君の妬き餅
「しかしなー、お前空気読めよ」
「…?あ、すーちゃん醤油取って…」
千葉家の食卓、兄の唐突な発言に遥は首を傾げながら妹の近くにある調味料を所望した。
しかし沙生が醤油を手にしたところで兄はまた言う。
「カップルの邪魔なんざ野暮だろ?」
「……さっきのなら私の彼氏…で、醤油…」
遥は勘違いしてニヤニヤしている兄に短く真実を告げ、醤油を催促した。
が、それは叶わなかった。
「「はぁあ!?」」
「…醤油…」
兄と妹は声を合わせて叫んだ。
醤油は回ってこない。
「おまっ、他の女に彼氏取られてんじゃねーか!」
「お姉ちゃんに彼氏!?やだ!!」
身を乗り出した二人は口々に言った。
が、若干優先順位の異なる遥はただひとつの単語を繰り返す。
「……しょうゆ…」
そして身内二人の優先順位はとりあえず妹または姉の恋愛事情だった。
それぞれからかう気満々の顔と般若顔で遥に迫る。
「私認めないからね!」
「ちょっと一回ウチ連れてこいよ〜」
「…ポン酢でいいから取って…」
遥はまっさらな冷奴を前にあまり変わっていない要求を繰り返した。
一人無言で我が子らのやり取りを見守る千葉兄妹の父は内心温度差に大爆笑していた。
○●○●○
「え、お兄さん?」
「…ん…すーちゃんは妹…沙生っていうの…」
思い詰めた顔の菅原に聞かれ、なんのことはない真実を告げれば彼ははぁ〜っと長い息を吐いてしゃがみこんだ。
遥はその脇に膝を折りながら、戸惑ったようにそろりと肩に触れる。
「…なんか…ごめんなさい…?」
「…や…勝手に勘違いした俺が悪いから…」
膝に突っ伏した菅原はくぐもった声で言ってまた溜め息を漏らした。
そしてやおら目だけを上げると遥をじぃっと見つめ、そして決心したように口を開く。
「…うん、やっぱ先に聞いとこう」
「?」
遥は菅原の言葉に首を傾げたが続きを待った。
菅原は膝に置いた腕に顎を乗せるとなるだけ抑えた声音で問い掛ける。
「千葉さー、他に一緒に外出歩くことのある同年代の男って他にいる?」
「?…従兄はいるけど…?」
「幼馴染みとかご近所さんとかは?」
遥はちょっと考え込んだ。
それから少し困ったように眉間にしわを寄せてすまなそうに答える。
「……いたようないないような…?」
「…そっか」
菅原はふむと頷くとよいこらせと立ち上がった。
そしてしゃがんだまま自分を見上げる遥に手を貸し立ち上がらせると少し目元を緩めてぽんとその頭を叩く。
「なんか、ごめんね。気になっちゃってさ」
「ううん…。…あのね菅原…」
「ん?」
口ごもるように言葉を切った遥に菅原は柔和な笑みを浮かべて続きを待った。
遥はその顔をじ、と見つめていたがやがて表情を綻ばせる。
「…うん…やっぱり…」
「?」
「菅原の笑った顔…すごくすき…」
「…!」
菅原はぼっと顔を赤くした。
しばらくの間え、あ、と意味を持たない音だけを繰り返していたがやがて呟くような声で紡ぐ。
「…俺、もだよ」
「?」
「千葉が…遥が」
菅原は言い直した。
遥の瞳が揺れる。
「笑ったり嬉しそうにしてんの、すごい好き」
菅原の言葉に遥は目を丸くした。
そして頬を朱に染めて嬉しそうに笑い、菅原はそれを見てまた表情を緩ませる。
「菅原…」
「ん…?何?」
それから二人は手遊びのように手のひらを合わせ、時おり指の位置を変えたりしていたが不意に遥が口を開いた。
指の動きを休めた菅原は甘やかな声音で先を促した。
ふ、と一瞬笑んだ遥は小さな声で囁きかける。
「ヤキモチも…嬉しいよ…?」
「……俺としては出来れば妬かずにいたいデス…」
その内容に菅原はどこか不貞腐れたような声を漏らした。
珍しく子供じみたその反応に遥は声を上げて笑った。
絡ませた指は緩やかに互いの手を握り合っていた。
窓から見える木は少しずつ秋の色に染まっていた。