君と謎の男





他愛ない話さえも楽しく、並んだ影は月明かりに短く足元に落ちる。
遥は瞳を緩め笑っていたが、不意に足を止めると少し前でゆらゆら揺れる菅原の手を見やった。
自分のものより大きなそれは節立っていて固い。

「……」

遥は迷うように腕を上げかけた。
が、ぱっとそれを後ろに回す。

「あっ!こーちゃん!」
「え、あ」

そこに現れたのは菅原の幼馴染みだった。
腕にくっついてくるのを邪険にも出来ず、菅原は諭すような口振りで対面する。

「えらく遅いな」
「えへへ、塾の帰り!部活お疲れさまっ」

遥を押し退けるようにして間に入り、菅原の腕に自分のそれを絡めた少女は歌うような調子で言ってますます体を密着させた。
遥は何を言うでもなく鞄を肩にかけ直しぼんやりしている。

「ねぇねぇこーちゃん、クレープ食べたい!」
「家帰ったら夕飯あるだろ?ダメ」
「えーっ、けーちー」

その間も少女は菅原にべったりでワガママ放題だった。
菅原がたしなめるたびにけち、と唇を尖らせては笑い、ちらちらと遥に視線をやっては得意気な笑みを浮かべる。
もっとも、向けられた本人は道端のゴミやら猫やらに気を取られていて一切気付いていないようだったのだが。

やがて、分かれ道に差し掛かると菅原は迷わず片方の道に足を踏み入れた。
しかしすかさず隣から不審ぶる声が口を挟む。

「こーちゃん、家そっちじゃないでしょ?隣なんだから」
「千葉送ってくの。お前も来な、一人だと危ないから」

菅原はやや呆れたように言った。
遥は変わらず無表情で目を瞬かせていて、少女はそれがまた気に入らずわざとらしくぷぅっと膨れる。

「えー。私お腹ペコペコなのに。こーちゃんだって疲れてるでしょ」
「あのな…」

菅原はさすがに苛立った声だった。
じとりとした眼差しを向けられ、少女はぎくりと肩を跳ねさせる。
遥は一瞬口を開きかけたがそれだけで、成り行きを静観している。
と、その時だった。

「遥」

揉めに揉めているとそこに新たな声が現れた。
声の主はどこかチャラついた印象のある年嵩の男で、それでいて肝の据わった雰囲気をまとっている。
男は菅原と少女には目もくれず遥に向けて声を発し続けた。

「お前部活もやってねーくせに遅すぎ」
「…すーちゃんには連絡したよ…?」
「そのすーちゃんが心配で怒り狂ってんだよ、どうにかおさめてくれ頼むから」

男は乱雑に頭をかくとやがてくるりと向きを変えた。
遥は無表情だったが、逆らう気はないようでその後に続きながらちらと菅原を見やる。

「菅原…お迎え来たからここで…」
「え、あ、うん。また明日…」
「うん…」

遥は挨拶もそこそこに髪を揺らして行ってしまった。
残された菅原は戸惑いや動揺を隠すこともままならず、唇を引き結んで俯く。
少女はその横顔を見つめていたがやがて不自然なまでに明るい声音で言った。

「誰なんだろーね〜?「すーちゃん」とかもさ?」

不安を煽るその言葉に、菅原は何も言わず足早に歩き出した。
少女は慌ててそれを追い掛け、あれやこれやと話題を吹っ掛ける。

が、菅原は反応薄く、少女は悲しそうに眉尻を下げていた。
月は雲に隠れて白くぼやけていた。





○●○●○





「まったく…兄は腹減ってんだぞ。なのに駆り出されて…あ、コンビニ。寄るか」

己を兄と敬称した男はいそいそとその人工的な光に寄せられていった。
遥はペースを崩すことなくのんびりと歩き、その背中に声をかける。

「…遅くなったらすーちゃん怒んない…?」
「大丈夫じゃね?適当に嘘ぶっこいてりゃ信じるしあいつ」

コンビニに入った兄に続き、遥は甘味の棚を眺めた。
妹とは別の棚を冷やかす兄は面白そうに言って興味のわいたアイスを取り上げる。

「…だからすーちゃんに嫌われるんじゃない…?」
「だって沙生すぐ信じるから面白いんだって。お前もやってみ」

ぼんやりとした口調ながら至極まっとうな意見に兄はけらけらとただ笑った。
遥はさして興味もなさそうに目線を揺らし、やがて目についたひとつを手に取って兄に差し出す。

「…そんなことよりこれ食べたい…」
「マイペースだなおめーはよぅ。…何これ、ひんやりクリームパン?好きだなー」

兄はやれやれと言わんばかりの顔でそれをひったくると脇に置いていた籠に放り込んだ。
遥は無表情にまた甘味の棚を見つめ、兄が買い物を終えるのを待つ。

そこに楽しげな色は見当たらなかった。
かといってつまらなさそうなわけでもなく、しばらくして会計を済ませた兄と連れ立って歩き出す。

「ただいま…」
「遅い!」

数分後、家に到着すると小学生高学年ほどの女児が一直線に遥を出迎えた。
ふたつに縛った髪をぴこぴこと跳ねさせ、やや吊り気味の瞳をきつく輝かせて声を荒げる。

「お姉ちゃん遅い!」
「うん…ごめんすーちゃん…」
「べっ、別に謝ってほしいとかじゃないし!」

すーちゃんと呼ばれた少女は頭を撫でられ、嬉しさを隠すようなしかめっ面になって顔を背けた。
しかし撫でられるのはそのままで、遥はほんのわずかにだが微笑みを浮かべる。

「早くご飯にしよ…?デザートもあるし…」
「デザート!?わーい!」

少女・すーちゃんこと沙生(すなお)、千葉兄妹の末妹はぱっと顔を輝かせると姉の腕を取ってキッチンに急いだ。
放置されっぱなしの兄はやれやれと肩をすくめながらそれに続く。

「謎の年上男」も「すーちゃん」も遥のかなり近い身内であることを菅原が知るのは数日後のことだった。





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