20-1 

ユフィに会いたい。
そう強く思いながら眠ったのに、夢を見ることなく朝まで寝てしまった。
会いたいと思えばいつも会えていたのに、不思議な繋がりみたいなものを感じていたのに、今ではもうプツリと切れてしまっているように感じた。
これから先、ずっと会えないんじゃないか────そう思ってしまった途端、胸の奥がぎゅっと苦しくなった。
ナナリーに心配かけたくない。ユフィの事は考えないように、いつもの自分を意識しながら朝を過ごす。
今日は朝から生徒会だ。
朝食で使った食器を片付け、ナナリーの元に戻った。

「お待たせ、ナナリー。みんなのところに行こうか」
「はい。あの、空さん……」

ナナリーは言いづらそうにもじもじする。かわいいなぁ。
車椅子のそばで、彼女より低くなるようにしゃがんだ。

「どうしたの?」
「あ、あの、これ……空さんにプレゼントです」

紫色の鶴を渡され、びっくりした。
いつ折ったんだろう? もしかして片付けをしていた時?

「ありがとう、ナナリー。
この鶴、ルルーシュの瞳の色だ」
「はい。
空さん、どこか元気が無いように感じたので、これで少しでも気持ちが晴れればいいなと思って……。
……あの、お兄さまが帰ったら、ぎゅっとしてもらってくださいね」

苦笑がこぼれた。
さすがナナリーだ。やっぱりこの子には隠せない。
優しさがこもった鶴を見れば、胸の苦しさが消えていく。

「ありがとう、ナナリー。
この鶴見るだけですごい元気になったよ。
……ルルーシュじゃないんだけど、会いたい人がいて」
「マオさんですか?」
「ううん、違うよ。一番苦しかった時に助けてくれた友達。
今まで会いたい時に会えたんだけど、もう会えないかもしれなくて……」
「……空さん」

ナナリーが手を動かして、探し求めるようなそれを反射的に握る。
両手で包むように握り直したナナリーはふんわりと笑った。

「大丈夫ですよ。
いつか絶対、きっと会えます!
だってわたしはスザクさんに会えたから」

ハッとする。
そうだ。その通りだ。
”もう二度と会えない“って、7年前のルルーシュとナナリーのほうが絶望的に思ったじゃないか。
そう思ってもなお、生きているんだと信じ続けて。
心がストンと落ち着いた。

「……そうだよね。諦めちゃだめだよね」

直接会えなくても、手紙なら。
スザクに事情を話して、渡してもらえるようにお願いすれば……。
……昨日のスザクの厳しい眼差しを思い出す。
今日は絶対無理だろう。会うのがひどく気まずくなった。


  ***


「おはようございます」
「おはよーみんな」

車椅子を押しながら生徒会室に入れば、みんな口々にあいさつを返してくれた。
奥のソファーにはミレイとリヴァルとスザクがいて、ニーナは座らずにスザクの前に立っている。
カレンは窓際の席で本を読んでいて、シャーリーの姿はどこにもない。
すぐには顔を見せられないだろう。
胸が苦しくて息が詰まった。
顔には出ないように意識して、次にアーサーを探す。
今日はキャットタワーじゃなくてスザクのそばだ。テーブルの下で遊んでいる。近くに行かないように気を付けないと。
ナナリーはスザクのところに行き、あたしはカレンが座るテーブルへ。
カレンは柔らかな笑みで迎えてくれた。

「今日はルルーシュお休みなの?」
「はい。お兄さまは用事があって」
「用事か……。ルルーシュの顔、見たかったんだけどな……」

ナナリーに笑いかけるスザクは全然こちらを見ない。
いつもと違う不自然さにミレイ達も気づき、首を傾げている。
スザクは一度もあたしを見る事なく、ニーナへ顔を向けた。

「ごめんニーナ、それで話って何だっけ?」
「あの……ユーフェミア様に会いたいの。
お礼を、お礼がしたくって……」

ユーフェミア様!?
ニーナの口から出た名前に思わず反応してしまった。
どうしたの?と不思議そうな目を向けるカレンに、何でもないよと苦笑してニーナから視線を外す。
ニーナもユフィに会いたいのか。同じ気持ちで嬉しくなった。
スザクは驚いたものの、どうして?と言いたそうにジッとニーナを見つめる。
熱い眼差しに、彼女は居心地悪そうに顔をそむけた。
沈黙するニーナをミレイが助ける。

「ホテルジャックの時よ。ニーナの手を握ってくれたの」
「手も足も震えちゃって……救命ボートから降りられなくなっちゃって……。
それでその時に……」
「……そうか」

納得したスザクは頷き、あたしは感嘆のため息をこぼす。
そんな事があったのか。アニメと違っていてあたしも内心驚いた。
ニーナはその時を思い出しているのか、真っ赤になってモジモジとちいさくなっている。すんごく可愛いなぁ。

「俺も会いたい!」

元気よく挙手するリヴァルにミレイは目を丸くした。

「どうして?」
「だってお姫様だよ? 逆玉じゃん!」
「そういう不純な動機の人は会えないと思いますよ」
「不純って……。
ナナリーちゃんって結構キッツイなぁ……」

大げさにガックリ肩を落とし、リヴァルはチラッと隣のミレイを見る。
傷ついた顔をしていたのに、今はもうニヤニヤ笑顔だ。

「……ね? 会長さん」

言いながら膝まくら狙いでゆっくり倒れ込もうとするが、ミレイは丸めたノートでそれを押し返した。

「ルルーシュがかまってくれないからといって、邪な情動をこっちに向けるな!」

ナナリーは楽しそうにくすくす笑い、スザクだけじゃなくて他のみんなも笑顔になる。

「でも私も会ってみたいです。ユーフェミア殿下に」
「え?」
「どうなんですか? スザクさん」
「向こうは雲の上の人だからそんな簡単には……」

スザクは困ったように宙を仰いだ。

あたしも会いたいな────と心の中で呟いた瞬間、何故かスザクがこっちをパッと見た。
聞こえた!?と思えるようなタイミングでドキッとする。
スザクは物言いたそうな顔をしていたけど、気まずそうに表情を曇らせ、何も言わずにナナリーへ視線を戻す。
不可解で意味深な仕草はミレイ達も困惑させ、妙な沈黙が場を支配する。
スザクがやっとこっちを見たのに全然嬉しくない。 
テーブルに置いてある白い電話が鳴り、気まずい空気がガラリと変わる。
スザクはホッとした顔で受話器を取った。

「はい。アッシュフォード学園生徒会です」

スザクの顔がパァッと輝き、満面の笑みを浮かべた。相手はルルーシュだな。

「ルルーシュ!」

やっぱりそうだ。
ルルーシュの声だけでも聞きたいけど、後で電話できるから今は我慢だ。
スザクはルルーシュと少し話した後、受話器から顔を離してこっちを見る。

「空。ルルーシュがキミと話したいって」
「えっ」

話せると思わなかったから驚いた。
ガタッと席を立ち、慌てて向かう。
スザクは受話器を差し出したまま待ってくれていて、そばに行ってから受け取ろうとすれば、テーブルの下からアーサーが飛び出してきて心臓が止まるかと思った。
そこにいたことを失念していた自分を殴りたくなりつつ、とっさに後ずさりしてアーサーから離れる。
スザクはいつもと違う鬼気迫る飛び出し方をするアーサーにひどく驚き、受話器を持ったまま立ち上がった。
電話がガチャン!!と落ちたり、アーサーが毛を逆立てて威嚇したり、騒然とした空気になる。
ここを出ないとアーサーは安心しないだろう。急いで扉まで避難した。

「驚かせてごめんね! あたし、外に行ってるから……!」

言ってすぐにバタバタと生徒会室を後にする。
廊下を走って一直線に外へ出れば、太陽が思ったよりも眩しくて足が止まった。

「ごめんね、アーサー……」

いきなり接近されてどれだけ怖かっただろう。
今日は生徒会室に戻らないほうがいい。
初夏の涼しい風がさわさわ吹いてきて気持ちいいのに、泣きたい気持ちが強く込み上げた。

「空ッ!!」

カレンの大きな呼び声に心臓が口から出そうになった。
振り向き、もっと驚いた。

「カレン!?」

ものっすごい猛スピードで駆けるカレンの髪が元気いっぱいに跳ねている。
ついさっきまでお嬢様バージョンだったのに!
急ブレーキで止まり、ふぅっと息を吐くカレンは少しも呼吸が乱れていない。

「どうして……」
「……どうして? そりゃあ、空が泣きそうな顔してたからよ」

すぐそばまで来たかと思えば、ぎゅっと手を握られた。

「何かあったんでしょ?
公園に行きましょう。クレープごちそうするから」

いろんな感情がごちゃまぜになって溢れそうになる。
ありがとうを言いたかったのに、声じゃなくて涙が出た。


  ***


公園に到着して、カレンは真っ直ぐクレープ屋のトラックに行った。
『ここで待ってて』と座るのを促されたベンチに腰掛け、店員さんと話すカレンを遠目に見る。
淡い緑色の髪の男性店員さんは端整な顔をしていて、にこにこ笑って接客している。
店員さんが何か話した後、カレンはバッと両手で跳ねた髪を押さえた。
楽しそうに肩を上下させて笑う店員さんと、恥ずかしそうな顔でプリプリ怒るカレンに、仲が良いんだなぁと微笑ましく思った。
数分後、カレンは両手にクレープを持って戻ってくる。

「空、はい」
「ありがとう、カレン」

カスタードクリームとチョコバナナのクレープはカレンのオススメだ。
太陽の光を浴びてキラキラ輝いて見えるそれは、食べたい!と無性に思える魅力があった。
いただきますと言いたいところだけど、店員さんの事が気になったから聞くのを優先する。

「カレンは店員さんと仲がいいんだね。ブリタニアの人?」
「そうよ。でも、ハリーは他のブリタニア人と違うわ。
名前はハリス・クラン。私が小さい時から日本に住んでいるの。
絵を描くのが好きで……描きたいと思っていた景色を、ブリタニアがめちゃくちゃにしたの。
許せない、って言っていた……」

聞いていて胸が苦しくなる。
淡々と話しているけれど、カレンの瞳は怒りでギラギラと燃えている。
だけど「いただきます」と食べ始め、あっという間に完食した後は、瞳が穏やかな色に戻っていた。

「……ハリーはずっと協力してくれているの。
物資を運んでくれたり、軍の情報拾ってくれたり、全国の租界を回って情報交換してくれたり、今もこうやってクレープを作って、いつも助けてくれてるわ。
ハリーじゃなかったら、これを食べる事も、これを好きだとも思わなかったわね。
ほら、空も食べて」
「あ、うん。いただきます」

パクっと一口。
おいしい!!と思いながらもぐもぐと食べる。
カスタードクリームは濃厚で、もっちりしたバナナはすっきりとした甘みがあって、チョコソースはほんのり苦い。
心のすき間が優しく埋まっていくような不思議な満足感がする。
食べ終わった後、幸せな気持ちでため息がこぼれた。

「ごちそうさまです。すっごい美味しかった」

カレンはホッとした笑みを浮かべる。

「少しは元気出たみたいね。
今日の空、どこかいつもと違ってたから気になったの。
シャーリーのお父さんの事? それともスザク?
昨日、スザクとふたりになった時、何言われたの。
今日のあいつは全然あなたを見ようとしなかったし……。
……泣きそうな顔してて、何かあったってのは分かる。それをひとりで抱えていて、どうにもできなくて苦しそうだってのは分かる。
でも……全然分からないの。話してよ、空。
迷ってるなら一緒に考えたいし、辛いことや悲しいことがあるなら支えたいって思ってるの」
「カレン……」

話してしまいたい。
でもダメだ。アーサーの事をカレンに話すのは。
だってカレンには、ナリタの一件やこれから先の事があるんだから。
カレンのと比べればあたしの事なんて……。
話すのは気が引けた。

「ごめん、言えない」

カレンの顔が悲しげに曇る。
しまった。言葉の選択を間違えてしまった。

「あ、違うの……! 話したくないってわけじゃないの。
ただ、すごく場違いな内容で。だから……」

こつん、とカレンに頭を小突かれた。

「ばか。もう、あんたってのはどうしてそうなの。
私は話してほしいの。どんな内容でもいいわよホントに。
ルルーシュのことでもスザクのことでも何でもいいから」

力強い笑みを浮かべるカレンの表情に、気が引けていた気持ちが消える。

「……話してもガッカリしないでね」
「しない」

キッパリと即答されてホッとする。
最初に、アーサーに初めて手を引っ掻かれたあの日の事を話した。
そして次に怯えて近づかなくなった日の事を。
更に今日の事を、ゆっくりと話していく。
全部言い終わった後、視界が熱くぼやけてしまった。
こぼれてしまいそうだ。慌てて空を仰ぐ。

「……ありがと、話してくれて。
それは……すごく……寂しかったわね」

と、言ってくれた声はグズグズのずびすびで、ギョッと驚いて彼女を見れば、カレンは涙をぼろぼろこぼして号泣していた。

「か、カレン……?」
「も……ばかよ、ほんとに……。
ずっとひとりで……言わないで……。
寂しくて、くる、苦しかったわね……。
アーサーが嫌がる事なんにもしてないのに怖がられて……」 
「……そうかな。何か感じ取ったと思うんだよね。じゃないと、急にあんな風にならないし……。
寂しくないよ。だって仕方ないから────」
「仕方ないなんて言わないで!」

目に涙を浮かべたカレンに睨まれた。
強がりの嘘を怒っているみたいな表情だった。

「だって空はアーサーが好きなんでしょう? アーサーだってあなたの事好きだった!
前みたいに遊んだりできないなんて寂しいじゃない!!」

ぼろっぼろに泣くカレンの涙に涙腺が刺激され、目から熱いものがじわじわにじみ出る。ああもう、泣きたくなかったのに。
ふわふわであったかいアーサーをもう一度だけでいいから撫でたかった。
そう思った瞬間、涙がボロッとこぼれて、カレンにガバッと抱き締められた。
ぎゅうぎゅうされて息苦しくて、胸も苦しくて、でも嬉しくて、壊れたみたいに涙が溢れた。


  ***


「こんな顔じゃあ、今日はもう生徒会室に戻れないわね」
「うん……」

カレンもあたしも疲れ切ってグタッとしていた。
泣き腫らした目に、涼しい風が吹いてくる。

「……話してくれてありがとう、空。
アーサーの事は寂しいけど、でもいつかきっとアーサーも気づくはずよ。
あなたはあなたのままだって」


「あなたはあなたのままです。だから恐れないでください。
私の気持ちは変わりませんよ。だってあなたのこと、私、好きなんです」



カレンの言葉でユフィの笑顔が頭をよぎる。会いたい、と無性に思ってしまった。
目にうっすらと涙が浮かぶ。
やっぱりスザクを避けたらダメだ。ちゃんと伝えないと。

「……他に悩んでる事や苦しい事、あるわよね?」

切実な声で聞かれた。
もしかして、カレンが気にしているのは……
 
「……これから先の事?」
「ええ。シャーリーの事で、これから先どうするか。
誰にも言えなくてひとりで抱えているんじゃないか、って思ったの」
「シャーリーの事は……これから先の事は決めたよ。
あたしは進む。助けたいって思ったから」

わずかに目を見開いた後、カレンは微笑んだ。

「……そう。私もこれから先の事、決めてるの。
あの人と共に進むわ。進みたいって思えたの」

カレンの決意を聞けて頬がゆるむ。
あたしと同じ気持ちなのか、カレンも柔らかく笑った。

「一緒ね、私達。
でも空は動きすぎないようにしなさいよ?
軍にあの姿を見られたらあなたに危険が及ぶんだから」
「う、うん」
「……って言っても、あなたのあの姿って私達しか見えないわよね。
もし万が一、軍の誰かがあの姿になったあなたを見ても、絶対見間違いって思うわね。だって普通じゃ有り得ないもの。
でも不思議な話ね。どうして私達だけが見えるのかしら?」
「そうだね……。どうしてだろう……?」

あまり深く考えていなかったけど、確かに不思議だ。
見える人と見えない人の違いって何だろう?

「桐原様とかぐや様も見えていたし……。
……そうだ! 空っていつ向こうに行けるの?
フジに行く約束を桐原様としてたでしょう?」

言われてやっと思い出す。
そう言えば桐原さんと約束していたんだった。

「あー……そろそろ行かないとね……」
「ルルーシュにはどう説明しようかしら。
『カレンと一緒に旅行に行ってくる』でいけたらいいんだけど……。
……空はルルーシュに言える? 言いづらかったら私が言うから」
「ありがとう。大丈夫だよ。
ルルーシュなら絶対オッケーしてくれるから」 
「それならいいんだけど……」

カレンはどこか不安そうだ。
オッケーしなさそうだと思っているんだろう。

その後、ハリーさんのところにあいさつへ行けば、同じタイミングでお客さんがぞろぞろ来た。
カレンの「また今度にしましょう」に頷いてから帰ろうとすれば、接客中のハリーさんがチラッとこちらを見てパチリとウィンクする。
イッケメンだぁ……!!と惚れ惚れしながら凝視するあたしと違って、カレンは慣れた感じで手を振るだけだった。

晴れ晴れと明るい帰り道を歩きながら、
『ハリーさんの瞳、C.C.と同じ色だったなぁ』とぼんやり思った。

 
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