無意識の声




遥が目を覚ますと外はもう暗かった。
髪のひと房に挟み込まれたメモを見ると、夏帆から先に帰る旨が書かれている。
メールでないだけ温かみがあると思うべきか否か。

「…眠い…」

遥は欠伸を噛み殺すとのろのろと鞄を取って立ち上がった。
力の入らない瞼を擦り擦り教室を出る。

「………はぁ」

靴を履き替えのそのそと校門に向かっていると、体育館の方から賑やかな声が聞こえてきた。
何の気なしにそちらに視線をやって、「あ」と声をあげる。

「ん?あ、千葉さんだ」
「あ、ほんとだ」

そこにいたのは男子バレー部の面々だった。
しかしその中に遥の探す人物が見当たらない。

「…菅原は…?」
「スガなら忘れ物したって部室に戻ってるよ。すぐ来ると思う」

遥が尋ねると澤村が答えた。
その間、見目麗しい同級生女子こと清水潔子と目が合って互いに会釈する。

「……ふぅん…」
「スガに用事?」
「…そーいうわけでもないけど…」
「?」

遥はどう言ったものかと困ったように口をつぐんだ。
用があるわけではない。
ただ、昼に弁当は一緒に食べたものの昨日電話越しに聞こえた女の子の声がどうにも気になっていたせいかなんとなくギクシャクしていて、そのことが自分の中で引っ掛かっていたから少し話でも出来たらと思っただけだ。
もっとも、放課後になりそんなことを考えていたら寝てしまっていたのだが。

「………」

遥が黙り込み、澤村たちも戸惑ったように顔を見合わせる頃、そこにぱたぱたと足音が聞こえてきた。
キョトンと目を丸くして軽く息を弾ませている。

「あれ、大地たち先行ってて良いって…千葉?」

菅原は普段の調子でチームメイトたちに声をかけかけてそこで遥に気付いて声色が変わった。
すぐそばまで歩み寄り、心配の色を含んだ声で問い掛ける。

「どしたのこんな遅く」
「…寝てた…」
「え」
「なっちゃんには置いてかれた…」
「…そっか…」

遥の答えに菅原は乾いた笑いを漏らしたがどこかホッとしたような表情でそう言った。
それから徐に澤村に向き直りきっぱりした口調で告げる。

「大地、今日俺肉まんいーや。千葉送ってく」
「千葉さんの分くらい奢るぞ?」

澤村は社交辞令も含めながらも本心から言った。
しかし菅原が首を横に振り、遥も小さく頷いて断りの意を示す。

「ううん、ちょっと話したいから」
「…あ…」
「行こ?」

菅原は遥に優しく言うと小さく手招き、並んで歩き出した。
遥は一応といった体で澤村たちに頭だけ下げ、そして菅原の隣を歩いた。




○●○●○




遥は隣の菅原をそっと見上げ、口を開く。

「…菅原…」
「ん?」
「…部活お疲れさま…」
「ああ、ありがと。好きでやってることだけどやっぱ疲れるね」
「…無理してない…?」
「してないしてない。ありがとね」

菅原はけらけら笑って遥の心配を一蹴した。
そして遥を横目に見やりながら逆に尋ね返す。

「それより寝てた、って言ってたけど千葉こそ無理してない?体調とか平気?」
「…ちょっと考えごとしたら寝ちゃっただけ…大丈夫…」
「そっか。だったらいいんだけど」

菅原は微笑んだ。
それからふっと真面目な顔になり、言う。

「でも考えごとって、もしかしてなんか悩みとか?」

遥は悩みと言われてまごついた。
眉間にシワを寄せ、顎のあたりに手をやってむぅと無意識の声を漏らす。

「…悩み…」
「…もしそうなら、俺でよかったら聞くからさ。言ってね」

菅原は優しい笑顔で言った。
慈しむようないとおしむようなそれに遥の視線が絡め取られる。

「、  」

遥は口をわずかに開いたままじっと菅原を見つめた。
どこか眩しそうに目を細め、そして一瞬唇が動く。

「え、何?ごめん聞き取れなかった」

音のないそれに菅原は申し訳なさそうに聞き返した。
そのことに遥はハッと肩を揺らし、深く俯いて首を振る。

「…なんでもない…」
「…そう?」
「…うん…」

菅原は不思議そうにしていたがやがてぽんと一度だけ遥の頭を優しく叩いた。
遥はカーテンのように自分の顔を覆い隠す髪の影で、やたら熱を持った頬を自覚して唇をへの字に曲げる。

自分はさっき何を言おうとしたのだろう。
無意識下で紡がれそうになったそれに、遥は熱い耳を髪ごとくしゃりと揉んで目を伏せた。

いつしか電話の向こうの女の子のことは忘れ去っていた。




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