君を思う





「あ…菅原…」

遥はふと目をやった人混みに柔らかな灰色を見付けて呟いた。
ひと房髪の流れに逆らった毛がぴょこぴょこ揺れているのを見てちょっと微笑む。

「…遥ー?置いてくよー」
「…はーい」

やがて夏帆に呼ばれ、遥は菅原から目を離すとそちらに歩いた。
胸にほんのりと灯った暖かさは遥の気分を少しばかり高揚させていた。




○●○●○





「千葉ー」
「!菅原…」

戸口に現れたその姿に遥はすぐに席を立った。
そばに寄るのに、無意識に足が早まる。

「何…?」
「んー?これあげようと思って」

すぐ前で足を止めると遥は菅原を見上げて首を傾げた。
菅原はにしし、と歯を見せて何かを企むような笑顔を浮かべていたが、やがて後ろ手に持っていた紙袋を差し出してくる。

「うちの近所のパン屋で新作出ててさ。クリームパン」
「クリームパン…!」

好物の名を聞いて遥は瞳をきらきらと輝かせた。
その反応に菅原は嬉しそうに表情を緩めて言葉を重ねる。

「こないだ麻婆豆腐作ってくれたからそのお礼も兼ねて」
「…ありがと…」

遥は受け取ると紙袋を鼻先に持って目を細めた。
自然と浮かぶ笑みを自覚して少し頬を染める。

「菅原、今日お昼…」
「あ、一緒食べれる?」
「うん…菅原は…?」
「俺も大丈夫。じゃ、昼休みにまた来んね」

菅原の言葉に遥は少し考えた。
思い返し、いつも昼を一緒にするときには菅原が迎えに来てくれていることを確認する。

「…私行くよ…?」
「え?いや、昼前うちのクラス移動だから俺が行くよ。それに、やりたくてやってることだから気にしないで」

菅原は見透かしたように言った。
遥はせめてと行動に移そうとしたものが駄目になって肩を落とす。

「うん…」

遥の気の落ちように菅原は心配そうに腕を伸ばしかけた。
が、その刹那腕に嵌めた時計がなかなかにまずい時刻を指し示しているのを見てげっと顔をひきつらせる。

「うわっこんな時間か!今から体育なんだ、行ってくんね」
「いってらっしゃい…あ、菅原…」
「う?」

駆け出しかけた菅原を遥は思わず呼び止めた。
不思議そうな顔で振り返った菅原に一瞬口ごもるが、おずおずとした調子でそれを口にする。

「…あ…その…頑…張れ…って…それだけ、なん…だけど…」
「……」

菅原の瞳が丸くなった。
そして少しだけ照れ臭そうに、けれど満面の笑顔で菅原は大きく手を掲げる。

「頑張ってくんね」

バックの秋空は爽やかに晴れ渡って、その笑顔を滲ませていた。




○●○●○




「えー、文化祭の出し物ですが…」

学級委員の話を余所に、遥はカチカチと携帯のメールをスクロールさせていた。
ちょいちょい絵文字や顔文字の踊る菅原からのそれは文化祭を一緒に回らないかという誘いで、遥は表情を綻ばせて文字を撫でる。

その隣の席で、やはり学級委員の話も聞かずそして自分の話も聞いていない遥に話しかけるのは夏帆だ。
うっとりと指を組み、夢見る乙女の瞳でつらつらと語るがその話は誰も聞き手がないままにようやく本題に差し掛かる。

「で、先輩のとこはホスト喫茶らしいんだよね〜。ね、遥一緒に行かない?」
「……え?…ごめん…聞いてなかった…何…?」

ようやく自分の名前が出てきたところで遥は顔を上げた。
今彼女の携帯画面は返信メールの作成中だ。

「だからぁ…」

しかし夏帆の方も慣れたもので、辛抱強く話を繰り返す。

「…あのひとのとこ…?…私あんまり行きたくない…」
「そー言わずにさ!ほら、遥が行きたいのも付き合うから!」
「…あ、ていうかごめん…文化祭は菅原と回るつもりだから…」

遥が携帯を掲げて言うと夏帆はぷくっと頬を膨らませた。
唇を尖らせて不満を露にする。

「何よー、友達より男なの?」
「そういうつもりじゃないけど…」

遥はほんの一瞬だけ宙を見つめた。
そしてふっと瞳を和らげる。

「でも菅原なら、その価値もあるかもとは思うかな…」




「……………驚いた」

夏帆はあんぐりと口を開き、たっぷりと間を置いた後でそう呟いた。
遥が不思議そうに小首を傾げると呆れたように腕を組んで言う。

「えらく菅原のこと気にしてんだもん。あんた今までならそんなこと思いもしなかったんじゃない?」
「…?…そもそも菅原みたいな人逢ったことないし…」
「あー、違う違う。えっと、別に今までだって友達第一ってわけじゃなかったけど、遥の中にある優先順位の中に菅原がかなり上位にいんだねっていうか」

遥は眉根を寄せ、どうにか意味を理解しようとしているようだったがやがて諦めたように肩を竦めた。
夏帆の方も期待していなかったのかそれで話を打ち切る。

「ま、いいや。文化祭は他の人誘うわ」
「うん…ごめんね」
「いいよ別に。私だって先輩と回れるならそっち優先するもん」
「……」

遥はまた携帯に視線をやると送信ボタンに指を添えた。
文面をもう一度確認し、ゆっくりとボタンを押し込む。

間もなく浮かび上がった送信完了の画面を眺め、遥は唇を綻ばせた。
文化祭は今までもそれなりに楽しんできたつもりだったけれど、待ち遠しいと思ったのは初めてのことだった。




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