外界へ繋ぐ赤い糸(上)
夢を叶えたくて法を犯した。
ただそれだけのことであって、これ以上幸せも罰も望まなかった。
それでもやっぱり…。
目が覚めるとそこはよく海面から見た景色。
(そうだ…あたし魔女に…。)
会いたいが故に犯した法。
それに伴う罰。
今人魚姫に理解できるのは、人間になったということのみだった。
人魚姫は浜辺に打ち上げられていた体を起こしてまとわりつく砂を払い落とす。
「(王子様は…。)」
キョロキョロと辺りを見回すがお目当ての姿は見当たらない。
人魚でいた時、掟を破って海の外を覗けばなんとも美しい容貌をした男性が海辺に佇んでいた。その姿に人魚姫はただただ見とれ、その男性に少しでも近づきたいと強く思ったのだ。
少し残念そうに肩を落としていたが、サク、と砂を踏みしめる音が耳に届き、咄嗟にそちらに目を向けた。
そこにいたのは一人の男。
「ありゃりゃ、こんなことにかわいこちゃん。」
「(誰…?)」
男は飄々とした口調と足取りで上半身だけを起こした人魚姫に近付く。
そしてゆっくり地に片膝を付き、微笑みながら頭を軽く下げた。
「初めまして。この国の王子の部下のウィリアム・ボイルです。」
「……。」
人魚姫は自分も自己紹介を、と身を少し乗り出したが、ここで己の声帯の状況について知る。
人魚姫は海の魔女と契約を交わし、人間になるかわりに美しい声を奪われたのだ。
「(そうだ、あたし、声が…)」
人間の文字も知らない人魚姫は己の声のことを伝えられない。ただ何かを懇願するような目でウィリアムを見つめた。
「もしかして話したくないとか?」
「……。」
ウィリアムは暫く人魚姫を見たのち、ニコッと微笑み立ち上がった。
「よし、んじゃあとりあえず王子のところに行こっか。きっと手配してくれるよ。」
手を差し出され、人魚姫は戸惑いながらもそっとその手を取る。ふらつくように立ち上がるとウィリアムは優しく人魚姫をエスコートしながら城に向かった。
「王子、失礼致します。」
細いノックが響くと、王室にいた次期王が振り向く。
「どうした。ん?その娘は誰だ?」
キィとドアが開くと、王子の目に人魚姫の姿が映った。
人魚姫の前に立っていたウィリアムは片膝をついて落ち着いた口調で事情を説明した。
「この娘が浜辺で倒れていたのでこちらに連れてきました。どうやら精神的な病で声が出ない様子であるため、こちらに置いてあげられませんでしょうか?」
人魚姫は目を丸くしたが、すぐに平然を装った。『精神的な病』というのは、ウィリアムの配慮であることにもその直後気付いた。
「ふむ…承知した。では今すぐ手配しよう。」
「ありがとうございます。」
ウィリアムは丁寧にお辞儀すると立ち上がってくるりと振り向き、また優しい笑みを人魚姫に見せた。
「良かったね。王子は優しい人だから声が出なくてもきっと幸せになれるよ。」
「(ありがとう。)」
「またね、かわいこちゃん。」
ヒラヒラと手を振ってウィリアムは部屋を出ていった。人魚姫を迎え入れた王子は早速人魚姫に今後生活できるよう使用人に配慮させた。
-(下)に続く-
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