千葉沙生





「絶対認めないからね!」
「…すーちゃん…」

それは金曜の夜のことだった。
眦を吊り上げた沙生はまだ見ぬ姉の彼氏に不平不満をぶちまける。

「またテスト0点だったって…?」
「!」

しかし姉、遥の方は焦ることなくただ思い付くままに話題を、しかも妹が重々意識しているものを吹っ掛ける。
沙生は目を泳がせ、口調だけはつんけんと反論を試みる。

「おっ、お姉ちゃんだって毎回赤点じゃん!」
「沙生、遥ならこないだ大体平均くらいとってきたぞ。あと流石にコイツ0点はない」

しかしそこに出てくる兄。
口にしたそれは確かに事実であるが、その刃は幼い心に鋭く刺さる。

「うわーんっ」

沙生は遥に泣きついた。
遥は咎めるように兄を見るが、けろりとしたその表情に反省の色の欠片もないことを見るとあっさり諦めて妹の頭を撫でる。

「…あのねすーちゃん…買い物付き合ってくれない…?服欲しいの…」
「か、買い物…?」
「ん…すーちゃんセンスいいから…お願いしたいの…駄目…?」

遥は妹の機嫌をとるように優しく言った。
が、その内容は思いっきり私情である。
しかし沙生はあっさりと騙され、笑顔を浮かべて姉に抱き付く。

「お姉ちゃん好きーっ!!」
「…ん…」

沙生は姉の柔らかい髪をふわふわ堪能しながら声を弾ませた。

「やっぱりお姉ちゃんは彼氏なんか要らないよっ、私がいるからね!!」
「………」

返事はなかったのだが、沙生がそれに気付くことはなかった。




○●○●○





「お姉ちゃん、誰?」
「…ん…」

遥の影から顔を出した沙生は怪訝そうに菅原を見た。
遥は少女と菅原とを見比べ、少し困ったように眉尻を下げる。

「ちょ、こーちゃん!」

菅原は咄嗟にしがみつかれている腕を引き抜いた。
必然的に幼馴染みを振り払うような結果となったが、それを気にしている余裕はない。

「…千葉、その…これは」
「……明日」

菅原はしどろもどろに話し掛けたが、それを遮るようにして遥が口を開いた。
読めない表情で、静かに問う。

「明日、説明してくれる…?」
「…………」

菅原は詰まった。
凍結していた脳味噌を無理矢理引き起こしてスケジュールを確認する。
そしてやや固い声でその答えを紡ぐ。

「…今日、部活6時までなんだ。…その後ちょっと会えないかな。電話でもいいし」
「はぁ?お姉ちゃん、この人何を…」
「…ん…わかった…」

菅原の言い分に沙生が首を傾げたが遥は頷いた。
それにほっとしていると菅原の傍らに今まで放置されていた幼馴染みが現れる。

「もう!こーちゃん、何すんのっ」
「ちょっとそれやめて」

少女はまた菅原の腕に自分のそれを絡めようとした。
が、菅原は素早く腕を引っ込めて拒絶を示す。

「……菅原、」
「ん?」

それを眺めていた遥がぽつりと呼んだ。
菅原が反応するのとほぼ同時、その胸元に柔らかな温もりが触れる。

「…うん…充電完了…」

硬直した菅原の胴に抱き着いていた遥はしばらくそうしていたがやがて満足げに離れた。
腕を伸ばし、自分を見つめる菅原の前髪のあたりを小さく撫でる。

「部活…頑張ってね…」

遥は微笑み、それだけ告げると妹の元に戻った。
そして足取り軽く歩き出す。

「お姉ちゃん!?今の何!?」
「すーちゃん行こ…」
「ねぇってばー!!」

遠ざかる姉妹に、ようやく硬直の溶けた菅原はずるずるとその場にしゃがみこんだ。
頬は火照り、触れられた箇所はそれを上回って熱い。

「……あー、もー」

意味もなく呟いたそれは投げやりな音ながらも喜色がありありと現れていた。
そばで立ち尽くす少女は、未だ硬直が溶けずにいた。






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