知恵熱、のち





「で、どーなのよ最近」
「どうって…?」

教室移動の途中、突如吹っ掛けられた夏帆からの質問に遥はマイペースに首を傾げた。
夏帆は呆れたような顔ながら、辛抱強く話を続ける。

「菅原よ菅原。あんたの彼氏」
「…優しいよ…?」

遥は質問の意図をはかりかねて怪訝そうな顔で答えた。
が、夏帆はそうじゃないと首を振る。

「そーゆーことじゃなくて…ちょっとは恋ってもんがわかったの?って聞いてんの」
「………さぁ…」

遥ははぐらかすように視線をそらすと抱えていた教科書を持ち直した。
が、夏帆はどこかたしなめるような声音で話を続ける。

「菅原が優しいからってね、自分の気持ちなぁなぁにしてちゃ駄目よ」
「……………」

遥は少し考える顔になった。
足取りが緩み、それまで隣にいた夏帆が数歩前に出る形になる。

「菅原ばっかりじゃない」
「……うん…」

遥は頷いた、がその顔はどこか晴れない。
夏帆は溜め息をつくとひとつひとつ確認するように諭す口調で質問を重ねた。

「嫌いじゃないんでしょ?」
「それはもちろん…」
「じゃあ、好き?」
「……だと、思う…」

遥はあまり気乗りしない声で答えた。
さすがの夏帆もこれ以上はと思ったのか、肩を竦めて締めくくる。

「ぼやけた答えねぇ。シャンとしなさいよ」
「……」

遥は黙って夏帆から顔を背けた。
夏帆から見えないその角度で、朱の差した頬をこっそりと擦っていた。




○●○●○




「なんか千葉、体調悪い?」

昼食を終え、食後のジュースをすすっていると徐に菅原が言った。
ずこ、と間抜けた音を立ててからストローから口を離した遥は首を傾げて逆に聞く。

「…なんで…?」
「いや、なんでって…何となくとしか言い様はないけどさ」

菅原は困惑した表情で言って遥を見た。
遥はそういえば何となく頭が重いようなダルいような、とは思ったものの菅原のその表情を見ていたくなくて敢えて言う。

「…でも平気…」
「………」

遥としては覇気があるとは言わずともいつもと同じ調子で言ったつもりだった。
が、菅原は納得いかないようで眉間にしわを寄せてじっと遥を見つめている。

「菅原…?」
「ちょっと動かないで」

遥の前に膝立ちになり、肩と額とに手をやった菅原はそのまま少し身を屈めた。
撫で上げるようにして前髪を避けたそこに自分の額を当て、しばらく止まる。

「…!」
「うーん…」

真面目な面持ちだが、やられている遥は目を見開いて動けなくなっていた。
心臓が急激に大きく跳ね、喉の下の方に締め付けられるような痛みが走る。

「……熱がある。風邪でも引いた?」
「…そんなことない…」

遥は体を起こして額を離した菅原から顔を背けると少しおさまった心臓のあたりを押さえてもそもそと答えた。
ちらりとだけ菅原を伺えば、少年は心配顔でただ遥を見続けている。

「千葉」

菅原はいつになく厳しい声で呼んだ。
遥がビクッと肩を跳ねさせたのを見てかふっと笑う気配がしたかと思えば頭を撫でられる。
見上げた瞳に真剣な色をした菅原のそれが映り込む。

「じゃあ、しんどくなったらちゃんと言うべ?」
「…はい…」
「ん。なら、よし」

菅原はニカッと笑うと傍らにまとめてあった昼食のゴミを拾い上げて立ち上がった。
同じように立ち上がろうとした遥の肩を押さえるとさらりと告げる。

「俺が捨ててくるから千葉は待ってて」
「……」

菅原はそのまま軽やかな足取りで行ってしまった。
残された遥は少しの間ぼんやりしていたがやがて膝に顔を埋めた。

自然と浮かんでしまう笑みと脈打つ心臓に、ぎゅっと膝を抱き込む。
秋風で冷えた膝小僧が火照った頬に心地好く、遥は目をつむって菅原を待った。

少しずつ緩やかになる鼓動に、今更ながらに菅原への気持ちを自覚しながら。




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