君が語る





「……えーと」

菅原は困ったように遥を見た。
が、残念ながらその遥はぼんやりと宙を眺めていて、心ここにあらずだ。

そしてその右腕、警戒した猫のようにフーッとこちらを威嚇する沙生の姿がある。

「…えーと…」
「お姉ちゃん、今日出掛けるとは聞いてたけどこいつ何!?」

菅原が声をかけようと言葉を選んでいるとその前に沙生が姉に向かって苛々と聞いた。
視線を妹にあわせた遥はやんわりたしなめる。

「…すーちゃんこいつとか言っちゃ駄目…」
「話そらさないで!」
「…でも言っちゃ駄目…言って欲しくないし…」

「言うと沙生の外聞が悪くなるので言って欲しくない」とも「菅原をこいつなどと言って欲しくない」ともとれるその台詞。
ほとんど無表情にそれを口にした遥に、菅原は感心すればいいのか照れればいいのか少し迷った。

と、そこで菅原の右腕にも何度目やら知れぬ熱が触れる。

「こーちゃん、彼女サンもなーんか連れ出来たみたいだし、私と遊ぼーよ」
「はぁ?」

少女は好機とばかり菅原に絡み付いていた。
菅原は振りほどこうとするが、させるまいと少女もしがみつき、攻防戦が繰り広げられる。
それを見ている遥の眉根はほとんどわからないくらいにだが寄り、前髪の奥にしわを刻んだ。

「…?お姉ちゃん、誰か他にも人いるの?」

そこで突然、沙生から頓珍漢な問い掛けがなされた。
遥は平然としているようだが、それを耳にした菅原と少女は「へ?」と口をぽかんと開ける。

「え、え…。だ、だってその…泣きぼくろの人となんかくっついてる人と…もう一人いて、それでその人に連れが出来たんでしょ?」

突然静かになった菅原とその幼馴染みに沙生はおろおろと姉を見上げた。
そのことで菅原はまさか、とひとつの考えに思い至る。

もしや沙生は菅原の彼女と自分の姉が結び付いておらず、またその連れが自分であることにも気付いていないのでは、と。

結論から言うと、それは花丸大正解だった。

「彼女サンてまさかお姉ちゃんのこと!?」
「…すーちゃん気付くの遅い…」
「ううううるさいな!!」

菅原のシャツの裾を引き、彼氏、と短く紹介した姉に沙生は絶叫した。
ぽそっと漏らされたコメントに真っ赤になって叫ぶ。

「えっ、もしかして昨日の今日で気付いてなかったの?しかも、この状況で?ありえなーい」
「おい!」

それをおちょくるように少女が嘲笑う。
菅原が叱ると黙ったが、沙生はすでに涙目で肩を震わせていた。

「〜っ…」
「…すーちゃん泣かないで…」
「お姉ちゃぁん…」

慰めの言葉を口にした遥に沙生はすがりついた。
しかし直後、さらりと投下される追い撃ち。

「すーちゃん気付いてないのわかってたし…」
「千葉、それフォローになってない…」
「…そう…?」
「わーんお姉ちゃんのばかーっ!」

姉から自主的に剥がれた妹は仁王立ちで泣き叫んだ。
人通りはそんな多くないが少ないわけでもない道、たまに通る人達が何事かと送ってくるちらちらした視線がなんとも煩わしい。

菅原はどうしようかと迷ったが、結局少女を振りほどくと沙生の前に立った。
遥よりもさらに小さなその彼女の前、ちょっとだけ腰を屈めて優しく声をかける。

「えっと、沙生ちゃん…だっけ?」
「な、何よ…」
「俺は菅原孝支っていいます。お姉さんとお付き合いさせてもらってる」

沙生の顔がひくりとひきつった。
叫ばれるかと思わず身構えるも、菅原の穏やかな声掛けは悪くなかったようで少なくとも噛みつかれることはなかった。

とはいえ、そうなったらそうなったでどうすればいいのかわからないらしい沙生は目を泳がせた末、また姉の腰にへばりつく。

「お姉ちゃんに彼氏なんか要らないんだからぁ…」
「…気にしないで…すーちゃんいつもこう…」

そのへばりつかれた遥は特に気にした様子もなく妹の頭を撫で撫で菅原に弁明した。
が、せっかく遥の妹なのにと思案顔の菅原は「んー」と顎に手を当てる。

「…あのさ、沙生ちゃん」

やがて何か思い付いたらしい菅原は微笑むと沙生を覗き込んだ。
柔らかな声音で、明確に問いを投げ掛ける。

「沙生ちゃんはなんでお姉ちゃんに彼氏出来るの嫌なの?」
「…お姉ちゃんはぼんやりしてるもん。ぼへーっと空見てたり…それが天然ぽくてカワイイって奴はいっぱいいるもん…」
「あー、確かに。うん、あれ見てると和むからすげー好き」

沙生の言い分に菅原はククッと思い出し笑いしながら大きく頷いた。
聞いているだけの遥は困ったように眉尻を下げ、ほんのり頬を赤らめる。

「…っお姉ちゃん天然とかじゃないし!むしろ結構人は見るし…マイペースなだけで…」
「うん、そーいやあれ結構直感的なとこもあるみたいだね。千葉はなんとなく、ってよく言うけど」
「…感覚としてはなんとなく…」
「ん、言いたいことはわかるよ。それがすげーなぁってこと」

口を挟んだ遥に対し、直感的に合格だったみたいでそれもまた喜ばしいよと菅原は笑ってその頭を撫でた。
少し肩をすくめた遥は未だ頬を染めたまま、胸元に掲げたバッグの陰で唇を綻ばせる。

姉の見たことのない表情に、沙生は唖然として目を奪われていた。
大きく見開いた瞳に菅原への警戒に似た感情は消えつつあった。





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