君の一声





「千葉?」

体操着に着替え、ふらふらと廊下を歩いているとすっかり耳に馴染んだ声がした。
振り返れば隣のクラスの窓の所、枠に腕をかけた菅原がこちらを見て手をヒラヒラさせているのが目に入る。

「菅原…」
「これから体育?」
「…ん…ソフトボール…」

遥は向きを変え、そのそばに寄るともそもそと言った。
へぇ、と相槌を打った菅原は遥の着ているそれに目を留めて尋ねてくる。

「外結構涼しいよ、ジャージは?」
「長袖だから…持ってきてない…」

遥が自分の長袖シャツと下のジャージを見やりながら答えると、菅原は思案顔になった。
やおら窓から体を起こすと首を傾げた遥に短く告げる。

「ちょい待ってて」

教室の中に引っ込んだ菅原はロッカーのあたりでごそごそと何かやっていた。
が、さして時間をかけることなく小豆色の何かを取り出すと遥の方に戻ってきてそれを差し出す。
遥はちょっときょとりとしてそれを見下ろした。

「はい」

差し出されたそれはジャージの上着だった。
胸のところにはしっかり菅原の文字が縫いとられている。

「…貸してくれるの…?」
「うん。あ、洗濯してあるから安心して」
「…ありがと…」

遥はしばらくそれを見下ろしていたがやがて受け取った。
礼を言いながら頭からかぶり、首を出して乱れた髪を少し抑える。

「そーいえば今日髪型違うね」

それを微笑ましげに眺めていた菅原は不意に言った。
遥は頭の後ろで結い上げたボリューミーなポニーテールを触ってぽそりと答える。

「…体育の時はたまに…」
「そうなんだ?」

目を細めた菅原はじっと遥を見つめていた。
遥は波打つひと房を指先で弄っていたがおもむろに菅原に問う。

「…おかしくない…?」
「可愛いよ?そーゆーのもいーね」

当の菅原は即答した。
にこにこ笑顔はそのままで、焦りの色は微塵もない。
菅原はたまに照れる箇所がわからない、と遥は思わず無言でその眼を見つめた。
何かしらを訴える眼差しに菅原は居心地悪そうに頬をかく。

「………」
「…え、なんで黙んの?」
「……あ、…ううん…」

遥は頭を振ると上のところまで閉じたジャージに首を埋めた。
その頬は薄く色付き、伏せた睫毛が影を作る。

「…ちょっと驚いただけ…」
「?」

菅原は首を傾けていたがやがてまぁいいやというように肩を竦めた。
遥はぶかりと指先まで覆うジャージの袖を擦り合わせながら菅原を見た。
視線に気付いた琥珀色が穏やかに緩む。

「じゃあ…ジャージ明日洗って返すね…」
「そのままでもいーべ?」
「ううん…ちゃんと洗う…」
「そう?」
「うん…」

遥はしばらくそのままでいたが、やがて腕を両脇に下ろすとゆっくりと向きを変えた。
ほんの少しだけ持ち上げ、小さく振る。

「じゃあ…行くね…」
「うん、いってらっしゃい。…あ、千葉!」
「?」

遥は歩きかけて不思議そうに肩越しに振り返った。
呼び止めた菅原はとん、と自分の頭を指し示し、そしてはにかむように笑いながら言った。

「あー、えっと。…今度は別の髪型も見てみたいなー、なんて」

菅原の言葉に遥は虚をつかれたような顔になった。
そして照れ笑いのような表情を滲ませる。

「…………ん…」

また持ち上がった両腕は完全に袖に包まれていて体格差を明確に示していた。
それにまた菅原は照れたように笑い、目元を染めた。

双方ふわふわと揺れる髪はその色とも合間って、ことさら柔らかだった。





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