あた婚! | ナノ

世間一般的に、それは痴女と言う

政宗をその気にさせるためには、えっちぃ下着で誘惑しろ。これが佐助のアドバイスだった。このアドバイスの代償は給料前のなけなしのランチ代。おまけに振られた恨みか、ここぞとばかりに高いランチセットを注文するという悪逆非道っぷり。

華那が求めていたアドバイスとは若干違ったため、このランチ代は無駄に終わったと言える。なら彼女が求めていたアドバイスとは? それがわかればそもそも佐助に相談などしていないし、ランチ代も払ったりしていない。しかしもっと女性らしいというか、少なくともこんな直接的なものではなかったことだけは確かだ。

恋愛経験は片手で足りるほどの経験しかしていない華那に、いきなり男を誘惑しろというのはハードルが高すぎる。せめてもっとお手軽なところからはじめさせていただきたいものだ。とりあえず手を繋ぐところから始めたい、切実に。

「そもそも佐助の提案には無理があるのよ。だってあたし……」

男を誘惑できるようなえっちぃ下着を持っていないもの。そう言ったら佐助は目頭を押さえて俯いた。何故かはわからないが、このとき華那は軽い殺意を覚えた。本能で侮辱されたと感じ取ったからである。

元々セクシーな下着よりも可愛らしい下着のほうが好きだ。もっと言ってしまうと、履き心地の良い綿素材が好きだったりする。可愛らしい下着しか持ち合わせていない華那は、セクシーな下着に些か抵抗がある。ただ単に慣れていないという理由だが、そんな単純な理由だからこそ克服することは難しい。普段自分があまり身につけない物に手を出すことは、恥ずかしさからか意外と抵抗がある。

「その年で一着も持ってないってちょっとありえなくね?」
「ほ、ほっといてよ! 誰かさんのおかげでそういうのに縁がなかったのよ!」
「おっ、嬉しいじゃん。俺のせいでまだ処女って言うのなら責任は取らなきゃいけないよな。なんなら初めての相手は俺にしとく? 俺は構わないぜ」
「全力でご遠慮します」

間髪いれずにピシャリと言ったら、佐助はつまらなそうに唇を尖らせた。もう少し迷う時間くらいあってもいいよなと、小声でブツブツと何か呟いている。冗談か本気かわからない彼の言動に、華那はすっかり振り回されてしまっていた。

ちっとも話が進まないことに軽い苛立ちを覚え始めた頃、佐助の顔が急に引き締まったと思えば、真面目な声色で話し始めた。佐助としては、本当はこんなこと言いたくなかった。ちょっとくらい意地悪しても許されると思っていた。だがなんだかんだ言って、相変わらず自分はこの子には甘いようである。

「てかさ、俺に相談なんかしなくても、華那が伊達社長に直接思っていることを伝えればいいだけじゃん。それで万事解決。めちゃくちゃ簡単だろ?」

温もりを分け合うだけじゃ嫌なの。もっと近くにいてほしい、私に触れてほしい。

佐助曰く、惚れた女にそんなことを言われたら理性を保てる男はいないらしい。あとはもうどうにでもなれ状態だ。ここであれこれ悩む暇があるなら本人に思っていることを直接言え。

佐助は簡単に言ってくれるが、それができたら苦労はしないと心の中で呟いておく。へたに反論したら佐助のお説教が始まってしまうことは、学生時代の経験からわかっている。ここは黙っているのが上策だ。

佐助から華那に与えられた提案は二つ。えっちぃ下着を身につけて政宗を誘惑するか、自分の思っていることを素直にぶちまけるか。……どっちに転んでも羞恥プレイは変わらなそうだ。成す術もなく、華那は深い溜息をつく羽目になってしまった。

*** ***

どちらに転んでも羞恥プレイになってしまう二択問題は、僅差で下着を買うに天秤が傾いた。同じ恥をかくのなら、知っている相手より知らない相手を選んだわけである。仕事帰りの途中友達に教えてもらったおすすめのランジェリーショップで下着を購入し、どこかそわそわした気分のまま帰宅した華那は、家主不在のリビングで買ったばかりの下着を床に広げて、うーん、うーんと唸っていた。

下着は今まで身につけたことのないような露出度が高めの、大人の色気が溢れるセクシーなものである。だが露骨にセクシーというわけではなく、可愛らしさも十二分に見受けられる。選んだのは華那ではなく店員だ。恥ずかしさに顔から火が出そうになりながらも、店員に理由を説明して何着か選んでもらったのだ。店員のセンスは流石としか言いようがなく、これなら華那でも思わず身につけたくなるほどである。

ならばどうして唸っているのか。実は今の今まで気づかなかったあることに気づいてしまったためだった。今となってはどうして気がつかなかったのか不思議なくらい当たり前のことなのだが。

「そもそもどうやって政宗の前で下着だけの姿になれっていうのよー!?」

服なら着て、見せたい相手の前に立つだけでいい。だが下着は違う。下着は服の下に着るものだ。政宗の前で下着だけの格好になるシチュエーションがまず、ない。下着だけの格好で政宗の前に現れることができるのなら、華那が抱えている悩みなんて最初から悩みじゃない。

「どうやってそんな格好を!? 政宗が帰宅したら下着だけ身につけたあたしがお出迎え?!」

世間一般的に、それは痴女と言う。

「かといって政宗の前で突然服を脱いだとしても……!?」

痴女としか言いようがない。

「駄目! なにをどうやってもただのヘンタイよ!」

佐助のアドバイスに従って下着を買った。それはいい。問題はこの下着を政宗にどうやって見せるか、である。あんなことがあった以上、政宗からアクションを起こしてもらうのは難しい。それくらい華那にだってわかる。だから佐助は、この問題を解決したければ最初に線を引いた華那が行動を起こさなくてはいけないと諭した。

「佐助の奴……一番肝心な問題だけ放り投げるとはね」

政宗をその気にさせるに至っては、この下着は大いに役立つかもしれない。だがその前に、政宗をその気にさせるため、この下着を彼に見せるためのシチュエーションが必要不可欠なのである。この部分を、華那は今まできれいさっぱり忘れていたのだ。

彼女は気づいていないが、あの佐助がこの問題の答えを教えていないわけがない。彼は華那に、自分が思っていることを政宗に伝えろと、ちゃんと助言している。自分が思っていることを伝えた上でなら、この下着は政宗限定の無敵艦隊として真価を発揮することができるのだ。

尤も、政宗にも好みがある。この下着が政宗の好みじゃなかったらそれまでだが、店員が言うには「好きな女性に似合う下着ならどんなものでも大丈夫」らしい。あとは自動的にフィルターを通してくれるので、何倍にも可愛らしく、そしていやらしく男の目には映ると力説していた。その手の話はお子様レベルにまで下がってしまう華那は、水飲み鳥のように頷き続けることしかできなかったのだが。

「お給料前にこの出費はかなり痛いのよ……なんとしてでも使ってみせるわ。決してタンスの肥やしにはさせないからね」

下着というものは決して安くない。その気になったら簡単に諭吉様が財布から飛び出してしまう。貧乏根性丸出しの華那が別の決意を新たに意気込んでいると、玄関のドアが開く音とともに政宗の「ただいま」という声が彼女の耳に届いた。床には本日購入した下着が並べられている。拙い、まだこれらの下着を政宗の目に触れされるわけにはいかない。慌てふためいた華那は急いで下着を回収し、紙袋の中へ強引に押し込んだ。そのまま廊下へ飛び出し、自室へ転がり込もうと思っていたのだが、華那よりも政宗のほうが早かった。彼女が自室へ飛び込むよりも早く、政宗と廊下でばったりと遭遇してしまったのだった。不自然に慌てている彼女の姿を見て、政宗が不審に思わないはずがない。何かを探るような政宗の鋭い視線に、華那は一歩も動けずにいた。

「お、おかえり政宗。どうしたの、帰ってくるなりそんな目ェしちゃってさ」
「いや、帰ってくるなり華那の様子が変だからな。何かあったのかと思ったんだが……ところでその胸元に抱えている紙袋は何だ?」
「ん? これは今日買った下着だよ」

へたに下着以外の物を言って嘘をつくより、ここは正直に話しておいたほうが得策だと瞬時に華那は判断した。別に疚しい物を買ったわけではないのだし、不自然に慌てるほうがどうかしている。そう考えたら少しだけ気分が落ち着いた。

「これしまったらご飯の支度するね。それじゃ!」

言うなり自室に引っ込んだ華那の、有無を言わさぬ勢いに圧倒された政宗だったが、どこか釈然としないながらも特に気にせずリビングへ向かう。たかが下着を買ったくらいと言ってしまえばそれまでだが、なんせ今は給料前。毎月この時期になると金欠故色々我慢している華那の姿を見ていたせいで、珍しいこともあるものだと思ったのである。

「Ah? なんだこれ……?」

ソファの隅っこに落ちている何かが視界に入り、特に何も考えずそれを拾うなり、政宗は目を疑った。それは紛うことなき女性用の下着だった。誰のもの、とわざわざ聞く必要はない。この家でこれを必要としている人間は一人だけ。まだタグが付いていることから、これが今日買ったという下着なのだろう。

女性の下着を拾って赤面するほど初ではないし(第一こんなものは見慣れている)、特に慌てるほどのことではない。しかしそれは、これが普通の下着ならば、の話である。生憎と女慣れしている政宗は、これが勝負下着であると一発で見抜いてしまったのだ。

「政宗! このあたりに下着が落ちてなかっ……たァ!?」

下着が足りないことに気づいた華那が慌ててリビングに戻ってきたとき、彼女の探し物は既に政宗の手の中に収まっていた。買ったばかりの新品とはいえ、自分の下着を夫が持っているという光景はさすがに恥ずかしい。

―――問題はこの下着を政宗にどうやって見せるか。とりあえず、問題は解決したというわけだ。

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