君のくれたもの
文化祭が始まった。
シフトは上手く組むことが出来て、遥は無事に菅原と落ち合い二人並んで校内を歩き出す。
「テニス部はストラックアウトもどきか。やってみる?」
「ん…あんま上手く打てないけど…」
最初に目を付けたのはテニス部主催のストラックアウトもどきだった。
手作りのカードを9枚組み合わせて作られた板目掛けてサーブを打ち、2枚以下は参加賞、三枚以上且つビンゴか否かで賞品が変わってくるらしい。
「残念、参加賞です」
遥は10球サーブの中でどうにか1球は的に当てたがそれだけだった。
参加賞の飴を受け取って入れ替わりに規定の位置に立った菅原の背中を見つめる。
結果は5枚打ち抜きの1ビンゴ。
「おめでとうございます。こちらの賞品の中からお好きなものをひとつ選んで下さい」
菅原は係の生徒に差し出された箱の中身を一瞥すると遥を小さく手招いた。
傍らに寄れば、菅原は箱を指し示して首を傾げる。
「千葉、なんか欲しいのある?」
遥はぱちぱちと目を瞬いて菅原を二度見したがやがて箱に視線を落とした。
中の賞品はどれも大したものではなかったが、せっかく「菅原が」選ばせてくれるのならと熟考する。
遥は考えた末、他の賞品の間に埋もれるように入っていた細いブレスレットをつまみ上げた。
それを構成する石は少しばかり歪んだり表面に細かな傷がついていたりして、なるほど学生の遊びごとでの賞品にはちょうどいいのであろうことがうかがえる。
けれど遥はその赤と桃色のブレスレットをいたく気に入った。
菅原に確認するように目をやれば、「それでいいの?」と優しい声が返ってくる。
「うん…」
「じゃ、それにしよ。すいませんこれで」
菅原は頷いた遥にニコッと笑いかけると係の生徒にそう告げた。
すぐさまその生徒はメモのようなものに何やら書き込み、そして営業スマイルを浮かべる。
「いいですねー、文化祭カレカノで回れるなんて。羨ましい」
「え、」
「………」
係の生徒の言葉に菅原はかぁっと赤くなった。
遥はふいと顔を背けるとブレスレットを手のひらで遊ばせる。
「…えっと、じゃあもらっていきます!」
菅原は半ば叫ぶようにその生徒に告げると頬の熱も冷めないうちに歩き出した。
遥は小走りでそのあとを追う。
「菅原…ありがとう」
「どーいたしまして。つってもギリギリ取れたって感じだけど」
「ううん…もらってばかりでごめんね…」
「気にしないでいーのに。ていうかちゃんと買ったりしたものじゃなくてこっちこそごめんね」
校舎に一歩足を踏み入れるなりさっと立ち止まった菅原に遥は短く声をかけた。
やっと赤みは引いたらしい菅原は頬をかきかき表情を和らげる。
菅原の言葉を聞いた遥はふるると首を横に降ると握っていたブレスレットを胸元でそっと抱き締めるようにして続ける。
「菅原のくれたものだから…大事にする…」
「…そっ、か」
菅原は瞠目したあと、少し俯いた。
そしてすぐに唇を引き締めて顔を上げる。
「…あ、あのさ!」
「?何…?」
突然声を上げた菅原に遥はぱちぱちと二度瞬きしてそちらを見つめた。
傾ぐ視界で菅原の眼が一瞬自分の顔から外れたのを見ながら、続く声を聞く。
「………やっぱなんでもない。ごめんね」
「?」
遥は首を傾げ、菅原が視線をやったと思われるあたりに自分も目をやった。
そのポケットには携帯があり、細長いストラップが外にチャラッと垂れている。
「…これ…?」
「へ?」
「?違った…?これ見てたと思ったけど…」
遥は菅原にストラップを見せるように携帯を持ち上げて聞いた。
目を丸くした菅原は苦笑いで頭をかく。
「あ…バレてたか」
「…これがどうしたの…?」
「あ、やー、うん」
菅原は僅かに視線を泳がせたがすぐに遥と目を合わせた。
そしておずおずとした調子で尋ねてくる。
「…そのストラップ、ってさ。誰かからもらったものとか?」
「これ…?…んー…」
遥は宙を見やり記憶を巡らせてようやくひとつの場面に行き当たった。
当時気に入っていた飲み物の口に小さな袋がくっついていたのを思い出す。
「……ううん。お茶か何かのおまけ…」
「そっか」
菅原はほっとしたように肩の力を抜いた。
そして「あー、えーとその〜…」と言葉を探し出す。
菅原はやがて決心したようにひとつ頷くと遥を見つめた。
見られている本人は不思議そうに首を傾げて菅原の話を待つ。
「…そのストラップ、俺にくれない?」
「…?いいけど…古いし…デザインとかこんなのだよ……?」
菅原の台詞に遥はその顔と自身のストラップとを見比べながら困ったように聞いた。
菅原の方は首を振ってそれでいいのだということを示している。
「くれる?」
「…うん」
遥はせっせと指先を動かすとストラップを外した。
まだ一瞬迷うようなそぶりを見せてから、それを菅原の手に乗せる。
「…こんなのでいいの…?」
「いいの、っていうかこれがいいんだよ。ありがと」
「…菅原にあげるもの、私ちゃんと選びたいよ…?」
ストラップを受け取って満足げな菅原に遥は納得いかないとばかりむうと唇を尖らせた。
その表情に菅原は優しく笑ってぽんと頭に手を乗せる。
「ありがと。でも、もらってばかりだって思わんでよ。俺がやりたかったことだべ」
「…だって、」
「これも」
菅原は手の中のストラップを見た。
そしてニコリと目を細める。
「俺が欲しいと思ったんだから、“こんなの”じゃないよ」
菅原の手は遥の髪を緩やかに撫でるとそっと離れた。
遥はじっと菅原を見つめていたがやがて頷く。
「…でも次は私からあげるね…」
「はは、まじか。楽しみにしてんべー」
無意味にきりっと眉を引き締め宣言した遥に菅原が明るい笑い声を上げた。
それから二人は歩き出した。
手を繋ぐことはなかったが、いつもより近くなっていた。
遥の手首に少し歪なブレスレットが輝き、菅原のポケットから覗く携帯からは小さなイルカのぬいぐるみと、やや古いストラップがぷらぷらと揺れていた。