▽茜視点

ただいつものようにシン様の写真を撮っていただけ。
剣城君に怒られるようなことは一切していない、なのに。何故か連れてこられたのは木が生い茂る人気のない校舎裏。しかも部活終了後の闇に包まれたこの時間となれば、人なんて来るはずもない。こんなところに私に一体なんの用なのだろうかと首を傾げれば剣城君はすいませんと小さく詫びてきた。苦しそうに切なそうに表情を歪ませて。

「剣城、君?」

どうしてそんな顔をするの、どうして謝るの。そっと頬を撫でてみれば、剣城君は肩をびくりと揺らす。驚いたように私を見つめて、そして何故か嬉しそうな悲しそうな、そんな不思議な表情をした。瞳は妖しく光っていて、私は初めて剣城君を怖いと思った。
反射的に動く足、目の前の剣城君から逃げ出すように横に私は走り出した。はずだった。私の右手はしっかりと剣城君によって拘束され、一瞬のうちに私の背中は壁に縫い付けられたようにぴったりとくっついていた。両手で壁に手をつき、そのまま剣城君は私に顔を近づけてくる。

「い、やっ!…やめ、て、どうし、んむっ」

もうわけがわからない。どうして、剣城君にこんなことされているのだろう。いつかシン様にあげるためにとっておいた唇。私のファーストキス。それを無理やり唇を奪われて。しかもただのキスなんかじゃない。とても深くて濃厚な、頭がおかしくなってしまうほど熱をたくさん含んでいるディープキス。初めて、だったのに。最初はシン様に、って思っていたのに。

「ひど、い…ひどいよ剣城君」
「…すいません」
「…大嫌い。こんなことする剣城君なんて、好きじゃない」

自分の声だと思えないほど冷たい声だと思った。こんな声も出るんだと、自分で驚いたくらいだから。
剣城君は下を向いていたけど、何かを決したようにまっすぐ私を見つめて口にした。

「最低なことをしたと思っています。茜さんに嫌われるのは覚悟の上でした。…何もしないでただの後輩だと思われたまま茜さんに卒業して欲しくなかったから。このまま卒業してしまうくらいなら、最低な思い出としてでも俺のことを覚えてて欲しかったんです」

溢れる思いは痛いほど伝わった。そして付け足すように口にした「本当にすいませんでした」という言葉も、剣城君なりの苦しみがそのまま伝わってきた気がしてなんだか私も苦しくなった。
こうして打ち明けてくれた剣城君に私は明日から普通に接することなんてできるはずがないと思った。もし今日の出来事がなかったら、確かに剣城君は可愛いただの後輩としか思わなかったはず。剣城君はそれを望んでいないから、自らこうしてぶつかってきてくれた。
矛盾してると言われると思うけど、私は何故か今目の前にいる剣城君を抱きしめてあげたくなった。母性本能に近いものが働いているのかもしれない。

「ありがとう、剣城君」
「っ、茜さ、ん」
「うん、ありがとう。すごく、嬉しかった」

思いに答えることはできない、けれど。しばらくはこのままで。あなたのぬくもりを感じたい。


冷たい私にぬくもりひとつ
(曖昧で、不安定で、不確かな気持ち)

title by 恒星のルネ


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