▽トキヤ←春歌←翔


例えば好きな女が一人で泣いていたとする。そしたら男がすることはなにか、と言われれば慰めること。背中を優しく撫でてやったりだとか、傍にいてやったりだとか、するだろう。けど、俺にそれができるか、と言われれば出来るような、出来ないような。そんな風に曖昧にしか分からない。俺はレンみたいに女の扱いが上手いわけでも、音也みたいに持ち前の明るさで笑顔にさせることができるわけでも、那月みたいに優しいわけでもない。七海を笑顔にさせる力が俺にはあるとは思えねえ、けど。今目の前で泣いているこいつをほっとくわけにはいかねえだろ。こんなに苦しんでいるこいつを置き去りにしていくなんて、無理だ。俺はぎこちなくも、そっと七海の涙を指で拭った。

「翔、くんっ、」
「…どうした?」
「わた、し、一ノ瀬さんに、嫌われちゃいました」

苦しそうに、無理して笑う七海。いつもの笑顔とは違って、本当に苦しそうで、唇を強くかみ締める。そのかみ締めている部分からは、鮮やかな紅が滲んでいた。綺麗な唇についた傷は、何でかすごく綺麗に見えて、少しの間見惚れていた。それから七海が再び口を開くまで俺は唇から目が離せずにいた。

「やっぱり、私じゃ一ノ瀬さん満足して頂けないんです」
「そんなことないって!お前の歌、俺は好きだ!」
「ありがとうございます。翔くんは、優しいですね」

そう言った七海は、さっきと同じようにまた苦しそうに笑う。今俺が言った言葉はトキヤが言わないと意味がない。俺には七海を笑顔にさせる術がない。やっぱり、俺は無力だ。七海を笑顔にさせることさえできない。それがこんなにも苦しいなんて、俺は思いもしなかった。
トキヤが笑えば七海も笑う。トキヤが悲しめば七海も悲しむ。それほど、七海はトキヤが大切な存在で。傍にいたいと切実に願っているんだ。俺と七海が初めて出会ったときからそれは変わっていない。最初から俺にどうこうできることじゃなかったんだと、絶望することしかできなかった。


瞳を閉じても耳をふさいでも
(突きつけられる目の前の現実)

title by 恋したくなるお題


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