タイミング




校内が浮かれた空気に包まれ、興奮と期待の渦巻く廊下を遥は常と変わらぬ表情で歩く。
クリーム色のカーディガンから覗くスカートを揺らし、どこかぼんやりした眼で廊下の先を見つめていた時だった。

「あ、千葉…さん」

遥は呼ばれてゆるりと振り返った。
視線の先には強面かつまぁ少々老け顔と分類されるだろう面構えの同級生が立ち尽くしている。
名前は確か、と遥は一瞬考え“菅原が”呼んでいたのを思い出してそれを音に乗せる。

「…えーと…アズマネ…?」
「あ、うん東峰。話すの初めて…だね?」
「うん…どうしたの…?」

遥は首だけ向けていたのを体ごと東峰の方に向け直して尋ねた。
ぽりぽりと頬をかきかき東峰は尻すぼみに口を開く。

「や、スガと付き合ってるって聞いてたからさ。一回話してみたかったんだけどタイミング掴めなくて…」

東峰は「俺こんな顔だからあんま知らない人からは怖がられるし…」と傷付いた顔でぼやいた。
遥は何も言わず言葉の先を待つ。

「したらスガが千葉さんはそんな子じゃねーべっつーから…ちょっと話し掛けてみよっかな、と」
「…そうなんだ…よろしく…?」
「あ、うん。よ、よろしく」

東峰の言葉に、遥はマイペースに小さく頭を下げながら言った。
慌てたように東峰も同じ動作を返し、沈黙が流れる。

「…あの、えーと」
「うん…?」
「……えーと…」
「………」
「えーと…その、あー…」

東峰は意味のない単語を繰り返して表情を強張らせた。
遥は無反応だったが、通り掛かる他の生徒たちは険しくなっていく東峰の面持ちにぎょっとしながら慌てて遠ざかっていく。

「何女子にからんでんだお前」

そこにドスの効いた声がして、東峰はカクンと膝が折れ転びそうになった。
遥はゆっくりと目をまたたき、それから声の主に視線をやる。

「……あ、菅原…それに、えーと…」

声の主である割合ガッシリした体格の同級生は腕組みしながら東峰を見やっていた。
その影からは菅原が顔を出していて、遥の眼は先にそちらに集中する。

「千葉。ごめんね旭が」
「んーん…大丈夫…。それで…えーと…」
「あ、こっちは澤村ね。澤村大地」
「サワムラはわかった…アサヒって…?」
「旭は東峰の下の名前だよ。東峰旭」
「…ふぅん…?」

遥は口の中でサワムラダイチ、アズマネアサヒ、と繰り返して小さく頷いた。
菅原はその様子をきゅっと眼を細めながら見つめる。
やがて、しょぼくれた東峰と呆れ顔の澤村が会話に入ってきた。

「ったく。千葉さん、ごめんな」
「んーん…からまれてたわけじゃないし平気…」
「あぁいや、それはわかってんだけどね。こいつに」

澤村がドスッと東峰の脇腹を突いた。
東峰はよろけはしなかったが痛そうに突かれた場所を押さえる。

「そんな度胸もないし」
「酷い!!」

東峰が喚くがそれは無視された。
菅原がケタケタと笑って遥はその横顔に見入り、視線に気付いた当人が歯を見せて微笑み少女はつられて笑顔を見せる。

「……千葉さん笑ってる…」
「……なんだ」

遥が菅原と笑い合っている傍らで、東峰は目をぱちくりさせながら呟いた。
澤村はどこか肩の荷が降りたような面持ちで口角を上げる。

「スガばっかなのかと思ってたけどそんなこともなさそうだな」
「良かったなぁスガ〜…」

大柄までは行かずともなかなか体格のよろしい男子二人はソフトな色彩を持った同級生カップルをそっと見守った。

「…どうしよう大地たちの方向くタイミング逃した気がする…」
「…どんまい菅原…」

しっかり視線に気付いていた淡色二人は困り顔と同情混じりの笑顔とでそんな会話を交わしていた。




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