(信じられんが、ここは死後の世界・・・ってことか)



最低限の物しかない質素な部屋の中、布団の上に横になった清正は
じっと天井を見つめながら頭の中で自分の身に起こった出来事を
ぼんやりと思い返した。
先立った三成との再会、嬉しくないといえば嘘になる。
だが、どうも話が上手くいきすぎているような気がする。
何か落とし穴がありそうな・・・そんな気が。
清正は閉じられた障子に目をやると、まだ自由のきかない手で
なんとか上半身を起こすと、部屋を見渡した。
部屋の隅に大きめな長着がかけられている以外、なんら変哲もない。
だからこそ、警戒してしまう。
清正は落ち着くことのない心にため息をつき

「三成・・・」

と三成の名前を呟いた。
三成は清正をこの部屋へと運び布団に寝かしつけると
「少し待て」とだけ言い残し何処かへ行ってしまった。
全ての鍵を握るのは三成だけだ。





「入るぞ」

清正が三成の名を呟いた瞬間、三成が静かに障子を開けた。

「待たせたな、粥を作ってきた。」
「あ、ああ・・・すまん・・・」
「起きて大丈夫なのか」
「なんとか・・・な」

部屋には美味しそうな粥の匂いがたちこめ
清正は三成に問いただそうとした言葉を飲み込んだ。
何にしろ、あの三成が優しく素直なのだ、まだこの状況を
堪能したいという下心を清正が捨て切れるはずがなかった。

三成はそんな清正の下心を知ってか知らずか
粥を掬うと息をかけ丁寧に熱を冷ますと、清正の口へと持っていった。
が、献身的な三成の好意に清正が正直に答えられるはずもなく
ぷい、と顔を背け

「いい、自分で食う」

と三成の好意をはねつけた。
清正が照れていることに三成は気づいているはずなのだが
折角の自分の好意を拒否されたことが面白くない三成は
無理矢理清正の口に粥をつっこむと、残りを清正の膝の上に置き
清正と同じようにぷいと顔を背け口を開いた。

「ふん、自分で食えるものなら勝手にしろ。」
「ああ、そうするよ。男同士でこんな気色悪いことしてられっか」

三成は先ほど自分のことを抱きしめたくせに今更何を言うと
思ったが、それを清正に伝えたら言い争いになることが
目に見えているため口を噤んだ。

清正は震える手で箸を持ち粥を食べようとするが、上手くいかず
粥が箸の間をすり抜けていくばかりであった。
三成が横目でその様子を見て「ふ」と笑みを零すと
清正が顔を真っ赤にさせながらにらみつけた。

「そう睨むな」
「・・・」
「清正、三成さん俺に粥を食べさせてください。だ」

清正は馬鹿正直で不器用で年上に到底思えないこの男が
たまに見せる年上の余裕に弱かった。

こういう時に三成の調子に合わせ軽く口に出せる性分だったらどれだけ楽だろうと
自分の性格を恨んだが、死んでも性格が柔らかくなることもなく。
清正はじっと押し黙った。

「死んでも、お前は可愛くならないな」

ぽつり、と三成が小さく呟き。
清正から粥を取り上げると、ぶっきらぼうに清正の口に粥を次々に放り込んだ。
色気も何もあったもんじゃないと、清正は次から次へと放り込まれる
粥を平らげた。
口周りをご飯粒だらけにされ、清正はそれを拭う元気もなくし
がっくりとうなだれた。

「ほら、薬だ」

三成はまたも強引に清正に薬を飲ませると
布団の中に押し込め、満足そうに笑みを浮かべた。

「お前の体が上手く動かぬのは、生前毒に体を蝕まれたからだろう
今飲ませたのは毒をくだす薬だ。今夜は辛いだろうが明日には毒は抜ける」
「・・・なぁ、三成」
「何だ?」
「この世界はどうなってるんだ?」

清正の確信へと迫る質問に三成は清正と過ごす懐かしい感覚から
一気に引き戻された気分になった。

「言っただろう、死した者が来る世だ」
「なら、秀吉様は何処だ?利家殿は?・・・左近は何処だ?
この世界は静かすぎやしないか?」

生前暮らした世とは明らかに異なる違和感。
それは静かすぎること、人の気配がまったくしないのだ。
死後魂が辿り着く場所だというならば、ここはもっと
賑やかなはずである。
だが清正がここにたどり着いてから会った人物は三成とお市だけである。
これは明らかにおかしいではないか。

三成は、ふうとため息をついて額を抑え前髪をかきあげた。

「関ヶ原で散った左近は・・・ここにいた」
「いた?今は何処にいる?」
「消えた」
「え?」

予想外に素っ頓狂な声がでてしまった清正は
ごほんと一つ咳払いをし、改めて三成に聞き返した。

「消えたって、何処かへ行ったってことか?」
「いや、島左近という存在がここから消えた・・・としか言いようがない」
「それって・・・」
「ここはな、清正」

心なしか、三成の声が消え入りそうに切ない声色を奏でている。

「死してなお・・・死に切れぬ思いを抱く者が留まる場所なのだ、だから
その思いを抱く限り苦しい思いをしながらこの小さな箱庭で生き続けなければ
ならぬ・・・生き地獄だ」
「ここが・・・地獄・・・?」

小さく頷いた三成は、立ち上がると障子を開け
美しく可憐な花が咲く庭を見つめ、呼吸を置くと
清正に背を向けたまま口を開いた。

「ここに来る途中お市様に出会っただろう」
「ああ」
「あの方は、生前愛した夫・・・浅井長政に一目会うことを願い
ここに留まり続けている」

清正は、三成の小さな背中を見つめながら
胸が締め付けられる思いをぐっと堪えた。

「だが、浅井長政はお市様より先に・・・亡くなっている
お市様がいくら待とうと、浅井長政はここに現れる事など・・・ありえないのだよ」
「なら、諦めれば・・・」
「諦めきれぬだろう、次もし生まれ変わったとして同じ姿形で愛した者と
再会できるとどうして言いきれる?姿形が変わったとしてまた同じように
自分を愛してくれるとどうして言いきれる?」


三成の強い言葉に清正は何も言い返すことができなかった。



もし、自分がここに来て全てを理解したうえで
ここに三成がいなかったらどうであろう。
やはり、三成を愛した自分という存在を捨て切れるはずもなかった。
お市と同じように気が遠くなるほど三成を待ち続けるだろう。

会えないと分かっていても愛した者に一目会いたいと、魂は何年も何年も留まり続け
愛しい人への想いは募るばかり・・・


「・・・」


清正は目頭が熱くなるのを感じ、ぐっと堪えた。

「左近は・・・お前に会って消えたってことか」

左近、と聞いて三成の薄い肩がぴくりと反応を示した。
ゆっくりと清正のほうに振り返ると頭を柱に預け静かに目を閉じた。

「ああ、そう・・・だな、左近のしがらみは関ヶ原で俺を守りきれなかったことだった」

だから―・・・



『殿の身を守れなかった俺は、自分が許せないのです・・・こうしてまた
殿と相見えることができたのも何かの縁、殿の手で俺を手打ちにしてください』
『左近、それはならん。俺は左近を恨んでなどいない・・・
むしろ逆だ・・・ありがとう左近、俺の隣にいてくれて・・・感謝している。』



「俺とまた出会い、左近はここに留まる理由を失った・・・それだけのことだ」

左近のことを思い出し、寂しそうに顔を伏せた三成を見た
清正は、嫉妬・・・とはまた違う言い知れぬ感情に襲われた。
名前をつけるとしたら同情、に近いのかもしれない。
出会いと別れ、愛が深ければ深いほど相手を失った際、心をえぐられるような
痛みに苦しむと清正も痛いほど分かっているからだろう。

そして左近の三成を守りたい想いは清正が隠してきた感情とそっくり同じものだ。
それが成しえなかった左近の思い、そして三成に会いたいという
願いも理解できる。

だが・・・それなら三成は、何故・・・?

清正は三成の痛々しい姿をじっと見つめ口を開いた。

「なら、三成・・・お前の留まる理由って・・・」

清正の言葉を聞いた三成は、目を開くと清正を見据えた後
「鈍感め」と呟いた。

「ん?」
「まだその時ではない、いずれ話そう」

三成は清正に近づくと、清正の額をピシッとはじいた。

「お前の留まる理由、それをじっくり聞いてから・・・な」









清正が、死してなお留まる理由。

清正は体の中を虫が這い回るような痛みに襲われながら
朦朧とした意識の中で考えをめぐらせた。
だが、結論に至る直前で激しい痛みが思考回路をめちゃくちゃにして去っていく。

三成がくれた薬の効果であろう、毒が体の中を逃げ回っているように
体に激痛が走る、これを一晩耐えれば完治するはずだ。
と清正は痛みに耐えるよう歯を食いしばった。




俺は―・・・

何が心残りなんだ―・・・



三成に会うこと


三成に、全ての思いを伝えること


そして


三成を、抱くこと




色んな思いが清正の頭の中を交差し
ぐちゃぐちゃにかき回す。


「清正、苦しいか?」

三成が傍で看病し声をかけていることも気づかぬほど
清正の頭の中は痛みと苦しみでいっぱいになっていた。

「はッ・・・う、あ・・・」
「吐きたければ吐け」
「はぁ・・・、み、みつな・・・り」
「ああ、俺はここにいる」
「み、つ・・・なり・・・」

苦痛で悶える清正の額を優しく撫でながら三成は
もう片方の手で清正の手を優しく包んだ。
清正は痛みに耐えるため三成の手を強く握りしめ
三成の白い手の甲に清正の爪が食い込んだ。

「三成・・・み、つなり・・・」

清正の目頭から涙がつ、と流れる。

「お前を死に至らしめた毒を全て吐き出してしまえ」
「・・・ッあ、ああ・・・」
「そして、早く俺に・・・聞かせてくれ・・・」
「くっ、う・・・あ・・・・」


三成の言葉は、清正の苦痛の悲鳴にかき消され
白い手の甲に生々しい爪あとを残し
夜は明けていった。









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