笑顔が見たくて
―ピピピッ、ピピピッ、ピピ
「(あー…月曜…)」
いつもより三十分早い起床にまだ頭がボーッとしているが、今日が平日、しかも月曜日であることに気付けば頭は完全に覚醒する。
ベッドから出て洗面所の鏡と向き合う。
残念ながら、今日もヒゲは生えていない。毎度泣きたくなるような女顔だ。
シャワーを浴びれば完全に世の社会人たちの仲間入り。
濡れた髪をガシガシと拭きながら、さて今日はどれにしようか、と綺麗にディスプレイされたスーツやらネクタイやらを品定めしていく。このために月曜は常より30分も早起きをするのだ。
結局、ダークグレイのスーツにパリッとノリの効いたのシャツ、水色のネクタイを合わせて、家を出た。
外には幼馴染み兼秘書のリナリーが待っている。リナリーの機嫌次第でその日の“滞在時間”が変わるのだからヘマはできない。どこでの滞在時間かは行ってからのお楽しみ。
「ほんと、月曜だけはきっちりしてるんだから…」
「この一週間のやる気の源だからな」
「女の子には不自由しなかったくせに、たった一人のために早起きまでするなんてねー」
「チッ、さっさと行かせろ」
「まぁ…私にそんな口利いていいのかしら?」
「……今日はどんだけ居れんだよ」
「よろしい。今日は九時まで何もないから、一時間は居れそうよ。九時までには出て来てね。まぁ、せいぜい頑張って」
神田が大学時代に立ち上げたサイトから、友人とともに『DGM』を設立。瞬く間に億万長者となり、若くしてやり手社長として世間に名を馳せた。そんな神田に軽口を叩けるのは彼女と友人で副社長のラビと言う男だけだ。
そんな神田は昔から、寡黙であるが顔がよく、世間ではイケメンと呼ばれる部類の男だった。そのため、会社設立までは『常に女はいるのに恋をしたことのないかわいそうな男』それが、神田と言う男だった。
そんな神田がこの度、めでたく恋をしたのだ。
「あぁ!!行っちまったさー…」
「ちょっと遅かったね。神田にはもうアレンくんしか頭にないのよ」
「その様さねー…まぁ、時間に遅れることはないから後でもいいか」
「時間に遅れたのはラビの方だもんね」
「リナリーさん、そんなぐっさり痛いところつかんでさぁ…」
フルフェイスのメットを被り、バイクとともに遥か遠くに消えた神田に、リナリーとラビは本来の目的を後に回して会社へと足を向けた。
見えてきた赤と黄色のロゴに逸る気持ちが押さえられない。
週に一度しか会えない彼女。月曜日の朝だけはこうして時間をもらい、会社とは逆に位置するこのファストフード店に来る。
週に一度、唯一の神田の至福である。
目当ては…
「おはようございます!お客様、ご注文はお決まりでしょうか?」
「あー…いつもので、今日はコーヒー」
「かしこまりました!少々お待ちください」
隠しきれない顔の傷と、若くしての白髪。しかし、それを気にさせない晴れるような笑顔の可憐な少女。この少女が神田の推しメンである。
だがしかし。
注文時に“いつもの”と言って通じてしまうほど、通い詰めておいて、この男、神田ユウは連絡先すら聞けていないのだ。
「お待たせしました!」
「サンキュ」
「ごゆっくり!」
「っ、」
ほんのり朱の混じる顔を少女から逸らすように、指定席となっている、窓際で日当たりのいいカウンター席に向かった。ついでに言うと、この席はレジと厨房がよく見えて、神田にとってはまさに特等席なのである。
そうしてベーグルを口に運びつつ、笑顔で接客に努める少女を目の端で追いながら、朝の一時を過ごすのが神田流だ。
ただ一つ困ったことがある。彼女が男性客の対応をすると、いちいちイラッとするのだ。声はかけられないのに、独占欲だけは一人前な神田であった。
そしてもう一つ。神田的一大イベント。
期限の九時まで残り三十分に迫った頃、やっと席を立った。トレイとカップを戻しにダストボックスまで向かう。
「お客様、そちらよろしいですよ」
「…あぁ」
「ありがとうございました!いってらっしゃいませっ!」
これである。この一言と笑顔のために週に一度、足繁く通っているのだ。
「(〜〜っ、くっそ!抱き締めてぇっ!まじで天使だっ)」
駐車場に出てそんな余韻に浸っていると、神田の右腕とも言えるラビから電話がきた。
『ユウ!おはよーさー!九時からジジィどもと会議さよー』
「くそウサギめ。俺の至福を邪魔するな!行ったら一発殴らせろ!」
『ヒドイさユウっ!リナリーに言いつけてやるっ』
「ふーん。お前しばらく休日なし」
『うわーっウソウソ!許してさユウちゃんっ』
などと無駄話をしているうちに、店から出てきた人影が一つ。
「っ!! ウサギ、切るぞ!」
『へっ?ユウちゃ―――』
最新式のタブレット携帯を乱暴にポケットに突っ込むと、その影に声をかけた。いつものヘタレはどこに成りを潜めたのだろうか…。
「っ、おいっ」
「っ、僕っ!?あ、お客様っ」
「やっぱり。アレン、だっけか。バイトは終わりか?」
「えっと、まぁ、はい。終わりました」
「どこ行くんだっ?」
「え、と…自宅に」
「そうか。送ってやるよっ!どこだっ」
「はっ!?そんな、神田社長に送ってもらうなんて、そんなっ」
「知ってたのかっ」
「そりゃ、知らない人なんて滅多にいないでしょう!?」
この日、ラビの電話によって足止めを食らったお陰で少女――アレンを自宅に送り届け、また一つ毎週恒例の神田的一大イベントが増えたのだった。
いつしかアレンはバイトを辞め―――スマイル0円など認めない、と神田が強制的に辞めさせた―――兄の会社へと異動したリナリーの代わりに社長秘書となった。
さらに一年後には、『若手IT企業社長神田ユウ(29)が電撃結婚!社長夫人(26)は純白の天使!!』なんて見出しが、週刊誌で見られたとか。
― 笑顔が見たくて ―
お前の笑顔が見たくて
あなたの笑顔が見たくて
やめられない週に一度のラブコール
笑顔が紡ぐ恋のメモリー
END
◆◆◆◆◆
お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが、神田のモデルは某ドラマで小〇旬が演じた俺様社長さん。結果、IT企業社長って設定しか残らなかった…
そして最後力尽きた。こっからお話だろうに…
ここまで読んでいただきありがとうございました!
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