19-5
気絶していたルルーシュは、呼び掛けるC.C.の声でハッと目覚めた。
「C.C.!? 何故お前がここに……!!」
空のそばにいてくれと頼んだだろう、と目で訴えるルルーシュに、C.C.はすかさず言った。
「ルルーシュが危ないと、胸騒ぎがすると空が言っていた。
自分は助けに行けないからと。
来て正解だな」
大破したコクピットから抜け出したルルーシュは、地面に視線を落とし眉をひそめた。
地面に血痕が残っていたからだ。
「これは……?」
「……新しいな。
ルルーシュ、これはお前の血か?」
「違う。俺はどこも怪我は……」
ハッとしたルルーシュは、マントを翻してコクピットの残骸へ戻った。
何を探しているんだ?とC.C.は怪訝そうな顔でそれを眺めていたが、胸がざわつく気持ち悪い気配を感じ、視線を走らせる。
気配の主はすぐそばにいた。並ぶコンテナの上に、幽霊が一体。
赤い双眸が不気味に光っている。
C.C.の胸中に憎悪が湧き上がった瞬間、逃げるように幽霊の姿が掻き消えた。
「盗み見か……! 趣味の悪いクソガキめ……!!」
コクピットから帰ってきたルルーシュは、戻って早々、C.C.に無線機を押し付けてきた。
C.C.が口を開く前にルルーシュは言う。
「俺は周辺を調べる。C.C.は撤退の指示を出せ」
「私が? 撤退命令ならお前が……」
ルルーシュは地面に転がるゼロの仮面を装着する。
「扇にチャンネルを合わせている。扇に撤退命令を出させろ。いいから早くしろ! 」
余裕が無いのか乱暴に言い捨て、ゼロはC.C.を残して走っていった。
「お願いするのが本当に下手だなアイツは……」
C.C.はぶつぶつ呟きながら無線を操作し、耳に当てる。
「扇か? 私だ、C.C.」
『C.C.……? ゼロは無事なのか!?』
「無事だが今は動けない。お前が撤退命令を出せ。もたつくと全滅するぞ」
『そ、そうか……分かった……』
ピッと無線を切れば、ゼロが戻ってきた。
「……もういいのか?」
「ああ。銃が無くなっている。
俺が気絶している間に、誰かが持っていった」
「なら、この血痕は……。
……ということは、お前の素顔を見られた?」
「少なくとも二人。
撃った奴と撃たれた奴、二人いる」
ゼロは屈み、地面の血痕を手早く採取し、立ち上がる。
「撤退だ。ルートCで離脱するぞ」
「ああ」
ゼロを先頭に、二人は走ってその場を離れた。
***
軍の追っ手はもう無いだろう、と確信したゼロは、扇に連絡して迎えのトレーラーを要請した。
二人で隠れてトレーラーを待つ。
最初にC.C.が口を開き、空が目覚めた後の事を伝えた。
仮面の下でルルーシュはホッとした顔をするものの、すぐに表情を曇らせる。
「『すごく大切なものを奪われた』だと……?」
「ああ。大切なものが何かは空自身分かっていないようだった」
「記憶か?」
「いいや、記憶ではない。おそらくな。
奪われたのは『幽霊としての姿』だ。私はそう思っている。
私がお前の元に到着した時、例の赤目が遠くからこちらを見ていたぞ」
仮面の下で、ルルーシュは苦々しそうに顔を歪ませた。
「あの時の奴か」
「すぐに消えたが、間違いない。
『幽霊としての姿』について空は言っていた。
肉体から精神を引き抜かれるみたいに、あの姿になっている、と。
夢に出てくる子が自分を引き抜いている、とも」
「……なら、あの赤目は」
「クソガキだろう」
それを聞いた瞬間、仮面の下のルルーシュの表情が剣呑としたものになる。
以前、夢に出てくる子供の話を聞いた時、ルルーシュは思った。
『自分の目的の為に空を利用している』と。
仮面のまま沈黙すれば、C.C.ですら感情が読み取れない。
だが今は、溢れるほどの怒りをゼロから感じた。
「『幽霊としての姿』を空から奪って、奴は一体何がしたいんだろうな?」
感じ取れた怒りはゼロが喋った瞬間消え失せて、C.C.はわずかに目を見張る。
怒りに支配されずに理性的に思考できる様に『やはりルルーシュだな』とC.C.は感心した。
「……分からない。
アリルの時は……あのクソガキは、アリルの死を望んでいたが……。
今思えば、アリルの死がクソガキにどんな利をもたらすかは考えた事がなかったな。
あのクソガキは、あの姿になって何をする気なんだ……?」
「あの姿にならないと出来ない何かがあるんだろう。
会話さえできれば情報は引き出せる。
次対面した時、会話を長引かせるから憎悪は内に隠しておけよ」
「ああ。魔女としてお前のそばにいる」
そこでトレーラーが到着し、ふたりはすぐに乗り込んだ。
走り始めて少し時間が経った後、扇が奥から出迎える。
C.C.に小さく会釈してゼロに視線を戻した。
「ゼロ、キミが無事で良かった。
無線に全然応答してくれなかったから何かあったのかと……」
「ああ。また例の白兜だ。
アイツがいなければコーネリアを捕らえられたものを……。
……カレンや他の者は無事に撤退できたか?」
「あ、ああ……。紅蓮も破損無く、全員無事だ。
キミが逃走ルートをいくつも用意してくれていたからな……」
「あそこだからこそ複数用意できた。無事で何よりだ。
……それより扇、キミに頼みたいことがある」
C.C.は『銃を持っていった人物を扇に捜させるのだろうな』と思いながら、前もって聞いていたゼロの私室を目指し、ひとりで先に階段をのぼる。
目的地は廊下の一番奥の部屋だ。
C.C.は私室に入るなり、自分の部屋のようにソファにゴロンと横になった。
それからしばらく後、ゼロもやって来る。
扉を閉めて施錠し、仮面を外した。
「目撃者捜しもしなければならないが、先に空に電話をかけてくれ」
「そのつもりだ。今日はいつ帰れるか分からない」
「空が電話に出られればいいが……」
「……赤目が動いている間、空は眠っているかもしれないからな」
携帯を操作してルルーシュは電話をかける。
呼び出し音が数回続き、繋がった。
『もしもし、ナナリーです』
「俺だ。ナナリー、今大丈夫か?」
『はい』
聞こえる妹の声はどこか嬉しそうだ。
ルルーシュの表情がふわりと和らぐ。
「空と話したい。
今、近くにいるか?」
『空さんなら今、キッチンにいます。
代わります。待っててね、お兄さま』
移動しているのか、しばし間が空いた。
『もしもし、ルルーシュ?』
「そうだ。どうしてもお前の声を聞きたくて」
『あたしもだよ。その……すごく心配だったから。
大丈夫だった?』
泣きそうな声だ。
C.C.を自分の元に向かわせるくらいの胸騒ぎだ。よほど空の心を苦しめていたんだろう。
今回の一件を彼女に話してはならないと、ルルーシュは改めて思った。
「ああ。C.C.が来たから大きな問題にはならなかった。
それより空の方はどうだ?
あの姿のおまえを1時間ほど前に……近くに居るのを見たんだが。
……来ていたか?」
『え……!?』
ひどく困惑した反応に、それだけでルルーシュは“あれ”が空ではないと確信する。
『あたしはずっと起きてたよ。C.C.が出掛けてからずっと……。
……ねぇルルーシュ。もしかして“それ”の目は赤かった?」
「あ、ああ、そうだ」
驚きを含んだ声が思わず出てしまった。
ルルーシュは事前に、“あれ”の瞳の色は空には黙っていろとC.C.に言っていた。
“あれ”が空ではないと判断できるのは瞳の色だけ。
それを“あれ”に悟らせない為に本人には隠していたはずだったのに。
「……そうだ。でもどうしておまえがそれを?」
『あたしも見たの。夢の中で……。
赤い目で……それで……』
そして空は沈黙する。
言えない理由があるのを察してルルーシュは口を開いた。
「今は言わなくていい。帰ったら聞かせてくれ」
『ありがとう、ルルーシュ……』
「ああ。
どうやら俺の見た“あれ”は、空が起きたままでも自由に動けるみたいだな。ただこっちを見ているだけだった」
「見ているだけ? 他には何もしてこなかったの?」
「害になる事はされていない。本当にただ見られていただけだ。
何か目的があって、俺達がどこにいるか把握したかったのかもな。
もしまた見かけたら知らせる。
……それとすまないが、今日は帰れなくなった。ナナリーを頼む。
何かあったら電話してくれ」
『うん。任せて!』
元気溢れる頼もしい返事に、ルルーシュの顔に柔らかい笑みが浮かんだ。
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