心の内





勉強会に参加してからというもの、菅原の幼馴染みたる少女は頻繁に二人のところに現れるようになっていた。
と言っても遥に懐いたなんてことはまるでなく、むしろ敵視されている。

「千葉、なんかごめんね…なんか昔っから警戒心強いというか結構回りは敵みたいなとこあって」
「……気にしてない…」

二人で弁当を食べるときの定位置となりつつある中庭にて、菅原は心底申し訳なさそうに謝った。
対して遥はこれまでに幾度も使った言葉を返す。
当の本人にそもそも気にする様子は本当にない。

「…どーにもワガママなもんで…再三注意はしてんだけどさ」
「……」

菅原もそれはわかっているのか、苦笑混じりな調子でマイペースにジュースをすする遥に言った。
ズコッという間抜けた音が鳴り、空になったパックのストローをただ食わえたまま遥は菅原を見やる。

「…なんか菅原あの子の保護者みたい…」
「保護者みたいって……。…まぁ、確かに幼馴染みっていうより妹みたいな感覚なんだけど」

菅原は保護者発言に若干複雑そうに眉尻を下げた。
遥はぼんやりと宙を眺め、不意にポツンと音を漏らす。

「…菅原の色んな顔見れるのはいいけど…なんかあの子のことばっかでちょっとつまんない…」
「へっ?」

拗ねたように唇を尖らす遥に菅原はわかりやすく顔を赤らめて狼狽えた。
じっと上目遣いに注がれる眼差しにワタワタしながら言葉を探す。

「……それ、は…」

しかしそのうちに菅原の顔からスッと焦りの色が抜けた。
菅原は真面目な顔で遥に向き直る。

「…………千葉」
「?」

菅原の呼び掛けに遥は少し頭を傾けた。
しかしそのぼんやりしたような眼は次の瞬間驚愕に見開かれる。

「それはさ、俺少しは期待してもいいの?」

腰を上げた菅原の位置は隣から正面に移り、そして遥の顔の両脇には菅原の腕があった。
閉じ込められた遥は片手持ちだったジュースのパックを両手で持ち小さくなって硬直する。
菅原は立てた膝の角度を動かし、ぐっと詰め寄った。
黄色みの強い茶色の瞳が遥の顔を映し込む。

「…!」
「少しは好きになってもらえてるって、自惚れてもいいの?」

菅原の目は真剣だった。
遥は息の仕方さえわからなくなりかけながら、ほとんど無理矢理頭を動かして顔を伏せる。

「…千葉サーン?そこで顔隠すのは狡くないですかー」
「だって…」

頭上からは苦笑いしているのだろう声音でそんな言葉が振ってきた。
遥は顔を上げることも出来ず、もそもそと言い繕う。

と、その時だった。

「遥ーー!どこ行ったコルァアア!!?」

うら若き乙女にあるまじき口汚い声が聞こえてきた。
菅原は拍子抜けしたように肩を落とし、遥はあーあと言わんばかり溜め息をつく。

「なっちゃんだ…」
「なんか三浦さん怒ってないアレ?」
「…なっちゃんのクリームパン食べたのバレたかな…」
「何やってんの」

菅原は可笑しそうに言ってぽんと遥の頭を叩いた。
つい上げた目線の先で笑うそれに先ほどまでの表情はなく、遥はほっとするやら何処と無く残念なやらこっそり首を傾ぐ。

そしてその間にも鬼の声は辺りを徘徊していた。
菅原はもう正面から隣に移動し、遮るもののなくなった遥は面倒臭そうに立ち上がった。
軽くスカートを払ってシワを伸ばし、呟くように口を開く。

「…叱られてくる…」
「そーしなさい」

遥は数歩進んでからちらりと菅原を振り返った。
柔和な笑みを浮かべ日溜まりで胡座をかいていた菅原はうかがうように首を傾けてみせる。

「……菅原」
「うん?」

遥は一瞬目を泳がせた。
それから、一言一言言葉を選びながら告げる。

「…少しじゃ、ないから…もうちょっとだけ待ってて…くだ、さい」

遥は言うとくるりと向きを変えて歩き出した。
火照る頬に少しずつ冷たくなっている秋風が心地いい。

「……」

後ろでは負けず劣らず顔を赤らめた菅原が呆然としていた。
そしておもむろに口を引き結び、破顔する。

だいぶ柔らかくなった陽射しは二人の髪をキラキラと輝かせていた。
一匹の蜻蛉が、本格的な秋の始まりを告げるように飛んでいた。




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