笑った顔




「さっき2組の清水さん見たわー」
「あー、美人だよなー」
「高嶺の花!って感じだよなぁ」

朝練を終え、部室棟を後にして校舎に向かって歩いていると後ろから追い越していったサッカー部の同級生数人がそんな会話をしているのが聞こえてきた。
そのサッカー部は自分達の少し前を歩いていて、その話の内容は丸々こちらに筒抜けだ。

「清水は人気だなぁ」
「まぁ美人だもんなー」
「仕事も出来るしなぁ」

自分達の所属するバレー部自慢のマネージャーがその手の話題に上がっているのはよく耳にする。
が、こうリアルタイムに見聞きするのはなかなかないことで菅原、澤村、東峰はうんうんと頷きながら続きを聞く。

「付き合うならやっぱもうちょいランク下かねー」
「でも可愛いのがいいよなー」

話は潔子のことから展開し、外れていった。
そして中の一人の一言に菅原の足が止まる。

「あ、それだと俺3組の千葉とか結構好みかも」

つられて澤村と東峰の足も止まり、沈黙の後再び歩き出す。
ただし耳は前方の同級生の会話にロックオンだ。

「千葉ってどの子だっけ」
「ほら、髪ふわふわしててなんかボーッとした感じの」
「あー、あの子。んー、可愛いけどなんか電波っぽくない?」
「話してみるとけっこー普通だって」

のらりくらりとした口調でなされる会話。
そこに本気の色はなく、ただの話題でしかないのだろうが菅原の心境としては複雑だ。
悶々としていると、さらに気にかかる一言が聞こえてくる。

「でも俺千葉が笑ってんの見たことないかも」
「え?」

菅原は思わず声を漏らして慌てて口を塞いだ。
幸いサッカー部は気付かなかったらしく話はそのまま進んでいく。

「えー、それはマイナスポイントだわ」
「清水レベルの美人ならまだしも、可愛いだけじゃやっぱ駄目だなー」
「確かに〜」

校舎に入ってしまうと、彼らは職員室に用があるようで菅原たちとは別の道を進んでいった。
角をまがり、その一番後ろを歩いていた一人のスポーツバッグが見えなくなったところで今まで黙っていた澤村と東峰が口を開く。

「そんな笑わない子なのか?」
「あーでも1年の時も同じクラスだったけど確かに千葉が笑うって印象ないなぁ俺も」

二人の視線を受けて菅原はたじろいだ。
記憶を辿ってしどろもどろに言う。

「…や、確かに付き合うまでに笑ってんの見た記憶は無いけど…」

そしてまだ短い期間に幾度か見た笑顔を思い起こした。
菅原が黙ると、その間で察したらしい東峰が口を挟む。

「あ、じゃあちゃんと笑うんだ?」
「んー…結構笑ってると思うんだけどな」

菅原は腕組みしながら首を傾げた。
それを横目に澤村が諭すような口調で言う。

「なら、いいんじゃないか?それだけ笑ってなかった子が付き合ってるからって愛想笑いするとも考えがたいし」
「…まぁそうなんだけどさ」

菅原は逆の方向に首を倒して短く唸った。
澤村と東峰はきょとんとしながら顔を見合わせ、同じように首をかしげていた。




○●○●○





ぐに、と突然眉の間を押されて菅原は驚いて顔を上げた。
鼻先にある指は自分の机の前にしゃがむ遥のもので、その遥は眉尻を下げながらぽつりと言う。

「眉間にシワ…」

菅原ははっとして額を押さえた。
確かに今の今まで難しい顔をしていた、と自覚して溜め息をつく。

「やなことでもあった…?」

遥は心配そうに首を傾げて菅原を見上げた。
菅原は一瞬止まったがすぐにかぶりを振って否定の意を示す。

「んーん、考えごと。ダイジョブダイジョブ」
「…そか…」

ニッコリして告げられたそれに遥はほっとしたように目を細めた。
そして緩やかにだが笑みを浮かべる。

「……」
「?何…?」

菅原はそれをじっと見つめた。
視線に気付いた遥が尋ねるといやぁ、と言って頬杖をつく。

「…笑うのになぁ、と思ってさ」
「…?私菅原の笑った顔好きだよ…?」
「………それはアリガトウゴザイマス」

さらりと放たれた言葉に菅原は頬を赤らめながらそう返した。
事情は、と視線で促してくる遥に苦笑して簡潔にあらましを語る。

「いや、俺の前では結構笑ってると思ってたから…ちょっと今日千葉笑ってんの見たことないかもとかなんとか聞いてさ」
「……笑…んー…意識してないから…わかんない…」
「あ、なるほど」

遥は困り顔で俯いて言った。
菅原はあっさり納得して明るく笑う。

「まー考えてみたら笑顔って取り繕うもんでもないもんなー」

遥は菅原の言わんとすることがよくわからなかったらしい。
また首を傾げ、頬をかきかき問いかける。

「………私、意識した方が良い…よね…?」
「…ん〜…」

菅原は唸った。
が、さして悩むことなくいたずらっぽく笑う。

「まぁ必要なスキルではあると思うけど。ぶっちゃけ俺としては独り占め出来て多少気分は良かったりしマス」
「………そう?」
「うん」

遥の目が丸くなった。
口元が笑い出しそうに一瞬震え、そして遥は顔を隠すように机の縁に額を押し付ける。

「千葉?」

菅原の不思議そうな声が聞こえるが遥は顔をあげようとはしなかった。
頬の熱さと、鎖骨のあたりが締め付けられるような痛みに遥はしばらく自分の膝を見つめていた。



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