18-5
外に出た後、激しい自己嫌悪に襲われた。
自分勝手に泣いて。
自分勝手にルルーシュに当たって。
自分勝手にルルーシュから離れようとして。
しかもスザクまで巻き込んで。
最初とは違った恥ずかしさで顔が熱い。焼け焦げてしまいそうだった。
ルルーシュがシャーリーを好きだとしても、彼のあたしへの優しさはきっと変わらない。それでいいのに。
ルルーシュのそばにいられればそれで良かったはずなのに。
外はもう夜だ。
空を見上げながら、ルルーシュとスザクに謝りたいと空は一心に思った。
隣にいるスザクをそっと見る。
さわさわと吹く風に気持ちよさそうに目を閉じていた。
「……スザク。あの、さ……」
「ん? どうしたの?」
「ごめんね……。
たくさん泣いたり……いろんな事言ったりして……」
目を合わせて謝ったものの、まじまじと見つめるスザクに気まずくなり、空はシュンとうつむいた。
微笑むスザクの表情が更にやわらかくなる。
「ごめん、なんて謝らないで。
僕は嬉しかったよ。
だって空がひとりで泣くほうが、そっちのほうが嫌だから」
どうしてそこまで優しくなれるんだろう。
いつもと変わらない優しい目に、感謝の気持ちが胸いっぱいに満ちた。
「ありがとう、スザク」
「うん。
僕もキミに、ありがとうってずっと言いたかったんだ」
「スザクが? どうして?」
「助けてくれてありがとうって。
この前、すごくひどい悪夢を見たんだ。
終わりが無いような、すごく……恐ろしい夢を。
いきなりキミが現れて、僕を引っ張って明るいところに連れ出してくれたんだ」
『ナリタ連山の事だ!』と空は内心思いつつも、それを顔に出さないようにする。
「あたしがスザクの夢に?
なんかすごいね」
「うん。本当に。
空ってすごいよ。
夢の中まで来て、僕を助けてくれるんだから」
スザクは晴れやかに、くしゃりと笑う。
いつもの優しい大人びた表情ではなく、元気いっぱいの少年の笑みだった。
「あ! ルルーシュだ!」
スザクの言葉に、はじかれたように空の顔が動く。
帰ってきたルルーシュを見た瞬間、飛び出していた。
「お帰りなさい!」
駆け寄る空にルルーシュは驚きながらも、すぐに微笑みを浮かべる。
罪悪感がわずかににじみ出た申し訳なさそうな笑みだった。
「ただいま」
スザクも駆け足で二人の元に行く。
「お帰り、ルルーシュ」
「あ、ああ……ただいま、スザク」
スザクはいつも通りの笑顔で、だけどルルーシュの笑みはどこかぎこちない。
目を合わせたまま黙る二人に、目と目で会話してるんだろうなぁ、と空は思った。
しばしの沈黙の後、スザクは軽やかな足取りで離れる。
「それじゃあ僕は帰るよ。
ルルーシュ、空、また明日」
走るスザクに空はありがとうを言おうとしたが、速すぎてあっという間に姿が見えなくなった。
空はルルーシュに改めて向き直る。
物言いたそうな顔をしているのに黙ったままで、何を考えているか少しも読めない。
「ルルーシュ……」
気まずさを感じたものの、謝りたいという気持ちに引っ張られるままに口を開いた。
「……ごめんね。
強く押したり、優しくするな……なんて、言って……」
「理由を聞かせてくれ」
思いもしなかった事を言われ、空は驚きに目を見開く。
「理由を聞いてやる。
どうして『優しくするな』と言った?」
理由を聞いてやる────それは、いつか街で言われた言葉だ。
心が熱くなり、その熱がそのまま込み上げてきて、泣きたくないのに泣きそうになった。
「優しくされたら辛いから」
「どうして辛いんだ?」
「それは……その……あたしが……ルルーシュのこと……」
空の声がだんだん小さくなり、ルルーシュは聞き取ろうと距離を詰めてくる。
突然の急接近に空の頭が真っ白になった。
「あたしがルルーシュのこと好きだから!」
ああ……言ってしまった。
真っ白な頭でそれだけ思った空は、決壊したダムのように言葉を続けた。
「ルルーシュのことが好きだから!
優しくされたら勘違いしちゃいそうなの!
自分のことが好きなんだって……!
ルルーシュはシャーリーが好きなのに……」
ルルーシュは真顔になり、エラーが起こったロボットのように停止した。
ように見えるが、彼の脳内は、思考は物凄い勢いで回転する。
『なぜそう思ったのか』『そう思ってしまった根拠は何だ』『あるとするならひとつだけ。だがそれは、優しくするなと言われた後の出来事だ』と。
深く考え、どれだけ記憶をさかのぼっても、該当する出来事は浮かばない。
一方空は、接近する圧をルルーシュから感じなくなり、逆に戸惑った。
目の前に意識を戻すルルーシュと、気まずさで言葉が続かなくなった空の視線がぶつかった。
「俺がシャーリーを好きだと、どうしてそう思った?」
「それは……」
スザクにただの夢だと断言された話をそのままルルーシュに伝える事に抵抗があった。
何も言えなくなって黙る空に、ルルーシュは苦笑する。
「……伝えるべき気持ちを伝えていなかったからだな。
そのせいでおまえを泣かせてしまった……。
しかも、そばにいると言ったくせに、それをスザクに頼んでしまった。
すまない、空。
俺が好きなのはおまえだ」
ポカンと口を開き、空は固まった。
ルルーシュの瞳に呆れの色が浮かぶ。
「抱きしめたりもしたんだが、まさか俺が誰を好きか気づかなかったとは……」
開いていた唇をきゅっと結んだ空の顔が、じわじわと赤く染まっていく。
「それは……もしかしてって思った時もあったけど……」
「それはいつの時だ」
「うぇっ」
ずずいっと迫るルルーシュに空が大きくのけぞった。
「いつ抱きしめた時にそう思った?」
「こ、この前の……。
ルルーシュがケーキを作ってくれた日の、その前の日の夜の……」
「……今まで何回も抱きしめたはずだが」
「ナナリーにするみたいにしてくれたのかなぁって……」
ルルーシュの顔が苦々しく歪み、わずかに開いた口から重い溜め息が漏れ出ていく。
「ナナリーを抱きしめるのは頼まれた時だけだ。
もうここ何年もお願いされていない」
そしてルルーシュは黙り、痛いほどの沈黙が場を支配する。
気まずさに負けた空はルルーシュを見れなくなった。肩に手を置かれ、びくりと震える。何を言われるんだと緊張した。
「空」
名前を呼ぶ声が優しくて、空は思わず顔を上げた。
真剣な表情に一瞬息をするのを忘れてしまう。
「俺が、抱きしめたいと心から思えるのはおまえだけだ」
言葉では言い表せられない感情が空の胸に込み上げていき、満面の笑みが自然と浮かぶ。
肩に置いたままのルルーシュの手がわずかに動く。『抱きしめたい』と強く思ってしまった。
途端、ルルーシュの顔に暗い影が差す。
ここに戻る前の出来事が、光景が脳裏に蘇ったからだ。
「……後で話したいことがある」
絞り出すように言った声は辛そうで、空の顔が不安そうに曇る。
肩に置いた手を下ろし、ルルーシュは先に中へ入った。空は慌てて後を追う。
何かあったんだと気づけるほどに、ルルーシュのまとう空気は重苦しい。
なのに、ダイニングで待つナナリーに顔を出す時には、いつも通りのルルーシュに戻っていた。
空は改めて思い知る。ルルーシュが誰よりも嘘をつくのが上手だと。
なんの違和感も不自然さも感じさせないまま、最後まで。
ルルーシュはナナリーを部屋に連れて行き、一人で戻ってくるまで『いつも通り』を演じきった。
少し後ろを歩きながら、共にルルーシュの部屋に行く。
中に入ればC.C.がいない。どこに行ったんだろう?と視線を巡らせれば、
「……あいつなら、海を見に行って来ると言って出かけている。夜明け前に戻るそうだ」
と、ルルーシュがすかさず言った。
扉が閉まって二人きりになってやっと、ルルーシュの顔から表情が消えた。
ベッドで隣に並んで座ってから、ルルーシュはぽつりぽつり話していく。
空はやっと知った。
ナリタ連山の土砂崩れが麓の温泉街まで及び、シャーリーの父が巻き込まれ、亡くなったことを。
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