繋いだ手




それからしばらく適当に回り、それぞれフランクフルトをかじりながら廊下を歩いていた時だった。

「あっ、スガさーん!」

後ろから声をかけてきたのは坊主頭の男子生徒だった。
前を全開にした学ランの下には派手な赤のTシャツを着込み、ちょっと不良っぽいような雰囲気だ。

「田中!」

菅原は足を止めてその少年を呼んだ。
遥も立ち止まり、ぼんやりと田中とやらを眺める。

「…誰…?」
「あ、後輩。田中龍之介ってんだ。見た目はアレだけど、悪いやつじゃないから」
「ふぅん…?」

追い付いてきた田中は遥に気付くと大袈裟に目をひんむいて驚いた。
大きく仰け反り、菅原と遥のツーショットを見て叫ぶ。

「やや!?こちらはまさか噂のスガさんの彼女っ!?」
「田中うるさい!…なんかごめんね、千葉」
「…気にしてないからいい…」
「あ、ならいーんだけど」

遥は自分の食べ終わった串と菅原の食べ終わった串とを見比べてちょっと手を差し出した。
それの意図するところを察した菅原は「ありがと」と自分の串を預ける。

「だってスガさん、そちら彼女なんじゃ」
「とりあえず田中黙ろうか」
「あっハイすいません」

2本の串を持ってゴミ箱の方へと姿を遠ざけた遥を見やりながら田中は言った。
それを有無を言わせぬ迫力で菅原がばっさりと切り捨てる。

「…菅原…」

間もなく戻ってきた遥は田中をちょっと見ただけでくいと菅原の袖を引いた。
そのことに頬を染めた菅原はわずかに視線を泳がせる。

「あー、じゃあそろそろ行こっか?」
「うん…」
「どっか行きたいとこある?」
「…ううん…とりあえずもう少し見て回ってもいい…?」
「いいよ」

柔らかに笑んだ菅原に遥も頬を緩めた。
そして歩き出そうとしたところで会話を丸々聞いていた田中が目の前に飛び出してくる。

「行くとこ決まってないならうちのクラス寄ってって下さいよ!力作です!」
「えっ、田中のクラス?大丈夫なの?」

菅原はわざとらしく不審げな顔をした。
その表情に田中が嘆く。

「俺単体じゃなくクラスですよ!ホラ大丈夫!」
「いや、別に冗談だけどね。えーと田中のクラスの出し物って…」

菅原がきょろっと視線を巡らせたのを見て田中は背後にあったドアをビシッと指し示した。
田中の影になっていたその装飾に菅原はキョトンとし、それから傍らで黙ったままの遥を見やる。

「…お化け屋敷じゃない、みたいだね」
「入る…?」
「んー、ちょっと興味はあるかな。千葉はどう?入ってみる?」

遥は首を縦に振った。
そして入り口の上に掲げられている看板をじっと見つめる。

ビックリ屋敷、とでかでかと書かれたそれは、どうにも胡散臭い雰囲気が漂っていた。




○●○●○




結論から言えば、なかなかにクオリティーの高い出来だった。
言うなればからくり屋敷。
突然背後から音がしたり目の前にものがぶさらがったりはしょっちゅうのこと、綿密に計算して作られたのだろう段差に鏡や光の反射を利用した仕掛けと盛り沢山で、菅原も遥も肩を跳ねさせた回数は結構なものだ。

「結構びびるわー、これ」

菅原は興味津々に目の前に現れた鏡を覗き込みながら言った。
遥は表情にこそ変化はないが、ただ周囲をゆっくり見渡した後で鏡に映った菅原を見つめる様子はそれなりに楽しんでいるようにも見える。

と、その時だった。

ジャジャーン、とやかましい音がして何かが顔の前に垂れた。
見えたのはヌルリとした冷たい緑。
カッと見開かれた遥の瞳に恐怖の色が浮かぶ。

「や、だ…!」

菅原がその声にえ、と目を丸くした時にはすでに遥は動いていた。
すがりつくように菅原の胸元に抱き着き、細い肩を震わせて縮こまる。

「千葉っ!?」

菅原は一気に顔を赤く染め上げて叫んだ。
しかし遥の方はそれどころではなく、ますます強くしがみつきながら震える声で訴える。

「カエル…ッ!」
「…カエル?」

菅原は遥の肩に手を置き、ぷらぷらと目の前で揺れるそれをじっと見つめた。
なるほどよく出来たゴムのオモチャで、その光沢は特に暗闇だと更にリアルに見える。

それを確認すると菅原は改めて自分の腕の中にいる遥を見下ろした。
少し迷ってからそっと体を離し、肩には手をやったまま軽く腰を屈めて視線を合わせてやりながら言う。

「だぁいじょぶ、今のオモチャだよ。ほら、歩こ?不安なら盾にしてくれていーからさ」

菅原は顔にかかるふわふわした髪を柔らかく背に流してやり、その頬に触れながら遥が落ち着くのを待った。
次第に強張っていた肩から力が抜け、最後に遥の指先が自分から離れていくのを少しばかり寂しく思いながらもゆるゆると上げられた顔にもう恐怖の色がないことを確認してほっと息をつく。

「行ける?」
「……うん…」

目を伏せがちにして小さく頷いた遥は拗ねているようだった。
オモチャで取り乱したことを気にしているのかオモチャであろうがとにかくカエルが嫌だったのか。
それは定かではなかったが、沈んだ様子の遥に菅原は困ったような顔をしていたがやがてすいっと手を差し出した。
一度だけ瞬きした遥は上目遣いに菅原を見上げて首を傾げる。

「他のとこも回りたいし、ちょっと早歩きしよ?」
「………」

菅原の言葉に遥はぽかんとしたようだった。
が、間もなく腕を持ち上げると、自分のそれを菅原の手に重ねてきゅっと唇を噛む。

「菅原…」
「ん?」
「…ありがと…」

遥は目を伏せながらぽそりと礼を言った。
はにかむように笑んだ菅原をちらと見てそろり、胸元に手をやる。

そこから二人はビックリ屋敷を出るまで手を繋いだままだった。
触れた場所に感じる熱は、どうしようもなく熱かった。




prev next
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -