君のこと知っていく
菅原はミーティングが終わると、遥を迎えに走った。
教室には彼女になったばかりの少女と、もう一人その友人だけが残っていた。
迷ったものの、結局遥にお待たせとだけ声をかければ彼女は案外すんなりとこちらに来る。
「ごめん、待った?」
「平気…お疲れさま…」
「ありがと。まぁ今日は言うほど疲れてないんだけどね」
「うん…でもお疲れさま…。じゃあ、帰ろ…?」
「う、うん」
「なっちゃんバイバイ…」
「はいはいバイバーイ。仲良くね〜」
残ったチェシャ猫を思わせるにやにや笑いに見送られ、二人はいまいち歩調の合わない足取りでその場を後にする。
そして校門をくぐり、しばらく行ったところで菅原はようやく切り出した。
「あのさ、」
「?」
「…その、なんでOK…してくれたのかなって…」
遥はゆっくりと目を瞬いた。
そして聞かれたそれに対し、友人に告げた答えを繰り返す。
ただし先程よりは、しっかりとした音で。
「…なんとなく…」
「なんとなく…」
「うん…」
言葉を受けた菅原はキョトンとして遥の横顔を見つめた。
かと思うと、やおらプッと小さくふき出してその反応に遥は軽く頭をひねった。
「…ダメだった…?」
「え、ううん。OKもらえて嬉しかったよ」
理由聞いてオイオイと思わなくはなかったけどさ、と続けて菅原は微笑んだ。
遥はちょっと考えると、改めて菅原の目を見て言う。
「…逆に聞いていい…?」
「?どうぞ」
「なんで私…?」
遥の言ったそれに菅原の顔が赤くなった。
あーだのうーだのと唸っていたが、やがて誤魔化すように二、三度咳をしてから小さな声で言った。
「…あー、その。…俺、1年の頃部活のことでモヤモヤしてた時期があってさ。その時1回話してるんだよ千葉さんと」
その言葉に遥が目を見開いて固まった。
足を止めた遥に気付いた菅原が同じように立ち止まり、心配そうに顔の前で手を振ってやると幾分沈んだ声がつむがれる。
「…覚えてない…」
「あ、やっぱり?まぁ仕方ないよ、5分も話してなかったと思うし」
菅原は明るく笑うとちょっと迷ってから遥の頭を撫でた。
腕を下ろすと足元の石を蹴り、話を再開する。
「で、そん時言われた言葉が俺的にかなり嬉しかったんだよね。そこから気になり出して気付いたら、って感じかな。…これでいい?」
「………」
遥は無言で頷いた。
心なしかしょんぼりと肩を落としてはいたが、伏せ気味の瞳はさっきよりも感情の色が見える。
「…覚えてないのはまぁそりゃ多少ショックだったけど、そんな気にしないでいいから。それより他の話しようよ。えーと」
菅原が敢えて明るい声で言うと遥は顔を上げた。
やや躊躇ってから、そっと口を開く。
「…じゃあ…菅原のこと知りたいから…色々教えて…?」
「え?」
菅原は逆に提案された遥の申し出に目を丸くした。
遥は菅原を見つめたまま言葉を重ねる。
「好きな食べものとか…何が楽しいとか…そういうの知りたい…」
「………」
菅原はしばらく呆気にとられたように口を開けていたがやがて一度引き結ぶと白い歯を見せた。
目元に朱が差し、眉が柔らかく下がる。
「…ありがと」
「?」
そして二人は再度歩き出した。
手は繋がず、それぞれ自分のテリトリーで揺らしたりポケットに突っ込んだりしている。
「ちなみに知らないってどのレベルで…」
「うん…名前とか今日知った…」
ごめんね…と遥は申し訳なさそうに付け足した。
菅原は乾いた笑いを漏らしながらも不意に視界に入った自分の前髪を見上げる。
「知ろうとしてくれてんのが嬉しいからいーよ」
頬を染めて呟いた菅原の言葉に遥は首をかしげると、不意に表情を柔らかく綻ばせた。
ふわふわした亜麻色が夕陽に当たって柔らかな色合いを生み出していた。