巡るセパレーション








関ヶ原の大戦の後、
豊臣と徳川の和睦をなすために開かれた二条城会見。
加藤清正は一度は徳川に味方したが
豊臣秀頼に同行し、両家の橋渡しを成そうとしたが
清正は秀頼に出された饅頭を毒見し毒殺された。





自らの命をもって秀頼を守れたことを誇りに思い
嬉しそうに息絶えたと、清正の家臣は語った。





清正のかつての同胞の石田三成は戦に破れ処刑された。
口にこそ出さなかったものの、清正は三成の死という現実を
受け入れることができずにいた。
清正は三成の”徳川に戦を仕掛ける”という過激なやり方に賛成できなかった。
だが三成は一度そうと決めたら突き通す性格である。
清正は三成と何度もぶつかり、苛立ちの末に三成と分かり合う努力を放棄した。
だからこそ三成の死は清正にとって辛い現実であった。

三成もまた清正に理解されない苦しみを背負っていたのだろうと
思い返すたびに清正の心は病に蝕まれるように
悲鳴をあげていた。

だが三成は信じる忠義を貫き豊臣のために死んだ。
清正はならば三成と同じように戦で死のうと心に誓い、豊臣を支える
柱となっていた。





―――― 戦で死のう



清正の秘めやかなる決心は叶うことがなかった。










土の香りが鼻をかすめ、深いところまで落ちていた意識が
はっきりしたものへと覚醒していく。


頭が割れるように痛み
指先が電流が走ったかのようにじんじんと痺れた。
そっと重い瞼を開けると、目の前には晴天が広がっている。
(これは、どういうことだ?)

清正は大きく目を見開いて身体を起こそうとしたが
がちがちに固まっている身体は言うことを聞かず
声をあげようにも、喉がからからに渇いてヒューヒューと
かすれた空気が空しく響くだけである。



(俺は死んだはずだ)
だが清正は今草原にぽつりと横たわっている。
近くに川があるのだろう、心地の良いせせらぎも確かに聞こえるのだが
どうすることもできず清正はぼうと空を見上げた。
そのうちじゃり、と足音が聞こえたかと思うと清正のほうに静かに寄ってきた。
まさか死の使いじゃあるまいな、と緊張したのもつかの間
清正の目の前に見知った顔がひょこりと顔をだした。

「ああ…なんてことだ」

その人物は清正よりも先に死んだ三成であった。
三成は清正の姿を確認すると、悲しそうに顔を歪ませ
戸惑いながら頬を優しく撫でた。

「どうした、身体が動かせぬのか」

清正は、三成に伝えなければならないことが山ほどあった。
だが上手く声がでずに、悶えていると三成が「少し待っていろ」とだけ告げると
どこかへ走り去ってしまった。
清正は三成の姿を追おうとするのだが、いかんせん身体が言うことを聞かない
身体に力を入れ、はぁと息を吐いた頃三成が清正の元に戻ってきた。
そして、清正の顎に手を添えるとそっと口を吸った。
清正の手がピクリと反応を示し、続いて喉がごくりと音をたてた。

「どうだ、まだ足りぬか」
「…と…少し…」
「分かった」

三成は清正の喉が潤うまで何度も水を口移しで飲ました。
清正が三成の唇の感触を意識し始めた頃
「もう大丈夫だな」と三成は柔らかく微笑んだ。



「身体は直に動くようになるだろう」
「三成、ここは一体…お前は…」
「あそこに見える川」

すっと三成が指を川に向けた。

「あれが、世に言う三途の川だ」

三成は清正を見ず、じっとキラキラと光る川を見つめながら
静かに重く口を開いた。

「死んだのだよ、俺も、お前も」

清正は横に座る三成の生前見たままの美しい横顔に
懐かしさを覚え、三成の語る事実に「ああ」とぶっきらぼうに
応えるとぐっと涙を堪えた。

死したことに涙したのではない。
三成にもう一度会えたことに清正は震えるほどの喜びを覚えた。
身体が自由に動かせるなら今すぐに身体に触れてみたい。

「清正…俺が死んだあとの豊臣はどうなったのだ」

三成はそんな清正の気持ちを知らずに、豊臣の安否を尋ねた。
関ヶ原で大敗した三成の心残りは秀吉の遺児秀頼である。
何の疑心もなく秀頼を守ろうとするのは
自分を除いては同じ子飼いの清正、正則である。
清正がいれば心配することはない、そう思っていたが
死した自分の目の前に清正がいるのだ。
三成は嫌な予感に胸を押しつぶされそうになりながらも
凛とした表情で清正を見つめた。

「徳川と和睦を成そうとして…」

ごくり、と三成が唾を飲むのが分かった。

「すまんな、結果は分からん俺はそこで死んだ」
「え…?」
「秀頼様に出された菓子を毒見し、毒にあたって…死んだ」

自然と眉間に皺がよる。
三成に比べ、なんと自分の死は情けないのだろう
清正は悲しそうな表情を浮かべる三成を直視できず、視線を反らした。
こうして再会できたことは嬉しい。
だが、こんな情けない姿は見せたくなかった。
清正は自分勝手な思いと知りつつも、己の死に際を恨んだ。

「すまん…」

情けないと、三成に侮蔑されると思っていたが
意外にも返ってきたのは謝罪の言葉であった。

「清正には天寿を全うしてほしかった・・・が、それを許さぬ時代の流れを
作ったのは他でもない俺だ」

三成の大きな瞳から、ぽろり、と一粒涙がこぼれ落ちた。
清正が震える腕をぎこちなく三成へと向けると
その涙を指で拭った。
ボロボロの身体で自分を気遣ってくれる清正の優しさを感じ
更に三成の目から涙が溢れでる。

「三成・・・」
「俺は、やはり意地が悪いらしい・・・清正の死が悲しいのに・・・
こうしてまた隣にいられることが・・・たまらなく嬉しいのだ」

生きている頃は意地を張り、結果身を引き裂かれるような悲しみに
苦しめられたのは三成も同じだったらしく
棘のある言葉はどこへいったのか、素直に清正に好意を伝えている。
信じられない光景であるが、同じ苦しみを味わった清正だからこそ
これは三成の本音だと分かり、嬉しくてたまらなくなった。
今すぐに、この愛しい人を抱きしめて
生前心の奥に秘めて沈めた愛を伝えてしまいたい。
清正は石のように硬まった身体を無理矢理起こすと
三成に寄りかかるようにその身体を抱いた。

「清正・・・体、無理をするな・・・」
「俺がこうしたいんだ」


清正が腕に力を入れようとした瞬間
三成の名を呼ぶ聞きなれない声が耳に入ってきた。
落ち着きのある可憐なその声に呼ばれた三成は
驚きのあまり清正の体を思わず突き飛ばし、声のしたほうに向き直ると

「お、お市様・・・!」

と声の主を呼んだ。


「三成、遅いのでお迎えに来ました」
「え、あ、はい・・・わざわざ申し訳ございません、お市様」
「そちらの方は?」

声の主は、お市と言った。
清正は三成に突き飛ばされた体制のままその女性を凝視した。
見覚えのあるその姿は、紛れもなく豊臣が賤ヶ岳で追い詰めた
お市の方そのものであった。

「加藤清正といって、私と同じ豊臣子飼いの将です。」
「まぁ、サルの・・・」

お市は悲しげな顔を清正に向け、三成に向き直ると
「私の屋敷にどうぞ」とだけ告げ去っていった。

「あの方は、信長様の妹君の・・・」
「ああ、お市様だ。」
「どうしてだ?あの方は俺たちが賤ヶ岳で・・・!」
「死んだ、だからここにいる」

生前と姿が変わらない三成を目前にしていて
清正はここが、死した世界だということを忘れていた。
そんなものが確かに存在することも怪しいものである。

自分の脳内で都合の良いように物語を作り上げているだけかもしれないと
考えがよぎったが夢だとしても覚めるのはまだまだ先で良いじゃないかと
口を告ぐんだ。

「行くぞ」
「何処へだ」
「お市様の屋敷だ、俺もお市様の元に厄介になっている」


三成は清正の体を支えると、おぼつかない足取りで歩き出した。





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