▽剣茜前提の総受け

イベントが大好きな浜野の提案で、1人1種類お菓子を持ち寄ることになった。連日のサッカー練習で疲れきった体にはいい機会だと円堂は満足そうに笑っていた。選手も賛成派が多かったため、盛り上がるだろうことは簡単に予測できた。中でも茜は特に今回のイベントを楽しみにしており、カメラを大切そうに抱きしめて放課後を楽しみに待っていた。

***

「ハッピーハロウィーン!」
「わわっ、は、浜野君はしゃぎですよ」

部室に入った瞬間に大きな声で叫ぶ浜野に速水が耳を塞ぎながらそう口にする。だが浜野は速水の方を見て楽しそうににいっと微笑んで見せた。

「せっかくのハロウィン楽しまないとか勿体無いっしょ!」

呆れるほどの満面の笑みを浮かべる浜野にかける言葉が見つからずおどおどしている速水。その様子を先ほどから眺めていたある人物がつい吹き出すと二人は同時にそちらを向く。そして目を開いて驚いた。
そこには何故か天使のような真っ白な装いをした山菜茜が立っていた。茜らしい清楚なワンピースには派手すぎない程度にフリルとリボンがついており、背中には控えめな小さな羽根がついている。そして天使のような優しいふわふわした笑み。不覚にも浜野と速水は胸をときめかせた。

「ふふ、浜野君の言うとおり、楽しまないと勿体無いよ」
「そ、そうですね」

もはや速水には返事を返す余裕さえなく、その一言が今の精一杯だった。速水の隣に立つ浜野に至っては何も発することができずに頬を赤くして茜の姿を見ていた。
そんな二人を後ろから不思議そうに眺めていた水鳥と葵がひょこりと顔を覗かせて、二人の頭越しに茜の姿を見て石化した。そしてそのあとまるでそうすることが当たり前のことのように携帯を取り出して撮影会を始めた。突然のことに茜は不思議そうに首をかしげると水鳥と葵はたまらず茜を抱きしめて頭を撫でくりまわす。

「水鳥ちゃん?葵ちゃん?」
「茜…っ!ほんっとに可愛いぜ!」
「天使みたいで最高に可愛いです…!」

もみくちゃにされながらも茜は二人に抱きしめられた嬉しさでふにゃりと頬を緩ませる。その顔が丁度見える角度に座っていた剣城は一瞬で頬を赤く染めて視線をそらした。

(な、んなんですか、その顔は…っ!)

いつものほわほわした笑みとはまた違う、照れ笑いのような可愛らしい笑顔。いつもの笑顔も可愛らしいと思っていた剣城だが、その初めて見た貴重な笑顔に頭の中は茜でいっぱいになってしまう。そうなってしまうと茜を見ることさえ恥ずかしさで出来なくなってしまった。どんな顔をして茜を見ればいいのかと、剣城は俯き悩み始める。そんな剣城の視界に小さな白い靴がうつる。それが誰なのかは顔を上げずともわかった。

「剣城君どうしたの?」
「………………」
「?」

今はまだ駄目だと、剣城は自分の頬に手を当て思った。まだ頬が熱い、熱が冷めきっていないのだ。こんな顔を茜に見せられるわけがなかった。自分の様子に違和感を感じて心配してくれることは嬉しく感じていた。だが、今は顔を上げるわけにはいかない。剣城は茜に「大丈夫です」そう一言だけ口にした。しかし茜がそれで納得するわけがなかった。あろうことか剣城の前にしゃがみこみ、顔を覗き込んできたのだ。至近距離でぶつかる視線。顔の赤さなど隠せはしない。寧ろさらに赤くなる。

「…大丈夫?熱でもある…の?」
「大丈夫、ですから。その、近いです」

そう答えるのがいっぱいいっぱいで、赤くなる頬を手で隠す剣城。茜はまだ納得していない様子だったが剣城の動揺っぷりを見てそれ以上聞くのはやめて、そしていつもの優しい笑みを浮かべて手を差し出した。「剣城くんも行こう?」と楽しそうに笑って。

「いや、俺は…」
「剣城君甘いもの苦手って聞いたから、剣城君用のお菓子も買ってきたの」
「わざわざ、ですか?」
「うん。だから、行こう?」

そう言って再び差し出された手。剣城はしばらく悩んでいたが、遠慮気味に茜の手をとった。いや、乗せただけと言ったほうが正しいだろう。茜の手を握るなど剣城にはできなかった。だが茜は握られないことに不満を感じたらしく、思い切り剣城の手を握り締めた。

「なっ、茜さん、っ」
「離しちゃめっ!だからね」

小さな子を叱るように人差し指を向けながらそう口にする茜。その可愛らしさと言ったら、剣城とのやり取りを楽しそうに眺めていた部員ほぼ全員が悶えるほどだ。
剣城はいろんな意味でもう倒れそうであった。可愛らしい先輩に手を握られながら剣城はにやけそうになる口元を反対の手で必死で覆い隠す。そして勘弁してくださいとつぶやいた。


天使とは名ばかりでその正体は

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2012年『ハロウィン企画』
綾香様へ


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