19-3

『コーネリア皇女殿下が海兵騎士団を投入し、国外脱出を実行しようとしている日本解放戦線の片瀬少将の捕獲を目論んでいる』
それが、ブリタニアのテレビ局プロデューサーのディートハルトが持ち込んだ情報だった。
ディートハルト・リート、黒の騎士団に入団したばかりの男だ。
顔をルルーシュはよく覚えていた。
スザクを救出する為、ゼロとして初めて公の場に出た時、撮影用のビデオカメラを抱えて現れた男だ。
情報の裏を取った後、幹部にはコーネリアの部隊を壊滅させ、日本解放戦線の残存部隊を救出すると伝えた。
しかしルルーシュはそれを実行する気はない。
片瀬が逃亡資金代わりの流体サクラダイトをタンカーに乗せて逃亡することをルルーシュは調べ上げていたため、それを爆発させてコーネリアの戦力を一気に削ぎ落とすつもりだった。
ダイバースーツに着替え、ルルーシュはひとり海に潜り込む。
遠隔操作できる爆弾を両手で抱えながら。

国外脱出するには絶対通らなければいけないルートがある。
ルルーシュはそこに爆弾をセットしてから、騎士団が待機する港の倉庫のひとつに戻った。
背丈を越えるコンテナが奥まで並び、奥へ行けば行くほど薄暗くなっている。
日が沈んだせいか、ここに来た時よりも暗く見えた。
ルルーシュは木箱まで歩を進め、隠し置いているカバンから必要な物を取り出した。
コンテナを背に、木箱を椅子代わりに座り、疲れた息を吐きながらダイバースーツを脱いだ。
海に潜ったせいで体力が思った以上に消耗している。
ルルーシュはタオルを頭にかぶり、空のそばにいるC.C.を思った。
改めて彼女の存在に感謝する。
C.C.がそばにいるなら、例の男がまた訪れるような事になっても問題はない。

「(空の友達──────確かマオという名前だったな)」

ピザの配達員の案内でクラブハウスに足を運び、偶然会うことができたそうだ。
咲世子に詳細を聞いた時、胡散臭いとルルーシュは思った。
『偶然』という言葉に引っかかりを覚えてしまう。
今度会った時にギアスでも使うか?
そう考えた瞬間、倉庫の出入り口に人の気配を感じた。

「誰だッ!!」
「す、すみません!」

謝った声はカレンのものだ。
頭からタオルをかけているため、彼女が今どんな表情をしているか見えなかった。
それでもルルーシュは、カレンがここに来た理由に気づいていた。

「失礼しました!」
「迷っているのか?」

戻ろうとするカレンを呼び止めるように言えば、驚きでハッとする音が聞こえた。

「……私は正義のためだと、それが正しいことだと思って今まで戦ってきました。
だから人も殺してきました……。
でも……!」

シャーリーの父親の葬儀の時、スザクが黒の騎士団に向けて投げかけた言葉を思い出しているのか、カレンの声は震えていた。

「……本当に!
本当に私たちのやり方で世界が変えられるのでしょうか!?」
「変えられる。
いいや、変えねばならない」

カレンの疑問に、ルルーシュは強い意思を込めて言った。
ザッ、と一歩前に出る音が聞こえる。

「でも!」
「犠牲が出るか?
兵士でもないのに巻き込まれて死ぬ者が……」

絶句するカレンに、それでもルルーシュは続けた。
手を組み、色が白くなるほどギュッと握る。

「……だが、だからこそ我々は立ち止まることは出来ない。
例え、どんな手段を使って卑怯だと罵られようとも、勝つしかないんだ!!
その為なら修羅になるべきだ。
流した血を無駄にしない為にも、更なる血を流してみせる」

ルルーシュは組んだ手をほどき、視線をわずかにカレンへ向ければ、今の彼女がよく見えた。
不安そうな、迷っている表情。

「……だが強制はしない。
カレン、引き返すなら今だ」

彼女の顔から、不安や迷いが消える。
進むことを決意したのか、笑んだカレンの瞳に力強さが戻った。

「いいえ。
共に進みます。私は、あなたと共に」

その笑みに、ルルーシュの口元にも自然と笑みが浮かぶ。

「ありがとう、カレン」

目を見開き、カレンは驚いた。
彼女の瞳が泣きそうに潤む。

「あ、あのっ、作戦開始まで待機しています。失礼しました!」

恥ずかしそうに顔を隠し、カレンは早足で逃げて行った。
外に誰もいない事を耳を澄ませて確認して、ルルーシュは短く息を吐く。

「(ありがとう、か……。
空にも伝えるべき言葉だろうな……)」


「だから、ルルーシュはひとりじゃないよ」


言われたあの時、自分は確かに『ありがとう』と、そう思った。
だけど様々な感情が溢れそうになるほど湧き上がり、声が喉で詰まって喋れなかった。

ダイバースーツからゼロの衣装に着替え、ルルーシュは外に出る。
夜の海はとっぷりと暗い。団員の配置を無線で確認した。


 ***


作戦開始前の海は緊迫した空気でピンと張り詰めている。
ゼロは爆弾を設置したポイントがよく見える船上で、起爆スイッチを隠し持ちながら、高台にいる扇の無線を待つ。
今回、扇には解放戦線のタンカー及びコーネリアの動きを双眼鏡で確認、報告する重要な役割を任せている。

『始まったぞゼロ。まだ出ないのか?』

焦りを含んだ声に、ルルーシュは微動だにしない。

『おい、ゼロ。聞こえてるんだろ!?』
「今はダメだ。
思ったよりもコーネリアの動きが早い。
今動くと共倒れになる」

もちろんそれは嘘。ただの時間稼ぎだ。
解放戦線には、爆弾を設置したポイントまで逃げてもらわなければならない。
コーネリアが動き出した事で、解放戦線も逃げざるを得ないだろう。
埠頭を離れる解放戦線のタンカーと、それを追いかける軍のナイトメア。
あともう少し──────ゼロは爆発のタイミングを見極める為、一度もまばたきをしないで凝視する。
そして、ゼロは起爆スイッチに指をかけた。
ほぼ同時、無線越しに扇の息を呑む声が聞こえる。

『ナイトメアが船に取り付いた!!
ゼロ! 早くしないと!!』
「分かっている。出撃!」

出撃の合図を出すと同時に、ゼロは起爆スイッチをグッと押す。
すると、解放戦線の船底の海面がまばゆく輝き、閃光の塊がタンカーを押し上げた。
大きな爆発が生じ、凄まじい爆風が埠頭にいる軍のナイトメアを吹き飛ばす。
爆風は扇のいる所まで届いたのか、無線越しに呻き声が聞こえた。

「さすがだな、日本解放戦線は。
ブリタニア軍を巻き込んで自決とは」
『自決……?!
し、しかし、そんな連絡は……!』
「我々はこのままコーネリアのいる本陣に突入する!! それ以外には構うな!
結果は全てにおいて優先される!!」

ゼロの無頼や紅蓮弐式を乗せた騎士団の船がコーネリアの本陣めがけて、爆風で荒れた海上を猛スピードで進んでいく。

「日本解放戦線の血に報いたくば、コーネリアを捕らえ、我らの覚悟と力を示せ!!」

騎士団の船はスピードを増しながら海上を疾走し、コーネリアの本陣へ弾丸のように突っ込んだ。
無頼数機と紅蓮弐式が船から飛び降り、不意打ちの先制攻撃を仕掛ける。
本陣にいるブリタニア軍は、今まさにナイトメアを機動しようとしている所だった。

「パイロットが乗り込む前にナイトメアをたたき落とせ!!
紅蓮弐式は私についてこい!!」

無線から、カレンや団員達の返事が異口同音で聞こえた。
本陣に突入した紅蓮弐式が次々と敵ナイトメアを破壊していく。
進む道ができて、ゼロは本陣の奥を目指して無頼を走らせた。
奥には機動したばかりのコーネリアの機体があり、彼女が動く前に、ゼロは無頼の腕に装備してあるスタントンファで叩きつける。
コーネリアは不意打ちに防御が遅れ、コンテナが並んだ狭いエリアまで追いやられた。
ゼロの襲撃にコーネリアはうろたえることなく、すかさず銃で反撃しようとする。

「私にナイトメア戦で勝てると思うか!?」

ゼロを撃とうとしたものの、上空から飛んできた紅蓮弐式のスラッシュハーケンが銃を弾く。

「あの新型か!!」

視線を走らせ、紅蓮弐式の姿を確認したコーネリアは怒りをあらわにする。
生まれた隙をゼロは見逃さず、コーネリアの機体を銃で撃とうとした。
が、銃口を向けた先、コーネリアの機体よりも更に奥、生身の人間がディスプレイの左端に表示される。
人間の姿を捕捉すれば、自動で顔が拡大表示される無頼の機能だ。
いたのはシャーリーに似た女だった。
ルルーシュは驚き、一瞬息を止める。
突如、コンテナの向こう側から白いナイトメアが躍り出てきた。
ルルーシュにとって一番厄介な白兜──────ランスロットだ。
着地点はゼロの無頼。
踏み倒して下敷きにしたまま、ランスロットは地面を滑り、跳躍して少し離れた位置に着地する。
ランスロットを操縦するスザクの瞳は怒りに染まっていた。
日本解放戦線の船を、ゼロが軍を攻撃する為のおとりに使った事に、スザクは気付いていたからだ。

「ゼロ! お前のやり方じゃ何も変わらない!
結果ばかり追い求めて、他人の痛みが分からないのか!!」

立ち上がろうとした無頼に、ランスロットは容赦なく拳を叩き込む。

「ゼロ!!」

すかさず加勢しようとするカレンに、コーネリアは割って入って足止めする。 
ゼロはすぐに体勢を整えようとしたものの、ランスロットはそれを許さない。

「平然と命をおとりにする、お前はただの人殺しだ!!」

ランスロットの苛烈な拳が無頼のパーツを粉砕していく中、ゼロは防御も反撃もできなかった。
腕も武器も失い、無頼は膝をつく。
操縦桿をギリッと握り、ルルーシュは瞳を憎悪でぎらつかせた。

「(白兜め!
なぜお前はいつも俺の邪魔をする!!)」

スザクは瞳に憤怒を宿し、ランスロットの拳を振り上げる。

「(どうしてお前は無意味に人の血を流す!!)」

ゼロは無頼に装備されたスラッシュハーケンを飛ばした。

「貴様さえいなければ!!」

ランスロットは拳を降り下ろした。

「お前がいるから!!」

ゼロが放ったスラッシュハーケンはランスロットとは逆の方向へ飛び、強靭なワイヤーが無頼を別の場所へと避難させる。
逃げるのを阻止しようと、スザクはランスロットに装備されたスラッシュハーケンを飛ばし、宙を跳躍する無頼を打ち砕いた。
脱出装置がオートで作動し、ゼロの乗るコクピットを遠くへと飛ばす。
エラーが発生したのかパラシュートは出ず、コクピットは低空飛行で地に落ちていった。
それを見届け、スザクは息を吐く。

「ゼロ。これもひとつの結果だ」
『ランスロット!! 後ろだ!!』

コーネリアの声にスザクは即座に反応する。
振り返れば、紅蓮弐式が今まさに自分を襲おうと接近しているところだった。

「ゼロは私が守る!!」

突き出す輻射波動の右手がランスロットの握る銃を掴み、赤い閃光が ほとばしる。
銃は爆発し、黒煙が場に広がった。
後退した紅蓮弐式の姿が黒煙の中に消える。

「待て!!」
『深追いするな!!
総督の守りが最優先だ!!』

追おうとしたスザクは、通信機から聞こえた上官の言葉に動きを止めた。
命令が最優先だ。
スザクは従わざるを得なかった。


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