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だからって普通振った相手に相談するか?

昔から悩みというものは誰かに相談すればよいとされている。要は一人であれこれ考えてもろくなことはないということだ。人に相談することで自分では気づかなかった答えが見つかり、解決の糸口になったりすることが多い。

だが華那の悩みの内容が内容なだけに、気軽に相談できるものではなかった。なにしろ華那の悩みとは政宗との結婚に関する悩みだ。学生時代の友人に相談しようにも華那が結婚していることを知っているのは遥奈だけ。彼女はこの結婚がきっかけで、紆余曲折の末本当の夫婦になりましたと知ったら大層驚くだろう。そういえば最近色々ありすぎて遥奈と話をしていない。今すぐにでも相談したいのに、電話ではちょっと相談しづらい事柄なので、報告も兼ねて一度ちゃんと会いたいものだ。遥奈も仕事で忙しいだろうから、久しぶりに会おうと連絡したところですぐに会えるわけではない。

だったら毎日嫌でも会うような、身近な人物に相談するのが手っ取り早い。例えば、会社の同僚とか。

「だからって普通振った相手に相談するか?」
「そこをなんとか! 佐助しか頼る人がいないのよぅ……!」

両手を合わせて頭を下げ続ける華那に、流石の佐助もヒクヒクとこめかみに青筋を浮かべる始末だ。仕事がひと段落し、今日のお昼ご飯はどこで食べようかと佐助が考えていたときだった。佐助の前に深刻そうな表情をした華那が現れたのである。あの日以来まともに顔を見たなと佐助が思っていると、華那は一緒にお昼を食べようと声をかけてきた。

この間佐助は華那に振られただけに、この誘いを受けるか否かどうしようかと迷ったが、自分にとって華那は可愛い後輩だと先日政宗に言ったことを思い出す。もしかしたら華那も同じで、佐助と友達という新しい関係を築こうと歩み寄ろうとしているのかもしれない。もう一度恋人になることはできなかったけど、自分と華那は大学の先輩と後輩で、振ったからそれで終わりというには二人の繋がりは浅くない。

そんなことを佐助が考えていると、何を勘違いしたのか華那は奢るから一緒に食べようと言ってきた。これには佐助も顔をしかめる。奢るから付き合って。そう言うときは大抵一緒に面倒事にも付き合わされる。現に佐助もそうだった。つい最近、華那に振られた愚痴を聞いてもらうため、奢るからと元親を飲みに誘った覚えがある。今の華那はあのときの佐助自身を見ているようで、十中八九何か面倒事に巻き込まれることはわかりきっていたが、どんな内容であれ真っ先に自分を頼ってくれたことが嬉しかった。こんなことで喜ぶなんて、まだまだ華那のことを忘れることは難しそうだ。

佐助は苦笑しながら、華那の奢りならと一緒に昼ご飯を食べることになったのだが、どうしてこの時点で気付けなかったのだろうと後に佐助は後悔に苛まれていた。いつもの自分なら簡単に見抜けることが、今日は見抜くことができなかったのだ。見抜けていたら華那と一緒に昼ご飯を食べていない。佐助がこのことを見抜けたのはお店に着いた頃だった。ここまで来たらもう逃げられない。

この会社で華那と仲が良いのは佐助と元親だ。この二人でなら、違う部署にいる佐助より同じ部署にいる元親のほうが話しやすい。それなのに華那は元親に話さず、わざわざ違う部署の、それも数日前振った男のほうに話を持ちかけてきたのだ。きっと元親には話せない内容なのだろう。元親には話せず佐助には話せることなんて、どう考えても政宗絡みのことに決まっている。

よりによって華那は振った相手に恋愛に関する話を聞いてもらおうとしているのだ。いくらなんでもそれはきついものがある。振られたダメージはまだ回復していない。その上華那は追い打ちをかけようとしているのだから。こう見えて俺様ってば繊細なんだけどと思いつつ、佐助は会社近くのお店で昼ご飯を食べることになった。

「……で、俺様に何を聞いてほしいわけ?」
「な、なんのこと?」
「とぼけるなって。人に何か奢ってまで付き合ってほしいときは、大抵その人に何かあったときって相場が決まってるだろ。長曾我部じゃなく俺にってことは……社長絡みのことでしょ、どうせ」

テーブルに着き店員に注文をし終え、一息ついているときだった。佐助が話を切り出すと華那はギクッと顔を強張らせた。いま佐助が言ったことの全てが図星だったからだ。

華那だってわかっている。振った相手に旦那の相談を持ちかけるなど、デリカシーがないにもほどがある。だが今すぐ誰かに相談したいだけに、頼れるのは佐助しかいない。

最初は元親に相談しようとした。自分の話ではなく、友達の話なんだけどとかなんとか言って。だが友達の話はかなりの確率で自分の話だとバレる。華那にだって友達の話なんだけどと切り出された話は、それ実は自分の話でしょ? と言いたくなることが多い。ああ見えて元親は妙なところで鋭いので、バレたらバレたで話が余計に面倒な方向へいってしまう。

「ええ……佐助に話を聞いてほしくてお昼に誘ったの。ごめんなさい。デリカシーがないってことはわかっているの。でも佐助にしかこんなこと、話せなくて……。でもありがとう。佐助は全部わかった上で付き合ってくれたんでしょ?」
「う、うん。まあねー……」

これには佐助の胸がちくりと痛んだ。最初の時点で見抜けていたらきっと自分はここにいないだろう。だが今は華那の誤解を解くべきではない。佐助が本音を言えば、彼女は話を切り出しにくくなってしまうからだ。佐助は出されたお冷を飲みながら、華那に話してみろと目で促した。

「実はあたし、最近変なの。政宗に触ってほしいって強く思うのに、いざ触れられたら身体が政宗を拒絶しちゃうの!」
「ブフッ!?」

佐助は飲んでいた水を吹き出しそうになった。恥ずかしそうに頬を赤く染め上げている華那はやっぱり可愛いなとか思っていただけに、彼女の口から飛び出した大胆発言に目を丸くさせている。おもわずバンッとテーブルを力強く叩き華那に詰め寄った。

「ちょっと待てー! 俺様に何を相談するつもりだ!?」
「それがわかったら苦労はしない! 自分でもわからないから佐助に相談しようと思って」
「だからって普通振った相手に相談するか?」
「そこをなんとか! 佐助しか頼る人がいないのよぅ……!」

どうやら華那にも何が何だかわかっていない様子で、佐助は眩暈を起こしそうになった。大抵の相談なら聞いてやるつもりでいたが、この相談はどうするべきか非常に困る。そもそも彼女の口から触ってほしいという大胆発言が飛び出したこと自体に驚きを隠せない。佐助だってかつては華那とキスをした仲だったが、そこから先へは進むことはなかった。何度もそういうことをしたいと思った。だがそのたびに彼女は困った様子を見せていた。佐助のことは好きだけど、まだ決心がつかない。彼女にその理由を訊ねたら、こんな返事が返ってきた。彼女の意思は尊重したかったし、なにより無理やり自分の欲望のまま行為をするほど子供でもなかったため、佐助は彼女の決心がつくまで待とうと決めていたのである。

そんな彼女が、自分の意思で触れてほしいと思うようになった。残念ながらその相手は自分ではなかったが、これはこれで喜ばしいことなのだろう、きっと。少なくとも華那が恋愛にきちんと向き合いだした証拠なのだから。

「触ってほしい。でも意思に反して身体は拒絶する。つまり社長とHがしたいけど心のどっかで怖いって思ってるってことでしょ」
「怖い……のかな。自分では怖いと思ってなかったつもりなんだけど」
「華那は今時珍しいタイプだからね。その年になってもまだ男の経験がないんじゃ、しかたないのかもしれねえけど。一応聞くけど……社長ともうセックスした?」
「ま、まだよ! まだ!」

華那は隠そうとしない佐助の言葉に更に顔を赤くした。本当のことを言えば佐助は逆上するに決まっているので、相談しておいて申し訳ないがここは嘘をついておいたほうがよいだろう。まだ何もしていないという華那の言葉を聞いて、佐助は少しだけ安堵した。もし何かしたと聞かされたらまだ少し複雑な気分になってしまう。

「社長に触ってほしいって思うことは当然のことだと思うよ。好きな人にはやっぱり触れたいし触れられたい。別に恥ずかしがることじゃない。俺だって華那にはそうだったし。誰だって未知の経験は怖いって思うだろ。華那はまだそういうことを知らないから怖がっているだけ。別に変なことじゃない。だから怖いと思っても、相手に任せてみるといいと思うぜ。なんせあの社長だし。絶対に女慣れしてるぜ、あれは」

きっと華那が思っていることを伝えるだけで問題は解決するし、政宗だって喜ぶに決まっている。だがそれを素直に教えてやれるほど自分の心は広くないらしい。好きな女が違う男、ましてや嫌いな男のものになろうとしているのだ。これくらいの意地悪は許されるだろう。

「でもその政宗があたしに触れようとしないの。前に一度そういう雰囲気になったんだけど、あたしが怯えた途端何もしなくなっちゃった」
「そりゃ手を出しづらくなるって。好きな女に拒絶されたら傷つくだろ。怖がっているのに無理やりヤって嫌われたくないしね。にしてもあの社長が、華那が怯えた途端一切手を出さなくなったなんて……マジなんだ」
「どうすればいいと思う?」
「どうすりゃいいも何も、華那はどうしたいわけ? 社長とどうしたい?」
「……その、キスとか、それ以上のこととか……したい、かな。一緒にはいてくれるけどそれだけじゃあ、寂しいよ」

随分貪欲になったと思う。政宗と一緒にいられるだけで幸せだと、彼が振り向いてくれたらそれでいいと思っていたのに、今では一緒にいるだけでは物足りない自分がいる。すぐ隣にいて体温を感じ合うだけでは、もう満足できないらしい。

「なら、華那から歩み寄らなきゃ。これ以上入ってくるなって線を引いちゃった華那が、その線を壊さなきゃいけない」
「……具体的には?」
「そうだなあ……社長をその気にさせるためにも誘惑とかしてみる? Hな下着とかで」
「えっちぃ……」

なんだか話がとんでもない方向に向かっているような気がする。自分から相談しておいてなんだが、えらいことになってきたと華那はその身にひしひしと感じていた。

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