君を追う




公立高校に後夜祭などという洒落たものはない。
文化祭という浮かれた行事の直後に待つのは超がつくレベルで事務的な片付けという行為だ。

そこに青春の一ページに数えられそうな場面などまず無い。

「文化祭終わったらすぐテストって鬼かってのうちの学校は。ね、遥?」
「…英語は捨てる…」
「諦め早すぎるでしょう」

夏帆はガムテープを剥がした段ボールをたたみながら傍らの遥に言った。
遠い目で返されたそれにぴしゃりとツッコミをいれる。

「つーかあんたは赤点取らない科目を定めた方がいいんじゃないの?前回確か全科目補習受けたんでしょ?」
「……………」

遥は無言でごみ袋の口を縛った。
夏帆の視線は鋭いが、さっさと作業を進める遥は堪えた様子はない。

「…ま、いーけど?」
「じゃあなっちゃんごみ捨てじゃんけん…」
「切り替え早いなオイ」

夏帆がやれやれと話題を切り上げると待ってましたとばかり遥がごみと拳を掲げた。
それにまたツッコミをいれながらも夏帆もじゃんけんの体制に入る。

「んじゃ行くよー。じゃーんけーん、」

しかしその刹那遥の視線が流れた。
ほい、と出しかけた手を脇に下ろし半ば走るようにしてごみを持ったまま夏帆の横をすり抜ける。

「は、ちょっと遥?」
「ごみ私行く…」
「??そりゃありがたいけど…」

遥はそこから何も言わず足早に立ち去った。
残された夏帆は首を傾げたが、まぁこれで自分は先程たたんだ段ボールを運ぶだけで良いのだしと考え直す。

「…って、は?」

しかし段ボールを見た夏帆は戦慄した。
ついさっきまではほんの数枚程度だった段ボールが倍増している。

「……はぁあ!?」

おそらくは積み重ねていたのをここに集めるものだと勘違いした生徒の仕業であろうが、夏帆はただあんぐりと口を開けて立ち尽くすしかなかった。
まさか遥はこれが見えたから逃げたのではと咄嗟に考えた彼女の思考は責められるものではなかった。




○●○●○




もちろん遥の事情に増えた段ボールは関係無く。

「…、」

遥は小走りで前方でふわふわ揺れる灰色を追い掛けていた。
器用にみっつものごみ袋を持って歩く背中に声をかけようとしながらも息が上がってなかなかかけられないでいる。
どうにか音が出るところまで喉が回復し、口を開いたところで不意にその足が止まった。

そして一拍の空白の後、くるりと振り返った菅原の瞳が遥を映す。

「千葉」

菅原はぱっと表情を輝かせると向きを変えごみ袋をガサガサ言わせながら遥の方にやって来た。
まさか声をかける前に振り返るとは思っていなかった遥はキョトンとして立ち竦む。

「千葉もごみ捨て?一緒行こ」
「…うん…」

そばまで来た菅原はよいしょとごみを一旦置き、遥が手にしていたごみ袋を取り上げてちょっと首を傾げた。
それから自分が持っていたものと軽く持ち比べ、やがて中のひとつを遥に差し出す。

「これ持って。多分一番軽いから」
「…え、」

遥は咄嗟に受け取ってしまってから戸惑ったように声を上げた。
が、菅原の方はすでによいこらせと再度ごみを持ち直していて、遥は思わずその手に触れる。

「あの…」
「ん?あぁ、ごみ?さっきの結構重かったろ、俺持つよ」
「…でも菅原みっつあるのに…」
「いーよいーよ、ほら筋トレ筋トレ〜」

菅原はおどけたように言って軽々と持ち上げて見せた。
遥はちょっと眉尻を下げてそれを見つめていたが、やがて小さく首を傾げながらもお辞儀する。

「…じゃあ…お願いします…?」
「はい、お願いされました。んじゃ行こ?」

菅原は穏やかな表情を浮かべて遥を待った。
その隣に並びながら遥は呟くように漏らす。

「…ありがと…」
「どういたしまして」

それを聞き逃さずにニッコリ返した菅原に、遥はきゅっと縮こまったように感じる心臓のあたりをこっそり撫でた。
トクトクと小刻みに脈打つ心臓は、このところ随分と活動が活発だと遥はふとそんなことを思った。

ちらと見やった菅原の横顔に、また鼓動が早まったのは気のせいか否か。
気のせいじゃなくてもいいな、なんてぼんやり考えたことに遥自身が気付くのはまだもう少し先の話だ。





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