19-1

「彼は敬虔 けいけんなる神の信徒であり、我らの良き友人であり、また妻にとっては良き夫であり、子にとっては良き父でありました」

今にも雨が降りそうな曇り空の下で、シャーリーの父親の葬儀が行われていた。
司祭の言葉を少し離れたところで聞くのは生徒会メンバー達。
その中には空もルルーシュもいた。

「それでは、彼の眠りの安らかならんことを」

司祭の言葉に、喪服の男達がスコップを手に棺を埋め始めた。
重たい土が棺をどんどん隠していく。

「嫌ッ! やめて!!」

それを止めたのはシャーリーの母親だった。
男達を押し退け、棺にかかった土を手で払う。

「もう埋めないであげて!! 苦しませないで!
あなた……! あなたぁっ!!」

泣き崩れる彼女にシャーリーは急いで駆け寄った。
何度も母を呼び、棺から離れるよう促すので精一杯で、司祭が声をかけ、やっと引き離す事ができた。
司祭に手を引かれ、弱りきった背中が離れていく。それを憐れむ目で見送った彼らは、姿が見えなくなったのを確認してからスコップを握り、棺を埋めた。
喪服の男達は悲痛な面持ちで、墓標にユリの花束を捧げ、去っていく。
入れ替わるようにシャーリーだけが戻ってきて、無言で待つミレイ達へ歩み寄った。
カレンが一番に口を開く。

「その……ごめんなさい、シャーリー……」
「え?
やだな、何で謝るの?」

不思議がるシャーリーに、カレンは謝った理由を話せずに黙り込む。
間髪いれずにリヴァルも言った。 

「俺もゴメン!」

突然の謝罪にシャーリーは戸惑う。

「その、さ……俺、ホテルジャックの時、テレビとか見てて……。
黒の騎士団ってちょっと格好いいかも、とか思って……。
ホラ、ニュースでも扱い違ってたし。
ナリタのことも何かスッゲーって、掲示板でテキトーなこと書き込みしたり……。
……だから、ゴメン!」

心の底から自分のしたことを謝りたくて、リヴァルはバッと頭を下げる。
シャーリーはぎこちない笑みを浮かべた。

「そんなことないよ。そんなの全然関係ないって。
私だってナリタのことには……」
「よしなって!」

ミレイはシャーリーとの距離を一気に詰め、戸惑う彼女の肩に手を置いた。
無理に笑ってほしくない、その気持ちが顔にありありと見える。

「私はあんたの方が気がかり。
ちゃんと泣いた? 今ヘンに耐えると、後でもっと辛くなるよ」
「……もういいの。
もう充分泣いたから……」

謝らないと、何か言わないと────そんな気持ちが、溢れそうになるほど湧き上がる。
自分もナリタ連山にいた。しかも、土砂崩れの規模を空から見ていたのは自分だけだ。
温泉街の存在に気づけたはずなのに。
謝らないと、何か言わないと────そう思えば思うほど、喉に何かが詰まったように声が出なかった。

「卑怯だ!」

スザクの怒声が大きく上がる。

「黒の騎士団は、ゼロのやり方は卑怯だ!
自分で仕掛けるのではなく、ただ人の尻馬に乗って事態をかき回しては審判者を気取って勝ち誇る!!
あれじゃ何も変えられない。
間違ったやり方で得た結果なんて、意味はないのに!」

言い終われば、場の空気が重く沈んだものになった。
その空気をミレイが払うように言う。

「さぁ、それじゃあ、私達はそろそろお暇しよう」

ミレイは全員を見た後、シャーリーに優しい眼差しを向ける。
 
「シャーリー。
待ってるからね、いつもの生徒会室で。
だから……」

こくりと頷くシャーリーに、ミレイは微笑んで頷き返し、歩き始める。

「ほーら、みんな行こ」

ミレイの呼びかけにそれぞれが応じていく中、空とルルーシュは動けずにいた。

「おいルルーシュ」

心配そうに声をかけるリヴァルを、ミレイはすかさず引っ張って連れていく。

「空、行こう」

動けずにいる空をスザクが呼ぶ。

「行こう。話があるんだ」

有無を言わさない口調に、空はやっと歩き始める。
進みながら一度だけルルーシュを振り返り見れば、そこに残っているのは彼とシャーリーの二人だけだった。

墓地を抜け、先頭を歩いていたスザクはやっと足を止め、空に向き直る。
厳しく冷めた表情をしていた。

「キミは今でも黒の騎士団は間違ってないと言えるのかい?」

『黒の騎士団の行動で救われたと思う人はいるはずだ』と、いつか言った言葉を、空はハッと思い出す。

「救われたと思う人はいるはずだと、そうキミは言った。
今でも同じことが言えるのかい?」

スザクの声音はまるで刃物のように鋭かった。
喉元に突きつけられたように、空は何も言えなくなる。

「巻き込まれて何人亡くなったかキミは知っているかい?
僕は知っている。軍の救出作業に加わっていたからね。
具体的な数を言ってあげようか?
シャーリーのお父さんだけじゃない、たくさんの人が死んだ。
それを聞いてもまだ、キミは救われたと思う人がいるって言えるのかい?」

言えない。言えるはずがない。
空の顔がだんだんと苦しげに歪んでいく。

あの土砂崩れを空から見ていたくせに、無関係の人が巻き込まれていたことを知ったのは昨日だ。
遅すぎる。

「救われたと思った人なんているわけない。
ゼロがいなければこうはならなかった。
ゼロがいたから、たくさんの人が死んだんだ。
黒の騎士団は……ゼロは間違っている」
「ゼロがいなかったら?
あたし、黒の騎士団がいなかったら、ゼロがいなかったら死んでたんだよ……?」

あの時、もし死んでいたら。
ニーナに名前を呼んでもらう事もなかったし、カレンとも仲良くなれなかった。
ユフィにも、黒の騎士団のみんなにも、マオにも出会えなかった。
ナナリーをひどく泣かせるところだった。
それだけじゃなくて、もしかしたらC.C.も。

ルルーシュに抱きしめてもらえなかった。
優しい言葉も、色んな表情も、なにひとつ知らなかっただろう。
今日まで生きていたからルルーシュのことを心の底から好きだと思えた。
幸せだと感じることができた。
もしあの時死んでいたら全部無かった。
そう思うと、ひどく恐ろしくなる。

「ゼロがいなかったらあたしは死んでいた。
いないほうが良かったのかな?」

弱々しく揺れる空の瞳に、スザクは大きくうろたえる。

「それとコレとじゃ話は別だ!
だってやり方は他にもあっただろう?!
彼は最悪の方法でたくさんの人を巻き込んだ!!」

言い切った後、スザクはすぐに背を向けた。

「……ごめん、空。
ゼロがキミを助けたことは、それは間違いなんかじゃないんだ。
ただ、僕は……僕はただ、キミにも……」

ぼそぼそとスザクは何かを言う。
聞き取れないほど小さな声だった。
スザクは走って行ってしまい、空はひとりその場に残される。
雨の匂いがして、空気も重い。もうすぐで降りそうだ。
なのに空の足は動かない。まるで地面に縫い付けられたようだ。

「話は別、か……」

確かにその通りだ。
『ゼロがいなかったら』その言葉に頭がいっぱいになってしまった。
あたしは卑怯だ。
スザクの言っていた話とは別の話を持ち出して。
悪い事をしてしまった。罪悪感に吐きそうになる。

スザクが知ったらどう思うだろう?
自分が黒の騎士団の一員として戦場に出ていた事を。
知ったら軽蔑するだろう。激しく怒るかもしれない。
それでもあたしはまた、助けたいと思ってゼロのところに行くだろう。
たとえどんなことがあっても。

ぽつぽつと雨が降り始めてきて、雨粒が頬を打ち、空は慌てて帰路につく。
ルルーシュの事が気になったけど、シャーリーとふたりでいる所に行っちゃダメだという気持ちになり、まっすぐクラブハウスに帰る。
本格的に降り始めたのはクラブハウスに入った後で、廊下の窓を叩く雨音を聞きながら階段をのぼる。

ルルーシュはシャーリーの事があってもきっと足を止めない。
マリアンヌさんの敵を討ち、ナナリーが幸せに過ごせる世界を作る。
それが彼の心にある願いだから。

だけど今、ルルーシュはどんな思いでいるんだろう?
切り捨てられるほど冷酷じゃない。
だってルルーシュは優しいから。

ルルーシュのところに行きたい、そのことだけを考え、目的地に着く。
帰ってるだろうか?と思いながらタッチパネルを押して扉が開けば、ルルーシュがC.C.をベッドで押し倒しているのが見えて、空は驚きで硬直した。
開く扉の音にルルーシュはすぐ反応し、空が見た事も無いような動揺した表情で慌てて飛び退く。
息も出来ないような緊迫した空気が満ちた。
C.C.が呆れたように吐息をこぼせば、ルルーシュは弾かれたように走る。
驚き戸惑って動けない空に危うくぶつかりそうになりながら、ルルーシュは逃げるように部屋を飛び出た。
一瞬だけ見えた表情に、空の胸が裂けるように痛む。

「ルルーシュ!!」

名前を呼んでもルルーシュは止まらない。空はすぐに追いかけた。
走ればあっという間に追いつき、ルルーシュの手を握って引く。
強引に止められたルルーシュは苛立ちの目を空に向けたが、それもすぐに弱々しいものになった。
泣いてしまいそうな、やりきれなくて苦しんでいるような、触れたら崩れてしまうんじゃないかと思うほど脆い表情。
片手で掴んだ手を両手で握り直した後、

「ルルーシュ、一緒に来て」

真剣な顔と切実な声で言えば。
ルルーシュは抗う事なく、すんなりついて来てくれた。
手を繋いで階段を下りた後、視線を右へ左へ向ける。
ここからだと自分の部屋のほうが近いな、とそんな事を思った後、手を引いてまた歩き始める。
ルルーシュは一言も喋らず、息をしていないみたいに静かだった。

部屋に着き、ふたりで中に入る。
扉が閉まってやっと空はルルーシュに向き直った。
いつもの彼は冷静で、余裕があって、不敵に笑んだり、それが自分の知っているルルーシュだ。
だけど今、目の前にある顔は、知っているものと全然違う。
初めて見る知らない顔に、空は泣きそうになるほど戸惑った。

「そばにいる」

気づけば両手が動いていた。
ルルーシュの頬を両手で包む。

「あたしはルルーシュのそばにいる。
ルルーシュが何しても、どんなことをしてもあたしはルルーシュのそばにいる。
ルルーシュがどんな答えを出しても一緒に進む。
進んだことをあたしは絶対後悔しない。
だから……」

決意を声に出せば、戸惑いで泣きそうな気持ちは吹き飛んでいった。
空は晴れやかに笑う。

「……だから、ルルーシュはひとりじゃないよ」

倒れこむように、ルルーシュは空を抱きしめた。
いつもと違って力が強い。
すがりつくように、余裕が無かった。

ルルーシュの頭を空はポンポンする。
いつかルルーシュが元気づけるためにしてくれた時と同じように。


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