外界へ繋ぐ赤い糸(下)

「とうとう明日が結婚式だな不二子。」

「……。」

辺りはもう暗い。美しい夜景を窓越しに眺めながら王子はワインが半分ほど注がれたグラスを持って目を細める。

「心配することはない。絶対に幸せにするよ。」

ベッドに腰掛け、どこか寂しそうな人魚姫を見て、王子は人魚姫にゆっくり歩み寄る。

「(あの人は…来るのかしら…。)」

人魚姫がこの城に来て以来、一度も会わなくなった王子の部下、ウィリアムを思い出し、人魚姫は小さくため息をついた。
自分が人間になったのはこの目の前の男性に一目惚れしたから。そのはずなのに。今では。


「…なぁ。お前はいつも誰を見ている?」

「…っ。」

くいっとグラスを持たない手で人魚姫の顎を持ち上げる。人魚姫は驚いて目線を王子に向けざるを得なかった。
王子は見え隠れする苛立ちを操縦しながら人魚姫を見下ろす。

「こんなに俺が思っていると伝えてもお前は何時なんどきでも上の空。」

「(…ごめんなさい。)」

人魚姫は普段から持ち歩くメモ用紙を取り出してそう書き、止めずペン先を動かす。

「(やっぱりあたしはあなたじゃ…。)」

「何を言っている?」

その瞬間、まだ中身が入っているワイングラスを壁に投げつけた。

「……!!」

ガシャンと耳に痛烈な音が部屋に響き、人魚姫はビクッと肩を揺らす。
見上げた時の王子の眼の色はまるで変わっていた。それを見て人魚姫はますます言葉を失う。

「この国の王子を侮辱したいのか?俺を許嫁にフラれる男にしたいのか?」

「(そんな…、っ?!)」

ただただ恐ろしい空気を纏う王子に弁解しようとしたが、そんな行為が許されるわけもなく、人魚姫はベッドに押し倒された。
荒れた勢いで押し倒されたために喉で悲痛なうめき声が鳴る。

「悪いがもう手遅れだ。お前に声が戻ろうが否だろうがそんなことはどうでも良い。スタイルと顔が良ければ妃であるお前は仮死した人形であっても構わないんだよ。」

「……!!!」

卑下するような面立ちで人魚姫を見下ろし、そのまま顔を近付ける。

「(いやっ…!!)」

首を振って抵抗しようとも細い手首で王子の体を押し返そうとも、何の反撃にもならない。

自分の無力さに人魚姫が一粒の涙を流したその時。

コンコン

王子の部屋のドアを何者かがノックした。

「…っ。誰だ。」

舌打ちをして王子は目線だけをドアの方に向ける。

「王子、文が届いております。」

「そこに置いておけ。」

「それは出来かねます。」

「何?」

ギィ…と鍵を閉めていたはずのドアがゆっくりと開く。
そこに現れたのは久しい男の姿。

「こちらにも相応の理由がございますので。」

「!!」

ドアの前に立つ男に咄嗟に反応したのは人魚姫の方だった。

「やーあ、かわいこちゃん。何だかピンチそうじゃないの。」

初めて会った時と変わらない声と飄々とした姿で、ウィリアムは一歩王子の部屋に入った。
王子は先程以上に強い剣幕でウィリアムを睨み付けた。

「お前には関係ない。干渉したりすれば首にするぞ。」

だがその目線にも構わずまた一歩、とウィリアムは二人に近付いていく。

「構わねぇさ。辞任状届けに来たんだからよ。」

「ふざけたことを…そんなことをすれば貴様の身内にも被害を…。」

最後の切り札、というようなセリフを吐くと、ピタ、とウィリアムは足を止める。
その姿に王子は口が緩んだが、直後ウィリアムの口角がニッと三日月のように上がった。

「先に行っとくけどな。おれはウィリアム・ボイルじゃねぇぜ?」

「何…だと?」

驚きを隠せない表情にウィリアムはくくっと喉を鳴らす。

「ウィリアムは今頃家族と一緒に海外さ。ちょいと名前をお借りしてたわけよ。」

「(……。)」

今が一体どういう状況なのか人魚姫には理解し難かった。
まとめるならば、ここで雇われていたウィリアム・ボイルという人間は家族を人質にとられて無理やり働かせていたらしく、この男はその話を聞いてウィリアムとその家族を逃がし、自分がウィリアムとして今の今まで働いていた。

じゃあこの人は誰……?

「んじゃ、現役に復帰させてもらうぜ。」

男は自分の頭を掴み、力任せに引っ張った。
途端に顔は布のように剥がれ、その下から新しい顔が現れた。
顔を横に軽く振り、ずっと身に纏っていた嫌に清潔なマントも脱ぎ捨てると、赤いジャケットが人魚姫の視界を眩ませた。
そしてゆっくりと王子を睨み付け、一枚の紙を取り出す。

「俺はルパン三世。世に名を轟かせる怪盗さ。」

その紙はルパンの指から離れると、部屋の空気を切るように飛び、王子の頬を掠った。
その紙には『ルパン三世 お宝頂きに参上いたす』と記してあった。

頬から滴る血を指で舐めとり、人魚姫から離れると王子は甲高い笑い声を上げてルパンをまっすぐ睨み付けた。

「ルパン三世…さすがだな。だがどうする?俺の合図に兵士らは気付いた。今に奴らがやってきてお前を死に至らしめるぞ。」

どこからかバタバタと走る足音が聞こえる。
ルパンはわざとらしく天井を見上げながら片手を開いて耳に添え、音の確認をする。

「ありゃ、手が早い王子様だこと。」

あっという間に入り口には王子の部下に回り込まれていた。
ルパンはポケットに手を入れ、部下に背を向けたまま目線だけを向ける。
人魚姫はベッドから体を起こしたはいいが、この後どうなるか全く予想がつかず、ただ驚愕を露わにしていた。
ルパンはそれに気付き、二カッと人魚姫に笑いかける。

「ほんじゃま、現役復帰初仕事ってことで。」

ポケットから素早く手を引きぬき、何かを地面に叩きつける。
途端に辺りは煙幕で覆われ、数十センチ先さえも見えない状態になった。

「っ?!なんだこれは…!!窓を開けろ!」

王子は部屋を取り囲んでいた部下に命令し、窓は命令後少し遅れて開けられた。
ゆっくり視界が鮮明になっていく。
せき込みながらキョロキョロと辺りを見回した。

「ルパン!!どこに…、っ?!」

王子は見開いた目でルパンの姿を捉えた。ルパンはいつの間にか窓から脱出し、外に出てオープンカーに乗っていた。助手席には人魚姫も乗せて。

「このかわいこちゃんは頂くぜ。」

「待て!!くそっ撃て!!!」

無数の銃弾がルパンに向かって真っすぐ飛んでくるが、一発も当たることなくルパンは颯爽と夜道を駆けて行った。


「(ルパン…。)」

ちらりと横目にルパンを見ると、ルパンはそれに気付いて柔らかく微笑む。

「久しぶりだな。大丈夫だったかい?」

「……。」

夜風に髪が煽られながら人魚姫はゆっくり頷く。

「それは良かった。」

静かな今宵、エンジンの音だけが夜の世界に溶けていく。

「無茶してごめんよ。君があんまりに魅力的で、あの時以来忘れることができなかったんだ。」

本当に申し訳なさそうに声を落として言う。
人魚姫はそんなことないと伝えたかったが、明かりもないこの夜道の上、メモも城内に落としてきてしまったため、その方法が見つからなかった。

「本当はあの城から何か盗もうと思ってたんだけどね、君に勝る宝はなかったよ。」

「……っ。」

ルパンの口説きに対して照れたように頬を染め、思わず俯くとルパンはふふと笑みを零した。


「ここでさよならだ。この町はあいつらが避けて通るところだから見つかることはねぇ。誰かに匿ってもらいな。」

小さな町に着くとルパンは車を停め、人魚姫を車から降ろす。

「……。」

「また会えたらいいな。かわいこちゃん。」

そういうとルパンは人魚姫に背を向け、車に戻ろうとした。

「……っ。」

去っていくその姿に耐えきれず、人魚姫は駆ける。
反射的に勢いよく後ろから抱き付かれ、ルパンは驚いて振り返る。
すると人魚姫は泣きながら口を開いた。

「…パン、ルパン…。」

ルパンは耳を疑った。確かに人魚姫の口が動き、それに伴って声が聞こえる。

「え…声が…。」

「ありがとう…でも、行かないで…!!」

泣きじゃくりながら出た久しいその声に驚きつつも、今はルパンを止めることに必死でその重大さを人魚姫は忘れていた。
ルパンは大粒の涙を幾つも流しながら己の名を呼ぶ女性に見入ってしまっていた。

「…そんなこと言われちゃ、離れらんないだろ。」

ルパンはゆっくり人魚姫を背中から離れさせ肩を両手で持ち、目線を合わせる。

「教えてくれ、君の名前は何だ?」

限りなく優しく問うと、人魚姫は涙を流したまま口を開く。

「…不二子。」

「不二子。じゃあ俺と一緒に来るかい?今までみたいな平らな道じゃないが覚悟はあるか?」

決して美しい人生ではない。汚れ、壊され、歪む世界に惚れた女性を同行させるのは気が進まなかった。だがそれ以上に不二子の意思を尊重したいと思い、それと同じくらいに傍にいたいと、強く願った自分を小さく嘲う。

「あなたと一緒ならどこへでも行けるわ。」

その瞳は永遠を錯覚させるほどの無垢な光を灯す。

「…最高のお言葉。」

不二子の手の甲にもう一度キスを落とすと、助手席に乗らせ、反対側の運転席に回る。

「ハッピーエンドにはまだ早い。夢から覚めたらそこからまた始めるのさ。」

二人を乗せた車は、排気ガスを蔓延させながら夕陽に寄り添いながら進んでいった。


-fin-

◯第1弾、あゆ様からのリクエストで
「人魚姫でルパ不二」でした!
如何でしたか?
ハッピーエンドにしてみましたが…
やっぱり話は被っちゃいました(;_;)
この話はあゆ様のみお持ち帰り可です!
リクエスト、ありがとうございました♪

Thank you for reading!!


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