タンポポ

 


「おい…コレ、抜いてくれ…。
頼む…印が痺れてたまらねェんだ……」
「これで大丈夫か?」
「……おまえ…どっかで…?」



知っている。
この「音」を、俺は知っている。


何年前だったか…でも、まだ俺の目が見えていた頃だ。その頃の戦友で親友、同じ師の元で切磋琢磨しあった良き好敵手だったあの男。
そいつと同じ「音」がする。





― タンポポ ―





控えめに聞こえる「ピチピチ」と言う野鳥たちのさえずり。
仄かに薫る土の香り。
緑の葉を纏い始めた木々をバックに建つ、白いチャペル。

春の訪れを感じさせる今日、小さな田舎町であるのに、この日だけはそのチャペルも大賑わいだ。


今日の主役は、同僚で弟分の青年と、同じく同僚でその彼女。
明日からは夫婦として、二人でまた幸せの一歩を歩み出すのだろう。



「ふふ。アレンちゃん幸せそうですね。いつにも増して綺麗だわ」
「神田もクールに見せて実はとても喜んでる。判りづらいけれどね」



終戦から五年。
多くの仲間を失い、光を失い、指を失い…自分の命はあと何をなくせば尽きるのだろうか、などと考えていたが…。
まさか、自分の命があるうちにあの戦争が終わるとは思わなかった。
死にたくて、でも生きたかったあの頃が今では懐かしいとさえ思う。

ましてや自分は二年前に隣に居る女性、ミランダと結婚して夫婦としてこの場にいるのだから、さらに驚きだ。あの頃は、まさか伴侶を見つけられるとは思っていなかったから…。



白を纏った二人は、それぞれ挨拶回りを始めたようだ。
神田はラビや元帥、アジア支部のメンバーのところへ。アレンはリナリーやファインダーのところへ。
皆と言葉を交わして、時おり笑顔を見せる神田は、やはり少し以前より丸くなったように感じる。
アジア支部で出会った頃から、笑顔など一つも見せない、どこか悲しい子だった。そんな神田を変えたのは、あいつとは何かと真逆なアレンだった。





二人を見ていると思い出さずにはいられない、ある一組のカップルがいる。…いや、“いた”の方が正しいか。
今から十数年前のことだ。

美しい金の髪を持った女性と、スラリとした長身で寡黙ながらも心優しい青年だった。



『なぁマリ。俺、明日あいつと蓮の花を見に行くんだ。今度こそ満開だといい』
『へぇ。そりゃいいじゃないか。しっかりエスコートしてやれよ』
『あぁ、もちろん。……でさ…俺たちって、その…結婚て、してもいいのかな』
『っ!!おまえ、プロポーズ、するのかっ』



周りや自分のことには無頓着なくせに、彼女のことに関してだけはしっかり考えていて、いつもの寡黙さも冷静さもどこかに置いてきてしまうような男だった。
そんな親友にそう聞けば、柄にもなく顔を真っ赤にして小さく頷いていた。

それからお互いどーのこーのとたくさん語り合って、結婚式には絶対来てくれと言われたから、絶対に行くと約束して別れた。

その翌日、朝方に二人は任務に出ていった。
終わり次第デートなの、と朝食を共にした彼女が嬉しそうに言っていた。


あの日のことは絶対に忘れないだろう。
何しろ俺があの二人の姿を見たのは、それが最後になったのだから。


――いってきます。


そう言って笑顔で出ていった二人の顔は、光や物を捉えなくなった今でも忘れない。



任務中にAKUMAとの交戦により戦死した、と伝えられてから、二人の遺体が教団に戻ることはなかった。

それから数年後、目を失った俺はアジア支部で残酷とも思われるこの世の巡り合わせによって“再会”を果たすことになる。



「――マリ」
「神田か。どうした、そんなにかしこまって」
「いや、あー…なんだ、その…来てくれて、…アリガトウ」
「当たり前だ。大事な弟の結婚式だからな」
「っ!? 誰が弟だっ!」
「カ、神田くんっ。あのっ、アレンちゃんとたまにうちにいらしてねっ」
「あぁ。 …ガキが生まれたら行かせてもらう」
「まぁっ、よかったわね!」
「…なんだ。あの時の小さな坊やも、ついに父親か」
「チッ、何年前のことを言ってんだよ」


「ミランダさん!マリ!」
「まぁ、アレンちゃん!おめでとうっ」
「アレン、走ったら――「モヤシ!走るなバカっ」
「アレンです! うわっ」



こちらにかけてきた、まさしく純白と言う言葉の似合う心優しい女性。ドレスを持ち上げ走っているのだろうその女性は、相変わらずお転婆のようだ。

当時は犬猿の仲と言われるほどだった二人の晴れ姿(と言っても残念なことに見えないが…)に、「やっとか…」と言う思いが強いのは致し方ないだろう。
と言うのも、時に悩ましいほどに良いこの耳には、当時のそれが互いに照れ隠しだったことはバレバレだったから。


それに加え『第二使徒計画』を知った今では、アジア支部で初めて神田に会ったあの時を“再会”だと言えるだろう。
当時亡くなった二人の遺体は、自分がそうなりかけたように計画の実験につかわれたのだろう。きっと神田のもとの記憶の持ち主は、あの時死んだ俺の親友。

どうやら、二人は「音」が似ているだけではないようだから。

だからこそ“やっと”。
本来とは違う結末で、“やっと”…あいつは幸せを手に入れたんだと信じている。


近くで聞こえる二人の言い合う声が、幸せの色を含んでいて、どこか心地良い。



「まぁ、マリさんっ。タンポポが咲いてるわ!」
「へぇ、どこだい?」
「こちらですよっ。 もうすっかり春ですね」



一人でも歩けるのに優しく手を引いてくれるミランダに着いていく。
彼女につられるように、黄色の小さな花が咲いてるのだろうそこにしゃがみこんだ。
すぐに、ほらと手に渡された一輪のタンポポ。



なるほど。


タンポポは幸福を知らせると言われている花だ。



願わくは、この幸せが先に逝った天の二人にも伝わるように ―――


若い二人がいつまでも幸せでいられるように…―――





END




◆◆◆◆◆



神田の中の人がマリと親友ってのは私の希望です^^;

当時神田の中の人とあの人が迎えられなかった幸せを、神アレ嬢が代わりに迎えて、マリ的には二重に嬉しいんです。

死にたくて生きたかった、てのはコミックでそんな描写があった気がしたので、使わせていただきました。


 


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