホームルームで体操服に着替える必要がある。
「千葉は何に出んの?」
「百メートル走と…障害物競争と…あと棒引き…」
「へー。俺は確か…リレーと借り物と、あと騎馬戦だっけな」
「そか…頑張って…」
「ありがと。千葉も頑張ってな」
「ん…頑張る…」
恒例の昼食タイムののち、菅原は食後のジュースを差し出してやりながらニッと笑んだ。
遥も両手でそれを受け取り、ありがとうと小さく言いながらストローをパックに差し込む。
「部活対抗リレーも出るの…?」
「あ、そーいやそれもあったな。千葉は帰宅部だからないか」
「ん…あ…でも…」
遥はやや不満顔になるとむぅと唸った。
首を傾げた菅原に拗ねた声音で先を紡ぐ。
「寝てたら応援団にされた…なっちゃんに…」
「…わー、三浦さん容赦ないなー…」
菅原の脳裏にふははと不敵に笑う遥の友人がよぎった。
あまり会話はしたことはないが、遥を見るので自然と目に入っていたこともあって大まかな人柄は把握している。
菅原は空笑いしていたがやがてジュースに口をつけた。
それからふと思い出したように尋ねる。
「…応援団ってことは、千葉チアガールやんの?」
「…ううん…まだ決まってない…学ランって意見とで分かれてる…」
「へー…」
遥はまだ不満顔だったが質問には答えた。
それを聞いた菅原は思案するように宙を眺めた。
かと思えば、徐に難しい顔になって眉間にしわを寄せる。
「…あ、のさ」
「…何…?」
ぼそぼそと口を開いた菅原に遥は首を傾げて言葉を待った。
菅原は躊躇っていたが、やがて言う。
「…学ラン、誰かの借りるって話になったら…出来れば俺のにしてね。敵チームだけど…そのくらいはいいっしょ」
菅原がちらりと遥の様子をうかがうと、その表情は驚いたようなものだった。
視線に気付くと遥は指先まで覆ったカーディガンの袖で口元を隠し、伏し目がちに返す。
「……汚れちゃうかもだよ…?」
「…そんなんより、千葉が他のやつの服着てる方がやだ」
菅原は続けて言った。
が、その声音が思っていたより嫉妬の色が濃かったような気がして、唇を曲げる。
と、不意に隣で笑う気配がした。
菅原は目をやってそして息を詰まらせる。
「…うん…私も」
「、」
「着るなら菅原のがいい…」
はにかんで笑う遥にみるみる顔を真っ赤にさせた菅原はそれを隠すように膝に突っ伏した。
しどろもどろながら、話を強引に変える。
「そ、そーいや結局呼び方戻しちゃったね」
「……名前…緊張、するし…。…たまにの方が…今はまだ、いいかも…」
「……ん、そだね」
ほんのりと頬を赤らめて言う遥の横顔に、菅原は優しく同意した。
鼻先を挟むように両手を口元に当てた遥は嬉しそうで、それに思わず菅原も表情が綻ぶ。
「…菅原、」
「ん?何?千葉」
菅原は膝に乗せていた腕を後ろ手につくと、体を反らすようにしながら聞いた。
遥は逆に膝を抱え込むと、片頬をその膝頭に預けて緩やかに微笑む。
「……チーム違うけど…部活対抗の時はいっぱい応援するね…」
「…!うん、ありがと」
菅原は目を丸くし、そして喜色満面の笑みを浮かべた。
覗く白い歯が眩しく、遥の瞳がきゅっと細まる。
柔らかな陽射しが、二人に程好い温もりを孕んで注いでいた。
吹き込む風は涼やかで、色付いた葉をさやさやと揺らしていた。