練習が始まる前のほんの少しの支度の時間に耳に入ってきた言葉は、できれば聞きたくないようなものだった。

「葵ちゃん、ラブレター貰ったんだって!すごいよね天馬!」
「え!本当葵?!」

西園が興奮気味に松風に言った。すると松風も西園と同じように瞳を輝かせて葵を見つめる。その瞳には「もっと詳しく聞かせてよ」という意味が込められているような気がした葵はただ困ったように笑った。しかし両サイドからキラキラとした瞳で見つめられたら、答えないわけにはいかないと渋々口を開く。葵が口にする詳しい説明を松風と西園は楽しそうに聞いていた。そして少し離れた場所では剣城と狩屋が聞き耳を立てていた。彼らも思春期真っ盛りの中学生、好意を寄せている異性のことは何でも気になるものだろう。その二人の反応に気づいた西園は何か思いついたのか、にやりと笑った。

「返事はどうするの?付き合うの?」
「あー…まだ迷ってるんだ、実は」

ちらりと二人の方を見ながら西園が尋ねると葵は、先ほどと同じように困ったように笑ってそう答えた。その返事に驚いたのは西園でも松風でもなく、近くで聞き耳を立てていた二人だ。突然同時に「え!」と声を上げて椅子から立ち上がったのだ。葵の返事の仕方がまるで、付き合うかどうか迷っているように聞こえたから焦ったのだろう。予想通りの反応に西園は小さく笑いながらも事の成り行きを見守ることにした。

「空野、そいつと付き合うのか?」
「空野さん、その男の人と付き合うの?」

突然椅子から立ち上がったかと思えば、今度も二人同時に葵の下までやってきてそう尋ねてきた。しかし葵は状況が理解できず、何を口にしていいのか分からないため黙ったままだ。二人は焦り始めた。葵の沈黙を肯定と受け取ってしまったのか、二人の顔はどんどん真っ青になっていく。二人の普段と今のあまりのギャップに西園は笑い出しそうになるのを必死におさえた。

「付き合うわけないじゃない。私他に好きな人いるし…」

その葵の言葉に二人は更に落胆した。思いを寄せていた異性の口から直接「好きな人がいる」などと言われたのだから当然の反応だろう。しかしもしかしたらその好きな人、というのは自分かもしれないという淡い期待を抱いたのかすぐに立ち直り、すぐ横に居るライバルである男をお互いににらみつけた。

(空野の好きな男は絶対に俺だ)

お互いに目がそう語っていた。それが分かるのは先ほどから二人を見ていた西園ただ一人だろう。西園は二人の気持ちに気づいてるだけに、楽しそうに笑って二人を見ていた。
二人のにらみ合いはしばらく続き、間に挟まれた葵はどうしていいか分からず狩屋と剣城の顔を交互に見た。しかし二人の視線はまっすぐ向かいの相手に向いており、葵の存在など全く忘れていた。葵は小さくため息をついたあと「行こう」と西園と松風に声をかけて練習に向かおうとする。今も尚睨み合っている二人は置いていくことに決めたからだ。

「葵、いいの?」
「なにが」
「剣城と狩屋に声かけなくて」
「うん。だって何で睨み合ってるのか分からないし、それに声かけても絶対に気づかないよあの様子じゃ…」

葵がため息をついて二人をちらりと見ながら言うと松風も納得したように頷き「先行ってようか」と口にした。そして先輩を待たせちゃいけない、と走り出した三人にも気づかず二人はまだなお睨み合っていた。
それからしばらくして神童が二人を呼びに来て、急いでグラウンドに向かったあと三年全員にこっ酷く説教されたのは言うまでもない。


お前だけには譲らない


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