君の名前

 


神田ユウ


僕の大好きな人の名前。


愛しい名前。


魔法の名前。





― 君の名前 ―










「神田ー」


「神田ー」


「バ神田ー」


「パッツン神田ー」


「蕎麦神田ー」



神田が任務に出て三日目。あと二日くらいで帰還するよ、とさっき食堂から引き摺られていったコムイに、すれ違い様に言われた。お礼を言おうと振り返った時にはリーバーにお説教をくらっていたけれど。
それを見送ってから、カートに空になった大量の皿を乗せて返却口までいくと、



「あらん?ちょっと元気になったんじゃなぁい♪?」



なんて言われた。よく考えればなんて現金なんだ僕ってば…と思ったけど、その時は元気に「もうすぐ神田が帰ってくるんですっ」と、答えていた。よかったわね♪と渡されたサービスのみたらしを大事に胸に抱いて、少しだけ気分の晴れたアレンは鼻唄混じりに食堂を後にしたのだった。



そして今に至る。
貰ったみたらしも完食し、無さすぎる休暇のせいで暇をもて余していた。
ベッドに寝転べば浮かぶのは神田。長い黒髪を頭上で束ね、キリリと前を見据える鋭い眼差し。ごくたまーに見せる、頬を染められずにはいられない微笑みや、どこか幼さの残る寝顔。本人はいないのに記憶だけで照れてしまう。
顔の熱が退いた頃、知らず知らずに口をついて出たのが、彼の名だった。

しかし不名誉なあだ名で呼んでも咎めてくる彼はいない。主のいない殺風景な部屋に、アレンの声は吸い込まれて消えた。

いくら帰りの日取りがわかったと言っても、やはり本人が居ないのでは意味がない。少し浮上していた気分も、降下していくのみだった。





翌日の朝、いつも通り食堂に向かえばラビがいた。神田と同じ日、彼の少しあとに発ったラビの任務はハズレだったようで、昨夜夜中に予定より少し早めに帰還したのだそうだ。
そんなラビと並んで食事を摂り、食後のお茶をしながら談笑していると、リナリーが駆けてきた。



「アレンくん、ラビ、おはようっ」
「おっはようさっ♪」
「おはようございます、リナリー。どうしたんです、そんなに慌てて」
「ごめんね…二人に任務なの。ラビなんか夜中帰ったばかりなんだけど、神田が居ないから代わりに行ってほしいの」
「まじっ!?…んま、いいさっ。ハズレ任務だったし、今回は頑張るさね」
「……」
「アレン?」
「――へ?あ、はいっ、もちろん行きますよっ!頑張りましょうね、ラビっ!」



アレンが空元気のように笑い、三人は司令室に向かって歩き出した。

(言えないよね…明日神田が帰ってくるのに、なんて…)

笑顔を張り付けたアレンの呟きは誰に聞かれることもなく、アレンのなかで木霊し続けた。





「アレーン、元気ないさね?…早く片してユウちゃんとこ帰ろうさ!」
「っ、…バレちゃいました?」
「コムイに聞いたんさ。明日ユウの帰還予定だったんだって」
「うん…でも仕方ないですよっ。人手不足だし。エクソシストが本業だし」
「…そうさね。まぁ、無理はすんなよ」
「はいっ。」



汽車に乗り込み現地まであと少し。改めてラビに笑顔を見せ、二人が下車の準備を始めた頃。二人の乗る一等車両より前、一般車両から爆発音の様なものが聞こえた。顔を見合わせ飛び出せば二車両目にAKUMAが一体。
いつの間にか下車駅に着き、その地に蔓延っていたAKUMAがぞくぞくと二人を囲んだ。


「AKUMAは僕がやりますから、イノセンスは頼みましたよ、ラビ!」
「任せろさ!死ぬなよアレンっ」


ふたてに別れてラビは山へ、アレンは人気のない浜辺へと急いだ。

アレンについてきたのは百体弱。level3と4が大半を占めているが大丈夫だろう。気を配らなければいけない住民も浜にはいない。
思う存分相手をできる。意気込み手近なAKUMAから破壊していく。

残りはlevel4とlevel3が十数体。一気にやってしまおうと道化を纏い構えたとき、AKUMAに追われて幼い少女が浜辺に迷いこんできた。



「こわいよぉ、たすけてぇっ」



助けを求めて走りよった少女とアレンをAKUMAが囲んだ。
少女を胸に抱き締め道化で包む。少女が傷つくことは防げたが、これでは防戦一方だった。



「ガキひとりニそのざまトハ…エクソシストもたいしたことないですネェ。おまえノいのちいただくぞォ!」



その言葉とともに襲い掛かるlevel4に退魔ノ剣を投げつける。腹に刺さった剣によってそのlevel4は消滅したが、まだAKUMAは残っている。
腕の中の少女をよりきつく抱き締めて背を丸めた。一斉攻撃を受ければ浄化が間に合わず少女もろとも砂と化す。

頭上で「おまえたちやってしまいなさい」と言うAKUMAの声が聞こえたとき、知らず知らずに名を呼んだ。



「―――神田っ」



いつまで経っても体に痛みはなく、かわりに目を閉じていても感じる閃光と、耳をつんざくような爆発音の後アレンの耳に届いた声。
少女は腕の中で気を失ったのか目をつむり動かない。



「バカモヤシ!」
「…カン、ダ?」



見ればわかるだろう、と答え愛刀の六幻を収めながらアレンに寄って目の前にしゃがむ。



「バカヤローが!」
「いだっ」
「てめっ、ベルト伸ばせば一気に殺れただろーが!なにガキ一人抱えて座ってんだよバーカ!!」
「いっ、…たいなぁ!刀で殴ることないでしょう!?ベルトのことはすっかり忘れてましたけどもっ」
「んだコラ俺がいなかったら今頃砂のくせによ!しかもなんだ、神田っ、ってっ」
「ぅ、ぅうるさいんですよっ!たまたま言っちゃったんです!!もうっ、いいから早くこの子をお母さんのところに連れてってくださいよっ!」



神田はファインダーが呼んだ救援として派遣されていた。
予定より早く終わった報告書を渡しに行くと電話を受けていたコムイが、「わかったよ、すぐに向かわせる」と言って神田の顔を見るなり通話を切った。そして言った。「アレンくんが緊急事態なんだ。今すぐ発ってくれる?」と。問答無用で水路まで逆戻りし、言われた通りに汽車に飛び乗り乗車して、今に至るわけだが…

母親と思われる女性に眠り続ける少女を託し、泊まる予定の宿まで並んで歩いている。



「神田ー」


「神田ー」


「バ神田ー」


「パッツン神田ー」


「蕎麦神田ー」


「うるっせぇ!バカモヤシ!!刻んでやろうか!?」
「ふふっ。やっと帰ってきた。…神田っ」
「……なんだ」
「神田、おかえりなさいっ」
「…まだ任務中だ」
「…来てくれて、ありがとう」
「……」





僕の愛しい人の名前。


君の名前は僕だけの魔法の言葉。





END





「アレーン…俺を、忘れてるさぁー…」



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