バッドタイミング




「じゃあ、日曜日にそこ行こっか」

菅原は耳に当てた携帯に向けて穏やかな声で言った。
その表情はとても甘やかで優しい。

「うん。部活その日は早朝練習だけだからさ。大丈夫」

菅原は頬を緩めて目を伏せた。
泣きぼくろのあたりにほんのりと朱が差し、囁くように言葉を紡ぐ。

「うん。…俺も楽しみ」

そして菅原は名残惜しげに電話を切った。
それでもどこか幸せそうに携帯の画面を見下ろす。
と、その時だった。

「こーちゃーん!!」

バァンと結構な音をたててドアが開いた。
嵐のような勢いで幼馴染みが飛び込んできて菅原の至福は打ち壊される。
菅原は顔にこそ出さないが、内心溜め息をつきながらそちらを見やった。

「何、どしたん」
「こーちゃんお願い!彼氏のフリして欲しいの!!」

菅原に詰め寄った少女は息急ききって捲し立てた。
期待を込めた眼差しで見つめてくる。

「えっ、やだよ」

しかし菅原は即答だった。
しかも当たり前という顔のオプション付きで。

「お願いだってば!かわいい幼馴染み守ると思って〜!」
「嫌だって!そんなん千葉にどう説明すりゃいいんだよ、普通聞きたくないだろ!」

少女は菅原にすがりついて駄々をこねた。
菅原の方は眦を吊り上げて言葉ばかりは撥ね付ける。

「だからフリだってば!いいじゃんかけち!!」
「いい加減にしろって!俺は千葉に不義理なことしたくないの!」
「やだやだやって〜!こーちゃんしかいないんだからぁ〜!」

少女はぽかぽかと菅原を叩いた。
菅原は盛大に溜め息を漏らし、肩を落とす。

「……なんで、彼氏のフリなんかが必要なんだよ」
「!あ、あのね、こないだ告白してきた男子がしつこくて…彼氏いるからって言っちゃったの」
「だったら適当に仲いい同級生に頼めばいーべ」
「だってどんなヤツってしつこく聞いてくるんだもん。幼馴染みで、昔からラブラブなのって言っちゃった。そしたら会わせろって」
「……はぁ」

仕方なくと言った調子で聞いて、返ってきた答え。
菅原は深い溜め息をつくと「わかったよ」と短く言った。

「ほんとっ!?」
「でも千葉に事情は話すからな」
「バレなかったら言う必要ないよっ。それにそんなの聞いていい気はしないって言ったのはこーちゃんじゃん!」
「言ったけどそれは違うだろ…」

菅原は言いながらうまい言い方も思い付かずまた肩を落とした。
不本意だが、少女の希望に添わざるを得ないらしい。

「…はぁ」

菅原は数分前までの至福を思った。
真っ黒な画面の携帯から伸びたストラップのイルカが慰めるようにこちらを見ていた。

自分の見えない角度で、幼馴染みがガッツポーズしていることには気付かなかった。




○●○●○




土曜日。
明日には遥との約束があるというのに、何故よりによってその前日のわずかな空き時間にこんなことを、とは朝から何度となく思っていたことだ。
しかしまぁ、妹のような幼馴染みにそんなしつこい輩がつきまとうというのも心配は心配で。

「付きまとわないで欲しい、ってこと言うだけだからな?」
「うんうんっ」

菅原は自分の腕にしがみつく少女にしつこいほどに念を押していた。
あまり時間はない。
部活に遅れるわけにはいかないし、変に同級生やらに目撃されるのも好ましくない。

しかし、そんな時に限って不運が起こるから「間が悪い」という言葉があるのである。

「…菅原…?」

すっかり耳に馴染んだその声が鼓膜を刺激した。
菅原は音の発生した方角に視線を向けた。
そしてショックを受けたような顔で小さく紡ぐ。

「………千葉…」

どこか緊迫した空気が二人の間に流れた。
色素の薄い遥の瞳に菅原の青ざめた顔がくっきりと映り込んでいた。




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