はじめましてよろしく




「俺、4組の菅原孝支っていいます。1年の時からずっと千葉さんのこと好きで…っ、良かったら付き合ってください!」

千葉遥は目の前で頬を赤らめながら叫ぶように告げてきた同級生をじっと見つめた。
髪と同じ柔らかな灰色の眉に、優しげな目元にポツリと浮かぶほくろが印象的だ。

「…私でいいなら…」

遥はわずかな沈黙ののち、ぼやけたような口調でやがてそれだけ返した。
その答えに、菅原少年の顔が驚きの表情を示す。

「エッ、ほんとに!?」
「?…付き合わないの…?」

遥はふわふわと波打つ髪を揺らして訝しげに首を傾げた。
その反応に菅原が慌てたように口走る。

「いや付き合う付き合う!付き合います!」

菅原は言ってしまってからハッと我に返った。
こほんと軽く咳払いをし、改めて背筋をしゃんと伸ばすとまっすぐに遥を見る。

「えっと、じゃあ…これからよろしくお願いします」
「うん…よろしく」

遥は差し出された手に自分のそれを重ね、軽く上下に揺らした。
やや骨張った手は大きくて、遥はなんとなくそのままで静止して自分のものとは違うそれに視線を注いだ。

「…えっ、と。俺バレー部で…今日は早く終わる…んだけど…」

少しの沈黙の後、手はどちらからともなく離れた。
そして菅原がおずおずといった調子で口を開く。
遥は緩やかに顔をあげると、緊張の色の抜けていない菅原の瞳をまたじっと見つめ、言われたそれへ言葉を返した。

「何時くらい…?」
「多分30分くらい…かな」

菅原の答えに遥は少しばかり考え、そして小首を傾げて伺うように告げた。

「じゃあ…待ってるから一緒に帰ろ…?」
「!」

遥の申し出に菅原がはにかみながらも心底嬉しそうに笑った。
遥は自分に向けられたそれにちょっと目を見開き、そしてつられたように口元を綻ばせた。



○●○●○




「へ〜、4組の菅原かぁ。前から知ってたの?」

放課後になり、茶化すような友人の声に遥は眺めていた雑誌から緩慢な動きで視線を上げた。
にやにやと笑うそれを一瞥し、無表情に言葉を返す。

「?今日はじめまして…」
「はっ!?」

友人たる少女こと、三浦夏帆は大袈裟に目を丸くしてすっとんきょうな声を上げた。
が、ハッと息を呑むと今度は声を潜め、表情も訝しげなものに変えて身を乗り出してくる。
遥の方はコロコロと変わる友人の顔付きをただ黙って見上げた。
成り行きまかせに、言葉がかけられるのをぼんやりと待つ。

「…なんでOKしたの?」
「…なんとなく…?」

友人の問いに遥はゆるゆると答えた。
あまりにも平常と変わらないその態度に、夏帆の方が思わず溜め息を漏らす。

「断ったら断ったで「えーっ」とは言っちゃいそうだけどさ、なんか変なの」
「………………」
「遥は適当に付き合うみたいなことしないと思ってた」

夏帆はぽんぽんと言いたい放題に意見してきた。
半分以上を聞き流すのはいつものことだが、さすがに「適当」という単語には引っ掛かったらしく遥は小さく眉根を寄せる。

「…適当まではいかなくない…?」
「あたしからすれば初対面も同然の人間からの告白OKするなんて適当に見えるけど」
「…違う人だったらOKしたかはわかんない…」

遥はむぅ、と唇を尖らせて黙った。
表情の変化はどれも微々たるものだが、それでもいつもよりはバリエーションの多いそれに夏帆はやがて肩をすくめた。

「…まぁ、遥は感覚的だもんね。本能的っていうか。合うのかもね」

夏帆のコメントに遥は黙って紙パックのジュースを吸い上げた。
白いストローが仄かに色付き、甘い味が口いっぱいに広がる。

「まぁ、いいや。これを機会に、あんたも恋してみればいいんじゃない?」
「…恋…」
「そう。楽しいよ〜、世界が全然違って見えるっていうの?」

夏帆はうっとりと指を組むと瞳を輝かせた。
そして自分の憧れているサッカー部の先輩について語り出す。
遥はしばらく休むことなく動く友人の口元を見ていたがやがて目線を外した。
窓から覗く空、はるか遠くを旋回する鳥を見つめる。
近くの木をざわつかせる程度の風が吹き込んで波打つ髪を揺らし、その頬をくすぐった。

「……恋」

ほとんど音を伴わなかった小さな呟きは、髪で口が隠れたこともあって誰にも拾われなかった。
飲み終えたジュースの空きパックが風に煽られ間抜けな音を立てて倒れる。

陽が短くなりつつある秋口の今日、まだ暑さは残っているながらも空は既に赤く色付き始めていた。
気付けば少なくなった蝉の声が、何処か哀愁を漂わせながら聞こえていた。




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