20-2

「あたしはルルーシュのそばにいる。
ルルーシュが何しても、どんなことをしてもあたしはルルーシュのそばにいる。
ルルーシュがどんな答えを出しても一緒に進む。
進んだことをあたしは絶対後悔しない。
……だから、ルルーシュはひとりじゃないよ」



空は間違いなく、何があっても俺のそばにいる。
喜びの感情は確かにあったが、それ以上に強い感情が湧き上がり、決意した。

俺が進む修羅の道を、空には歩ませない。
関わらせない。巻き込まない。
そう、強く決意して。
今回の件は、空に気づかせないまま終わらせる。

朝になり、生徒会室に電話をかけた。
もしシャーリーがいるなら、彼女が電話に出るだろう。
呼び出し音が一回鳴り、すぐに繋がった。

「『はい。アッシュフォード学園、生徒会です』」

聞こえたのは、いつもの元気溢れる彼女の声ではなかった。

「……スザクか?」
「『ルルーシュ!』」
「そっち、何か変わったことは無いか?」
「『あるよ』」

静かな声に身構えれば、フッと笑う息遣いが聞こえた。

「『……君がいない』」
「あのなぁ……」

こんな時に冗談は止めろ。
重いため息がこぼれた。

「『ごめん。いないのはシャーリーだよ。まだ顔を出せないみたいだけど。
そうだルルーシュ。きみ、最近授業も休みがちだよね。
もうちょっとちゃんと学生やりなよ』」
「ふふ……この優等生め。
そばに空はいるか? かわってほしいんだが」

空を呼ぶ声が遠く聞こえて、次に激しく威嚇する鳴き声、ガチャンと落ちる乱暴な物音が聞こえ、唐突に電話が切れてしまった。

「……スザクのやつ、アーサーに一体何をしたんだ?」

よく噛まれてはいるが、こんな威嚇は初めてだ。
怪訝な顔で携帯を置くルルーシュに、ソファで寝転がるC.C.が体を起こす。
彼女は戦場で汚れた私服ではなく、トレーラーに積んでいた拘束衣に着替えていた。

「その様子だと……」
「……ああ。スザクは知らないようだ。
これで軍に見られたという線は消えた」
「軍と黒の騎士団以外に、あんなところに来るやつがいるとは思えないが」
「日本解放戦線の生き残り、という線もある」
「銃だけ盗んで?」

席を離れたルルーシュはつかつか歩き、C.C.の隣に腰かける。

「扇にはブラックマーケットを探らせている」
「血液は?」
「採取はしたが時間がかかる。
それと……」

ふと、あの戦場での一時を思い出す。

「……あそこでシャーリーを見た気がする」
「雨の中、お前が抱き締めた女だな」

ルルーシュは目を剥いた。

「どうしてお前がそれを……ッ!!」
「なら、私達が当面探るべきはその女だな」

追及しようとすればひらりとかわす。
この魔女め……!!とルルーシュは内心、悪態をついた。



  ***


ルルーシュは私服でアッシュフォード学園に戻った。
女子寮は部活の時間で閑散としているが、全くの無人ではない。
ルームメイトにギアスをかけて見張り役に仕立てた後、ルルーシュとC.C.は部屋に忍び込む事に成功した。
シャーリーは授業を休み、しかも母親のいる家にも帰っていない。
どこに行ったのか。
手がかりを掴む為には必要な事だ、とルルーシュは自分自身に言い聞かせたが、どうしても捜せない領域があった。
衣類の入ったチェストをC.C.に頼み、ルルーシュはベッド横のデスクを捜す。

「どうして私が他人の下着を漁らねばならんのだ。この貸しは高いぞ」
「分かっている」
「お前がやったほうが早いものを。
それに、空には協力を求めないんだな。
お前の事だから、クラブハウスにいる空に声をかけると思っていたが……」
「……あいつはもう巻き込まない。今、何が起こっているかも話さない。
空にはナナリーのそばにいてもらう。俺が望むのはそれだけだ」

C.C.はチェストを閉じ、緋色の日記帳を手にベッドへ行く。
遠慮なく座る彼女をルルーシュは横目で
見ながら、デスクの引き出しを片っぱしから開けていく。
めぼしいものは薄むらさき色の箱だけだった。

「……しかし見当たらないな、銃は。
日記も14日までしか書いていないし……」
「14日?」
「ああ。知っているのか?」
「……彼女の父親が、亡くなった日だ」

確認の為に箱を開けようとした手が思わず震え、うっかり箱を取り落としてしまった。
箱の中身は写真だ。たくさん入っていたものが全て床に散乱する。
拾おうとすれば、先にC.C.に1枚奪われた。

「これはお前の写真だな」
「……俺の?」
「いじらしいじゃないか。容疑者のくせに」
「よせ。そんな言い方は」

全ての写真に自分がいる。
何故か見てはいけない気持ちになり、ルルーシュは視線を外した。
たまたま顔を向けた先に灰色の冊子があり、モノレールの時刻表だとルルーシュは気づく。
ふせんが一枚貼られていて、ルルーシュは時刻表を手に取ってページを開いた。
目を引いたのは赤いペンで囲んだナリタの欄だ。
ルルーシュはシャーリーが今どこにいるのかを察する。

「ここを片付けて次へ行くぞ」
「行き先は決まったんだな」
「……ああ、ナリタだ。
シャーリーはきっとそこにいる」

ナリタに向かう前に、C.C.の服をどうにかしなければならない。
家捜しした部屋を手早く元に戻し、二人はルルーシュの部屋に行く。
ナナリー達はまだ生徒会室なのか、廊下は静まり返っていた。

「動きやすい服に着替えろよ」
「あの赤と白と黒のやつか」
「……何でもいい。お前に任せる」

誰もいないと思っていた2階の廊下に空がいてルルーシュはギクリとした。
何故か彼女もギョッとした顔になり、ルルーシュは怪訝そうに眉を寄せる。

「どうした空。ルルーシュの部屋の前で立ち尽くして」
「う、ううん。何でもないよ。
顔を洗いに行こうと思って。
また後でね」

2階のバスルームへ、ひきつった笑みでそそくさと行こうとする空の目元をルルーシュは見逃さなかった。
早足で廊下を突き進み、驚いて振り返る
空との距離を詰める。
目元がいつもと違う。泣き腫らしたまぶただった。

「何があった」

ルルーシュの凝視に空はどこか居心地が悪そうだ。
後を追いかけてやってきたC.C.も、近づいてやっと空の異変に気づいた。

「ひどい目をしている。
寂しくなったのか?」

C.C.にまでジロジロ見られ、観念したように空はもごもごと言った。

「ち、違うの。アーサーの事でちょっとね……。
本当に大丈夫だよ。カレンがそばにいてくれたから」

照れ笑いを浮かべる空は、どこかすっきりしたように晴れやかだった。
ルルーシュはホッと安堵の息をこぼす。

「……そうか。なら、アーサーの事をまた明日聞かせてくれ」
「今日も帰れないみたいだね。ここに来たのはC.C.の着替え?」
「そうだ。拘束衣 これでは租界を歩きまわれないからな。
空、ピザを食べろよ。
あれを食べれば元気が出る」
「ピザは止めろ」

配達員の案内にまたマオが来そうな気がして、思わずピシャリと言ってしまう。
空をビクッとさせてしまい、申し訳ない気持ちになった。
C.C.は着替える為に一足先に部屋に入っていく。

「夕食は咲世子さんに頼む。好きなものを作ってもらうといい」
「うん。今日は咲世子さんと一緒に食べるね。
……あ、そうだ。ピザと言えば」
「何だ?」
「思い出したんだけど、この前の配達員さんで気になった事があって……。
アラン・スペイサーって名前の人、ルルーシュは知ってる?
ピザを注文したのがその人らしいんだけど、どこかで聞いた事ある名前で……」
「……アラン・スペイサーだと?」

覚えのある名前に心がざわついた時、着替えを終えたC.C.が出てきた。

「そろそろ時間だ。行こうルルーシュ」

その言葉に、モノレールの出発時刻をハッと思い出す。

「今日は咲世子さんに泊まってもらう。
何かあれば必ず電話しろ」

心配する顔で見送る空から逃げるように、C.C.とクラブハウスを出た。


  ***


発車時刻に間に合い、モノレールに乗り込んだ。
シャーリーの事もあるのに、嫌な胸騒ぎで心がざわめいて仕方ない。
『アラン・スペイサー』は黒の騎士団で使用している偽名のひとつだ。
マオと通じている人間が騎士団にいるのか……?

「好きなのか? シャーリーとかいう女が」

思考を邪魔され、ルルーシュは不機嫌を隠さず顔を上げる。
向かいの席のC.C.に「さあな」とそっけなく返事した。

「嫌いなのか?」
「さあな」

ぞんざいな声音で言ったものの、C.C.は気にせず更に言う。

「では何故ナリタへ行く」
「正体を知られたかもしれないからに決まっているだろう」
「知られていたらどうする。
始末するのか?」
「……ッ!!」
「失いたくないものは遠ざけておけ」

なんの感情も読み取れない顔で言った後、C.C.は窓に視線を移す。

お互い無言のまま、ナリタに到着した。
最初に足を運んだのは慰霊碑の丘だ。
長年この地にある慰霊碑は大きく、ここは幸い土砂崩れの被害を受けていない。
シャーリーが行きそうだと思ったが、人ひとりいなかった。

「ここだと思ったんだが……」
「手分けして探すしかないな」
「判るのか? シャーリーの顔」
「何を今さら」

鼻で笑われ、馬鹿なことを聞いたなとルルーシュは苦笑した。
判るもなにも、つい先ほど写真で見たばかりではないか。

C.C.と別れ、ルルーシュはあてもなく歩いていく。
どうやらここは観光地のようだ。
近くにケーブルカーの発着所が見える。
土砂崩れの被害を受けていない地区だが、無人で静まり返っている。

「(可能性は低い。いるはずが無いんだ……)」

銃は持ち去られ、残っているのは血痕のみ。

「(……いや待て。もう一人いるはずだろう。そいつはどこに?
そいつとシャーリーは……)」

もう一度はじめから、と思考を巡らせようとしたが、携帯の着信音に邪魔された。
ポケットから出した携帯を確認すれば、シャーリーの名前が表示されている。
ルルーシュはすぐ電話に出た。

「シャーリー!?
俺だ! 今どこにいる?」
「『さぁ、どこかな?』」

聞こえたのは、馬鹿にした笑みを含んだ不愉快な男の声。
後ろからも同じ声がして、ルルーシュは警戒を全面に出して振り返る。
長身痩躯の男が一人いた。
ヘッドホンとゴーグルを装着している。

「誰だ! お前は!!」

悪意のある笑みを浮かべる男は、ピンクの携帯をピッと切り、ルルーシュに向けて投げてくる。
コロコロと転がる携帯は紛れもなくシャーリーの物だ。
ルルーシュは敵意と怒りをあらわにする。

「貴様! シャーリーに何を……!!」
「そぉんな怖い顔しないでよぉ。
彼女とはお話ししていただけだよ」
「シャーリーはどこだ!!」
「知りたい? その前に教えてよ。
ソラは元気?」

ルルーシュの顔から表情が消える。

「マオっていう名前の男の人なんだけどね、多分年上なんだけど、弟みたいでかわいい人だよ。
背はルルーシュより高いんだけど、高いなぁって不思議と思わなくなっちゃう人なんだ」


こいつか。この男が。

「……お前がマオか」

マオは両手を上げ、大袈裟に拍手する。
笑みも挙動もいちいち人を不快にさせる男だ、とルルーシュの顔から敵意が溢れた。

「そうだよ。
はじめまして、ボクはマオ。ソラの友達だ。
キミのことは聞いてるよ。チェスが得意なんだってね」

白のチェス駒を出し、マオは笑った。

「勝負しよう、ボクと。
どうせなら静かな場所でしよう。
ほら、あそこのケーブルカーでさ」

そう提案された後、ルルーシュは無人のケーブルカーに乗り込んだ。
夕焼けがナリタの山々を鮮やかに染めている。
自動運転で上昇していく中、マオとルルーシュは先頭の席に腰掛けた。
通路にはすでにチェスが出来るように一式揃えて置いてある。

「(恐らくチェスは引っかけに過ぎない。
狙いは勝負する事ではなく、俺を人気のない場所に連れ出すこと)」

ルルーシュはマオを注視したまま、黒のナイトを進ませる。
盤面を眺めていたマオは顔を上げてへらっと笑んだ。

「ボク初めてやるんだよねぇ、このゲーム」

ヘラヘラ笑いながらの言葉をルルーシュは無視した。

「(目的は一体? なぜシャーリーの携帯を……。
もうひとりの目撃者か? この男がシャーリーを?
携帯にかけてきたのは演出……いや、俺の顔を知らないからだろう。
つまり、俺の写真を手に入れる時間が無かったという事、周到に準備された作戦ではない。だとすれば……)」
「付け入る隙はある?」

胸中を見抜いているようなタイミングにルルーシュはギクリと震えた。

「もうちょっと勝負に集中したほうがいいんじゃない? 負けちゃうよ」

マオが駒を動かす。
初めてチェスをやる人間では打てない最善の手だった。

「……ッ!!
何が初めてだ、嘘つきめ!」

全ての意識がチェスへと向く。
勝負に集中するルルーシュの鋭い一手
に、マオは即座に対応した。
ルルーシュは渋面で盤上を睨む。
淀みなく駒を操るマオの手が初めて動きを止め、ルルーシュは目線を上げて確認する。
マオの顔から軽薄な笑みが消えていた。

「好きだと思ってるのに別の何かを優先する。
そばにいるくせに、どうしてそんな事ができるんだろうね。
好きとか言ってるくせにソラをひとりにして」
「……空が話していたのか?」

マオは無言で駒を動かした。
ゲームが再開され、ルルーシュは苛立ちで小さく舌打ちする。
マオの手にすぐ対応すれば、マオは即座に対処する。
山頂に着く頃、勝敗が決した。
ルルーシュは目を見開いて盤面を凝視する。

「(馬鹿な……! この俺が……!!)」

マオは愉悦の笑みを満面に浮かべた。

「フフッ。
ねぇ、これってボクの勝ちでいいのかなぁ?」

癪に障る挑発的な声音だ。
しかし、驚愕に支配されたルルーシュの胸中に怒りは湧かない。

「(俺が完璧に読み負けるなんて……! 何者だこいつは!? )」とルルーシュが思った瞬間、
「聞いてないの? C.C.に」とマオが返した。
彼女の名前にルルーシュはハッと顔を上げ、警戒する。
瞬時に浮かんだのは────

「さすがだねぇ!
ボクの正体について一瞬で十四の可能性を考えつくなんて」

マオはゆっくりと両手を打つ。
人を馬鹿にしたような拍手だった。

「しかもそのうちの一つは大正解」

マオはゴーグルをわずかに下げる。
両目にはギアスの刻印。

「……ッ!? ギアス能力者!!」

反射的にギアスを発動しようとしたが、すぐにゴーグルで瞳を隠された。

「おっと! 怖い怖い、怖いなぁ。
よくボクの目を見れるよねぇ。ボクの能力知らないのに」
「見るだけで相手を殺せる能力か?
それは確かに恐ろしいな」
「すごいねぇ。器用だねぇ。喋りながら考えられるなんて。
でもさすがのアラン・スペイサー君も分からないか」

ざわりと総毛立つ。
その偽名をあえてここで言うとは────

「────思考を読むギアスか!!」
「当たりだよ。大正解。
キミのギアスのルールも全部分かっちゃうんだよねぇ。
そういうギアスなんだよ、ボクのは」
「シャーリーを撃ったのか!!
お前が、お前がシャーリーを……!!」

噴出する怒りで身体が震える。
「ボクが? まさか」と鼻で笑うマオを鋭い目で睨んだ時、ケーブルカーの外でシャーリーの姿を見つけた。

「シャーリー……?」

ゆっくりと現れ、彼女はこちらを向く。
手には銃を握っている。

「さてと、罰ゲームを始めようか」
「シャーリー!!」

後方の扉が自動で開く。
ルルーシュは外に飛び出し、シャーリーと対峙する。
階段の上のほうにいる彼女が、マオではなく自分に銃を突きつけた。

「シャーリー、その銃は……」
「うん。
ゼロの……ルルの銃だよ」

悲愴な表情と声。
歯噛みするルルーシュにマオは背後で言う。

「使いなよ、ギアス。
まだ彼女にはかけたこと無いはずだろ?
もっとも、そんなことをしたらすぐに撃っちゃうけどね」

銃を突きつける音が背後で聞こえ、ルルーシュは思考を巡らす。

「(読めるのは表層だけか? 俺みたいにギアスを使う条件はあるのか? タイムラグは? 持続時間は? そもそも目的は何だ? この男が俺を殺すつもりなら……)」
「ほォら、考えなよ。お得意の策略をさ。くるくるくる〜って」
「黙れ!」

マオは愉快そうに、浮かべた笑みをさらに深くする。

「泥棒猫にはこういう死に方がふさわしい」

覚えの無い泥棒猫呼びをルルーシュは理解できなかった。

「ルル、死んで。
罪を償おう? 私も一緒に死んであげるから……」

震える言葉に、ルルーシュはシャーリーを振り返り見る。

「……なに?」
「彼女も撃っちゃったんだよ。もう一人の目撃者を。
キミの秘密を守るためにね」
「……じゃあ、あの血痕は!!」
「もう終わりにしよう、ルル……」
「そうそう、罪には罰をね」
「貴様、シャーリーを!!」

扇動するようなそれに、ルルーシュはハッと気づく。
思考が読めれば人を操り誘導することは容易い、と。
マオは銃を持ったまま拍手した。

「ん〜、その通り!」
「騙されるなシャーリー!! アイツは!」
「おいおいキミの方だろ? 彼女を騙していたのは」
「やめてッ!」

心を踏み荒らす言葉に、シャーリーはどれほど追い詰められたのだろう。
これ以上聞かせてはならないと思えるほど、今のシャーリーは限界だ。
ルルーシュは必死に呼び掛ける。

「人殺しが罪だというなら罪を重ねるな!」
「上手い! ものは言いようだねぇ」
「本当に殺したのか? アイツにそう誘導されただけじゃないのか!?」
「彼女は自分で気づいたのさ。隠し続けることに意味なんか無いって」
「そんなことはない! シャーリー!」
「もう黙って!!」

追い詰められた末、シャーリーはどこも見ずに引き金を引いた。
弾丸は肩をかすめ、ルルーシュは階段を踏み外す。
背中を打ちながら階段を転げ落ちていく中、内ポケットに入れていた写真がこぼれて散乱する。
目をそらしていたシャーリーがルルーシュをやっと見た。
数々の写真が────大切にしている宝物が目の前で散らばっていて、見開く目に涙が浮かんだ。

「あ……あぁ……」

ぐちゃぐちゃになった心が『ルルを撃ちたくない』と悲鳴を上げる。
銃を握る手に力が入らなくなった。

「何をためらってる? そいつはキミの父親を殺したんだぞ!
殺せ! そいつはただの人殺しだ!」
「でも……」

『お父さんの仇を』『ルルを撃ちたくない』『好きなのに』『どうして』
頭の中でごちゃ混ぜになる。分からなくなる。

「シャーリー……!」
「私……私は……」
「あ〜あ。
この女、考えがぐちゃぐちゃだ。もういいや、ボクが……」

うずくまるルルーシュを後ろから撃とうとするマオが見えて、シャーリーはとっさに引き金を引く。

「やめて! やめてぇーッ!!」

弾丸はマオの横、ケーブルカーに。
命中しなかったものの、このままでは乱射されてしまいそうだとマオは脅威を感じた。

「分かった、分かってるから……。
後は二人でご自由に」

ケーブルカーに避難したのを見た後、シャーリーの力がふっと抜ける。
立てなくなり、糸が切れたように倒れてしまう。

「シャーリー!」

起き上がったルルーシュがとっさに抱き留めた。
ケーブルカーに乗り込んだマオは、隠していたライフルを手に取り、不満そうな顔でため息をこぼす。

「なんっだよ、ドラマチックにしてあげたのにぃ!
つまんないけど、二人まとめて……」

ライフルを構えようとした時、ケーブルカーがガタンと揺れた。
扉は自動で閉まり、下降し始める。
マオは困惑の顔でキョロキョロと辺りを見回した。
外で誰かが操作しなければ作動しない。
誰かが動かしたのだ。

「だ、誰だ!? ボクが気づかないなんて!!
まさか……!」

そばにいても気づかないのは、心の声が聞こえないのはこの世界で二人しかいない。マオは慌てて窓辺に駆け寄った。
ずっと捜し求めていた人がいた。窓の外に立っている。
ライフルを放り捨て、窓に張り付いて目を輝かせた。

「やっぱりそうか!
C.C.!! ようやくキミに会えた!!
本当のキミに……!」

声が聞きたくてヘッドホンをかなぐり捨てる。
床に転がった拍子にスイッチが入り、マオが普段聞いているものが再生される。

「『起きたのか、マオ』『すまなかった、マオ』『そうだ、マオ。できるじゃないか』『ありがとう、マオ』」

C.C.が銃口を向けている事に気づかないほど、マオは歓喜に震えていた。
満面の笑みで名前を呼ぶ。

「C.C.!
会いに行く! すぐに会いに行くから!
必ず、必ず!!」

降下し続けるケーブルカーが遠く離れ、マオの姿が見えなくなってからC.C.は銃を下ろした。

「マオ……。
お前が人の群れの中に出てくるなんて……」
 
息を吐くようなC.C.の呟きはルルーシュには聞こえなかった。
ケーブルカーが離れたのを見届けた後、ルルーシュはシャーリーに向き直る。

「シャーリー。
もういいんだ、もう……」
「ルル……私、人を撃っちゃったの……。
だから……」

揺れる瞳には涙が浮かんでいて、今にも崩れ落ちそうだ。
支えるように抱き締める。

「俺のせいだ。シャーリーは悪くない」
「ルルのことも撃った……」
「俺は生きてる!」
「でも! ルルを撃ったのっ!」
「俺が許す!
キミの罪は全部俺が……」

シャーリーの瞳から涙がこぼれた。
彼女は首を振り、否定する。

「ダメだよ……。
私、優しくされようとした」
「何がいけない?」
「お父さんが死んだのに……!」

ルルーシュはシャーリーの肩に優しく手を置き、わずかに身を離した。
彼女の瞳が見えるように。
しかしシャーリーは顔を伏せ、ルルーシュを見ようとはしなかった。

「忘れるんだ。嫌なことは全て忘れてしまえばいい」
「出来ないよ!」
「できる!!」

断言するルルーシュに、シャーリーは呆然と顔を上げた。

「俺が全部忘れさせてやる」
「まさか……」
「シャーリー。
お父さんのこと、すまなかった。
もし生まれ変わる事ができたら、キミに……」

瞳が緋色に染まる。シャーリーは本能で察した。
ルルーシュが何をしようとしているのかを。言葉の通り、全部忘れさせられるのだと。

「ルル……ダメーッ!!」

ルルーシュは躊躇うことなく、ギアスを発動した。


  ***


シャーリーが大事にしていた写真。
それらがいつ撮られたのか、ルルーシュは全て覚えていた。
いつからだろう。
笑顔のシャーリーと共に写る自分が、笑みを浮かべるようになっていたのは。

泣きたくなるほど美しい夜空の下、慰霊碑の丘に立つシャーリーの背中には、抱き締めた時の弱々しさは少しも感じられない。
小さな旅行かばんを肩に下げ直し、シャーリーは振り返る。
視線が合い、こちらに気づいて笑みを浮かべた。

「あのー。あなたもご家族を亡くされたんですか?」
「いえ。家族ではなく、友達を。
そう……多分、大事な……」

シャーリーの笑みが悲しげに曇る。

「そうですか……」

彼女の顔を正面から見られなくなり、ルルーシュはわずかに視線を下げる。

「……なくしてから、初めて分かる事ってあるんですね。
自分がどれだけ、彼女の笑顔に救われてきたか、って。
もう、あんな風に口喧嘩する事も……笑いあう事も出来ないんだなって……」
「好きだったんですね、その人の事」
「好き、ですか……」

そうなのだろうか。
いや、きっとそうだ。
シャーリーも、大切で、失いたくないと思える存在だから。

「……そう、ですね」
「朝は来ますよ」

穏やかな声に、ルルーシュは顔を上げる。

「私、さっきまで何しにここまで来たのか分かんなくなっていたんですけど、もしかしたら、何か区切りを付けたかったのかもしれません。
そりゃあ、忘れる事なんてできっこないし、悲しい事っていっぱいあるけど、でも、朝は来るじゃないですか。
だから、無理して抑え込んでも……」
「……そうですね。俺もそう思っています」

励ますような笑みを、ルルーシュはそれ以上見ることが出来なかった。
背を向け、歩きだす。

「今まで、ありがとう……」

シャーリーには聞こえないくらい小さな声で呟いた。


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