19-2

きっと普段のルルーシュならいつも通りを装っていただろう。
少し息苦しいけれど、今、こんな風に抱きしめてくれて嬉しかった。
ぎゅううっと締めつけていた力が弱くなり、密着していたルルーシュがわずかに離れる。
目を伏せる顔は辛そうだった。

「空。俺は……」

それでも、あたしを改めて見たルルーシュの瞳は、表情は、気高く凛としたものになる。
彼らしいと思える顔だった。

「俺は止まらない。
どれだけ多くの血を流そうとも進み続ける。
どんな手段を使っても、それがスザクの言う間違った方法だとしても。
世界を変えるために、俺は戦う。
俺は修羅の道を往く」

独りで進む覚悟を決めたような力強い瞳だった。
その瞳に、優しくやわらかい色がふわりと宿る。

「空はナナリーのそばにいてくれ。
俺がそばにいられない分、おまえがナナリーのそばに」

それがルルーシュの望みなんだ。
ルルーシュかナナリーか、どちらかだけしか選べないような言い方じゃないか。

「わかった。
あたしはナナリーのそばにいる」

それしか言えない。だってルルーシュがそう望んだから。
ナナリーのそばにいてほしいという願いは、ルルーシュの心の底から湧き上がったものだろう。
その願いを叶えたかった。
だけど『ルルーシュのそばにいたい』という気持ちも、あたしの心に強くあって、苦しくなって涙が出そうになる。
泣くものか。ぐっと拳を握る。

「でも、あたしがどこへでも行けるのを忘れないで。
いつだってルルーシュのいる修羅の道に飛び込むから」

飛び込んでやる。
そんな気持ちをぶつけるつもりで、ルルーシュを強くジッと見据えた。

「あたしはナナリーのそばにいる。
だけど世界が変わったら、今度はルルーシュがナナリーのそばにいるんだよ」

強い口調で言えば、ルルーシュの表情がわずかに曇った。
『それは無理だろうな』と言いたげに。
戻らないまま帰って来ないのではと思い、とっさに手が動いてしまった。
ルルーシュの手をガッと掴み、両手でギュッと握る。
驚いた顔をジッと見つめ、睨みながら更に続けた。

「絶対だからね」

脅すように低い声で言えば、ルルーシュは堪えきれなくなって吹き出した。

「絶対か。怖いな。
俺を連れ戻す為に地の果てまで追いかけてきそうだ。
くく、はははっ!」

なぜかツボに入り、ルルーシュは珍しく声を上げて笑った。
とんでもないものを見てしまった。
屈託のない笑顔に、思わず目が釘づけになる。

大丈夫だ。
ルルーシュならきっと大丈夫だ。
そう思える表情だった。

ヴー、ヴー、とマナーモードの音がルルーシュから聞こえてきて、すかさず離れる。
誰だろう?
ルルーシュはおずおずと携帯を出し、画面をチラッと見て、重いため息をこぼした。

「……多分、扇だな」
「扇さんか。
それじゃあ、あたしはルルーシュの部屋に行ってるね」
「すまない」

早足で部屋を後にして、扉を閉めてから息を吐く。
思い出したようにドキドキしてきた。
あたしはもしかしたらすごく単純な人間なのかもしれない。
笑顔を見ただけでもっと好きになるなんて。

まっすぐルルーシュの部屋に戻る。
C.C.は窓辺に立っていて、思いつめているような横顔は辛そうだ。
アリルさんを思い出しているのかもしれない。
C.C.の過去は知らないけど、アリルさんが大切な人だっていうのは分かる。
あたしに気づいた途端、表情がいつものC.C.に戻った。

「早かったな。
ルルーシュのそばに居なくていいのか?」
「うん。もう大丈夫だよ。
ルルーシュらしい顔でね、修羅の道を往くって、独りで進むみたいな目で言ってた。
ナナリーのそばにいてくれって頼まれたよ。
自分がそばにいられない分、あたしがナナリーのそばに、って……」
「……そうか。アイツらしいな。
本当に守りたいものは遠ざける。
だがお前のことだ、けしてルルーシュを独りにはしない」
「うん。
ルルーシュがどれだけ遠くに行っても、あたしはルルーシュの所に行くよ」
「助ける為にあの姿になって?」
「うん。なろうと思ったら多分なれると思う」
「ダメだ」

さっきまで柔らかい顔つきをしていたのに、今は怖いぐらい無表情だった。
言ったC.C.自身驚いているのか、彼女はハッと表情を変える。
そして苦しそうな顔で続けた。

「あの姿にはもうなるな。
ダメだ。お前はあの姿になったら」

切実な言葉に息が詰まった。
呼吸できないほど真剣な顔に、緊張してまばたきもできない。
C.C.は申し訳なさそうに目を伏せた。

「すまない。戸惑わせてしまったな……。
取りあえずあっちに座ってくれ。詳しい話をしてやろう」

C.C.が先に動き、ベッドに行く。あたしもそれに続いた。
こっちをチラリと見る眼差しはお姉さんみたいで、なんだかすごくホッとした。
隣に座った後、フジから帰る時の車内で起こった出来事をC.C.は教えてくれた。
全然記憶に無い知らない話に、口がポカンと開いてしまう。

「あたしが?」
「そうだ。顔も声もお前だった。
ただひとつ違うのは……」

そこでC.C.は言葉を切り、沈黙する。
気になるところで話を中断され、どうしたんだろう?とあたしは首を傾げた。

「違うのは?」
「……何となく、空じゃないと思ったんだ。私もルルーシュも」
「何となく……?
雰囲気が違ってたってこと?」

C.C.は肯定も否定もしなかった。

「……お前があの姿になれば、お前じゃない誰かがお前として動き回る。
だからあの姿にはもうなるな」
「もうなるな、か……」

思い返せば『なろう』と思って、あの姿になった事は一度もなかった気がする。

「ねぇC.C.あのさ……。
今までのやつ全部、引っ張られる感覚がして……肉体から精神を引き抜かれるみたいに、あの姿になってたんだよね……。
多分、夢に出てくる子があたしを引き抜いてるんだと思う……。
前に『ボクのためにみなければならない』みたいなこと言ってたから……」
「あの姿に“なっている”のではなく“させられている”という事か」

C.C.の声がものすごく怒っている声で、思わず身体が硬直する。
彼女の顔を横目でチラッと見れば、殺気立った激怒の表情をしていた。
瞳はわずかに潤んでいて、泣くのを堪えるようにC.C.は息を吸って吐く。

「……いつかアリルは言っていた。幼い子供に頼まれてこの世界に来た、と。
助けを求める声に応じて、アリルはこの世界に……」
「え!? アリルさんも違う世界から来たの!?」
「そうだ。
空も助けを求められてここに来たんだろう?」

『あのクソガキに』と言いたげな目で見られて困惑した。

「う、ううん。あたしは違うよ……。
助けてほしいって言われたのは同じだけど、あたしはルルーシュのお母さんに頼まれたから……」
「マリアンヌにか?」
「うん。
『あの子を助けて、お願い』って」

怒っていたC.C.の顔がみるみる色を失っていく。

「どうしたの……?」
「…… マリアンヌはそんな女じゃない」

C.C.が呟いた。
心の声が漏れるような小さな声で。

「アイツは自分でなんとかする女だ……。
助けてくれ、なんて他の誰かに頼むような女じゃない……」

C.C.が何を言っているのかすぐに理解できなかった。
飲み込めないまま、ゾッと背筋が寒くなって、引っ張られる感覚に襲われる。
今まで何度も同じ目にあったけど、今回が一番凄まじかった。
感覚の全てが遮断され、あっという間に視界が変わる。
無音の真っ暗な世界でマリアンヌさんがうずくまっていた。
艶やかな黒髪は長く、青いドレスを着ていて、顔を伏せて泣いている。

「マリアンヌさん!?」

急いで駆け寄ったけど、マリアンヌさんはあたしに気づいてくれなかった。

「お願い……助けて……。
私を……ここから、出して……」

一刻も早くここから連れ出さないと。
危機感を覚えるほど、マリアンヌさんは今にも崩れそうなくらい弱っていた。

一体いつから閉じ込められていたんだろう。
誰かに殺されてから今に到るまでずっと、ってこと? こんな所に?
何も無い真っ暗な、音も聞こえない、居続けたら頭がおかしくなりそうなこんな空間に……!?

「マリアンヌさん! 一緒にここから出ましょう!!」

支えようと手を出せば、マリアンヌさんはすぐに握り返してくれた。
伏せていた顔をわずかに上げる。

「ありがとう……。
あなたの力があれば……私は……」

泣いていたマリアンヌさんの口元にはホッとした笑みが浮かんでいた。その表情にあたしも安心する。
だけど、見上げてくれたマリアンヌさんの瞳の色がルルーシュと同じ紫じゃなくて、禍々しく光る赤色だった。
ゾッと震えて、とっさにマリアンヌさんの手を振り払う。
倒れそうになりながら後退すれば、うずくまっていた彼女はゆらりと立ち上がった。

「どうして逃げるの?
助けを求める私の声に応えてくれたのに」

微笑む顔はOPの顔そのまま。
久しぶりに聞く声はマリアンヌさんの声だ。
でもマリアンヌさんじゃない、違う。


『そうだ。顔も声もお前だった。ただひとつ違うのは……』
『……何となく、空じゃないと思ったんだ。私もルルーシュも』



“何となく”じゃない。絶対C.C.は瞳の色で判断した。
ルルーシュ達が遭遇したのと目の前の奴はきっと同じだ。

「最悪……!!
あたしじゃなくて今度はマリアンヌさんのフリしてるの!?」

マリアンヌさんの姿をした目の前の奴は、ニタァと笑みを深くする。

「黒の皇子の影響かな?
最初は疑いもせずにマリアンヌだと思ってくれたのに」
「最初……?」

何の話だと、少しもピンとこなかったけど、ジワジワとゆっくり、気づいてしまった。

「……まさか……」
「助けて、あの子を。
ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアを。
あの子を助けて。お願い」

透き通るような綺麗な声はあの時の、助けを求める声を初めて聞くことができたはじまりの夢と同じだった。
頭が真っ白になり、怒鳴りたい衝動に襲われた時、頭をガッと掴まれた。

「痛……ッ!!」

ぐぐぐ、と見えない何かに頭をわし掴みされている。
身体が微動だにしない。金縛りにあったみたいだ。
それでも視線だけは左右に動かすことができた。
目の前にいるはずのマリアンヌさんがいない。
後ろだ、と思った瞬間、背後で気配を感じた。

「首から下はこの前もらったから、最後に頭をちょうだいね。
あーあ……マリアンヌをマリアンヌだと思ったままでいてくれたら、もっと楽にもらえたのに……」

トイレのあの時と同じ消失感が、今度は頭のてっぺんから。
ぶちぶちと引きちぎられるように、頭がだんだんと無くなっていく。
大切なものを奪われてしまう─────そんな気がした。


「いやぁああああああああッ!!!」

絶叫しながら目が覚めた。
見えたのはルルーシュの部屋の天井。
バッとのぞき込むC.C. の顔も視界に入り、やっと息ができた。
心臓の鼓動が速くて、爆発しそうなほどドキドキしている。
名前を呼ぶ声に返事ができない。
寒くないのに手が震えて、なんとか深呼吸しても震えは止まってくれない。
ぎゅっとC.C. が手を握って、あたたかくて、涙が溢れ出てしまう。

「C.C. ……」
「そうだ。私がここにいる」

優しい声だ。
心臓の鼓動が穏やかになり、震えが止まる。
だけど涙は溢れてくるばかりだった。

「クソガキに何かされたのか」
「うん……。
うまく説明できないけど……」

話したいのに、何をされたか上手に言えそうにない。
それでも自分の一部がごっそり無くなっているのを確かに感じる。
今までの自分じゃなくなったんだと、嫌でも思い知らされた。

「……すごく大切なものを奪われた、そんな気がする……」
「どこか痛むところがあるのか?」
「ううん。痛くないよ。
でも『どこか足りない』って思えるの」
「足りない?
後々、なにか影響が出てくるかもしれないな……。
……今はここで休んでいろ。私がそばにいる」

C.C.の手と言葉にホッとする。
何があっても大丈夫だ、と強く思えた。

「ありがとうC.C.……そういえば、ルルーシュは?」

涙を拭い、体を起こして部屋を見たけど、ルルーシュはどこにもいない。
窓の外は夕暮れの色だ。
けっこう時間が経っていることに驚いた。

「呼び出しだ。
ルルーシュは出かける準備をしながらも、ずっとおまえの身を案じていたぞ。
空のそばにいてくれと強く頼まれた」

思い出してC.C.は微笑んだ。
強く、か。ルルーシュはどんな風に頼んだのだろう?
少しだけ気になってあたしも笑った。

「呼び出しかぁ。扇さんのところかな」
「そうだろうな。
ディートハルト、という名の男がなにか情報を持ち込んできたらしい」
「ディ……!?
ディートハルトが!?」
「……知ってる男か?」
「う、うん。けっこう前にちょっとね……。
……ってそうだ! ルルーシュに名刺渡してなかった!!」

かなり前だ。カレンのお母さんとか、あの時色々ありすぎて忘れてた。
血の気がみるみる引いていく。
胡散臭さの塊みたいなあの男が、黒の騎士団に情報を持ち込んだ事に胸がざわついた。
焦りが噴出して、いてもたっても居られなくなる。

「お願いC.C.! 今すぐルルーシュのところに行って!! あたしは大丈夫だから!!」
「どうしたいきなり。落ち着け」
「だってルルーシュが……!!」
「ルルーシュが危ないのか?」

全部話してないのにそれでもC.C.は気づいてくれて、心の底から安心する。

「うん。嫌な胸騒ぎがして……!
今、ルルーシュに何かあったら助けられるのはC.C.だけだから……」
「わかった。今すぐ行こう」

C.C.はベッドを降り、動きやすい服に着替えを始めた。

「ごめん……。
ありがとうC.C.」
「おまえが取り乱すほどの胸騒ぎだ。
ルルーシュはイレギュラーに弱い。あいつは私に任せろ。
空は咲世子のそばにいろ。
何があっても、けして外には出るなよ」
「うん! ナナリーと咲世子さんのそばにいるね!!」

着替え終わったC.C.は、あたしの返事にホッとしたように微笑み、出掛けていった。


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