18-4
深いところに沈んでいた意識が浮上し、目が覚める。
あたしの部屋だ。目覚めきっていない頭はひどくぼんやりしている。
桐原さん達と話して、車に乗り込むカレン達を見て────その先が思い出せない。
まるで寝落ちした時みたいだ。いつもと違う。
あたしの名前を呼ぶ声がそばで聞こえて、ルルーシュが近くに座っている事にやっと気づいた。
ああ、そう言えばマオはどうなったっけ……?
深い穴に引きずり落とされるように、また眠くなってくる。
「ルルーシュ……。
……マオは、まだいる……?」
ルルーシュが何か言っている。
声が遠くてちゃんと聞き取れない。
突拍子もなくて困らせてしまったかもしれない。ちゃんと最初から説明しないと。
「昼、だったかな……。
マオがクラブハウスに来て……。
ピザの配達員さんに……案内頼まれたんだって……」
全部話したかったのに、アラン・スペイサーが誰か聞こうと思ったのに、唇が動かない。
ずるりと滑り落ちるように眠りについた。
***
闇の中、あたしはボンヤリと立っていた。
ここはあの子のいるところみたいだ。不思議と分かった。
宙にモニターが浮いていて、画面は砂嵐。
こんなところでテレビ見てたら目が悪くなりそうだなぁ。
「驚いた。まさかこんなところまで来るなんて」
真後ろで声がしてドキッとした。
すぐそはで話しかけるなよ、と睨んだ目で振り返る。
赤色の瞳をしたもうひとりのあたしが立っていた。
「ここはボクの部屋だよ。
キミのをもらったから、キミはここに来ちゃったのかな?」
「あたしの? もらったって何を?」
相変わらず意味が分からない。
赤色の瞳を細め、性格の悪い笑みをニヤニヤと浮かべるだけで、彼女は何も答えずにモニターのほうへ歩いていく。
「せっかく来たんだから見せてあげるよ。
コードギアスの12話の最後らへん」
話をはぐらかした事に軽く怒りを覚えたが、それよりも気になる事を言われて追及できなくなった。
モニターの砂嵐が消え、パッと現れた映像に目が釘付けになる。
「ジーッと、見てごらん」
言われるままに注目してしまう。目が離せない。
それしか見れなくなったら、映像が急に迫ってきて、どこかの公園に移動した。
どんよりと暗く、雨が降っている。
木々に挟まれたアスファルトの道に外灯がぽつぽつあり、大きな時計をぼんやり照らしている。
時刻は夜の7時30分。
すぐ近くに、学生服を着たルルーシュとシャーリーがいた。
傘が地面に転がっている。
ルルーシュがシャーリーを抱きしめていて、キスを────
「────ッ!!」
ガバッと飛び起きる。
いつの間にか、公園じゃなくて自分の部屋に戻っていた。
荒く早い呼吸を繰り返しながら、あたしの視線は迷わず時計にいく。
あと30分で、夢で見た時間になってしまう。
雨の、あの公園の出来事は、これから起こる出来事なんだ。
ぎゅっと握られたように胸が痛くなり、息をするのが苦しくなる。
そうか。ルルーシュはシャーリーが好きなんだ。
あたしじゃなくて、シャーリーが。
裏切られたような気持ちに一瞬なったけど、頭を振ってそれを否定する。
好きだ、なんて一度も言われた事ないのに、何を勘違いしているんだあたしは。
恥ずかしい。しにたくなるほど恥ずかしい。
頭ではそう思っているのに、心が全然追い付かなくて、ぐっと涙が込み上げる。
恥ずかしい勘違いなのに泣くな、と頭では思うのに、あたしの心は涙を押し出そうとしてくる。
扉がノックも無しに開いて、最悪なタイミングでルルーシュが入ってきて、涙が浮かぶ目を見られてしまった。
「空ッ?!」
アニメでは考えられない、ルルーシュらしくない顔ですぐに駆け寄ってくる。
心から心配してくれる優しい顔に、涙がぼろぼろっとこぼれた。
すぐに袖で目を拭ったけどバッチリ見られてしまった。
「大丈夫か!?
何があったんだ……!!」
こっちに来てほしくないのに、ルルーシュはズカズカとこっちに来て、もう目の前に。
ルルーシュの顔がぼやけて見えた。
「ごめん……なんでもないの。
だい……大丈夫だから……っ」
接近するルルーシュを手で突き放そうとしたら、ガッと手を握られて引っ張られた。
少し乱暴にぎゅっと抱きしめられる。
「安心しろ。
今日はずっとそばにいてやるから」
大きくて、心があったかくなる、安心する手だ。
どうしてそんな事をするのか分からなくて、ルルーシュが分からなくなって、頭にカッと血がのぼる。
力任せに、ルルーシュを強く突き飛ばした。
「大丈夫だって言ってるじゃないッ!!」
肩が上下するほど呼吸が荒い。
ルルーシュは尻餅をついていて、何をされたのか理解できていない顔をしていた。
頭の中がぐちゃぐちゃで、涙ばかり溢れてくる。
どうしてここまで好きになってしまったのか。
ルルーシュと会ったばかりの、あの頃の自分のままでいたかった。
「もう……優しくしないで……」
扉が再び開き、今度はスザクが入ってくる。
「ルルーシュ。
空は起きたかい?」
スザクの明るい笑顔が、ルルーシュとあたしを見た瞬間、気まずそうに悲しそうに曇った。
ここにいたくなくて、考えるよりも先に身体が動いていて、がむしゃらに走って部屋を飛び出した。
呼び止めるスザクの声が遠ざかって聞こえなくなるほど離れたのに、追いかけてくる足音がすごい勢いで迫ってきた。
「空」
穏やかな声が真後ろで聞こえて、背中に手を押し当てられる。
スザクが同じスピードで並走してきて、なんだこの状況、と目を剥いた。
逃げたい気持ちが一気に削がれ、これは逃げられないという気持ちになって、走るスピードが落ちていく。
足を止めればスザクも止まり、安心したようにスザクは笑った。
「空、落ち着いて」
スザクの澄んだ瞳を見ていられなくなって顔を背けた。
「ルルーシュと何があったんだい?」
そう聞かれた瞬間、ふつふつと怒りが沸いてくる。
なんであんな、あんな風に抱きしめたんだ。シャーリーが好きなくせに。
「嫌い……!
ルルーシュなんて大嫌い……!」
「嫌いなんて言っちゃダメだよ。
嫌いだと思える事をルルーシュがしても、嫌いだなんて言ったらダメだ。
だってキミは、誰よりもルルーシュを大切に思ってるんだから。
一回部屋に戻ろう。起きたばかりで動き回るのは体に悪いよ」
「やだ……戻りたくない……っ」
「ルルーシュがいる場所には戻りたくないの?
……わかった。部屋から出るようにルルーシュに言うから。
僕が言うからキミはここにいて」
スザクはすぐに走り出し、あっという間にいなくなる。
頭と心がばらばらになってるみたいに一致しない。
支えが無いとひとりで立てなくなるほど弱っていて、膝を抱えてうずくまる。
ルルーシュは自分のことを好きだという思い上がりが恥ずかしくて、消えてしまいたい、と無性に思った。
スザクが行ってからどれくらい経っただろう。
走る音がまた戻ってくる。
「お待たせ。
ルルーシュは部屋から追い出したから。
外で頭を冷やしてくるって、その、言ってたから。
だから戻ろう、空」
目の前でしゃがんだスザクは笑顔で手を差し出してきた。
握れば引っ張り上げてくれて、手を引いて歩いてくれた。
***
部屋に戻れば、窓をぽつぽつ叩く雨音が聞こえた。時刻は7時30分を過ぎている。
ルルーシュはシャーリーのところに行ったんだろう。
頭が痛くて、泣きすぎて涙も出ない。
ふらふらとベッドに座れば、スザクもそばの椅子に腰掛けた。
頭が重い。うつむいていたら、窓を叩く雨音だけが聞こえた。
「……ねぇ、空。
ルルーシュは……」
そこで言うのを止めた。
視線を上げたら、苦しそうな顔のスザクと目があった。
「 ……ルルーシュは優しすぎるんだ。
それでキミを傷つけてしまうこともあると思うんだ……。
だから、その……」
「……そうだね。
ルルーシュは優しすぎるんだよね……」
優しすぎるから、その優しさに勘違いしてしまったんだ。
だからあたしは。
あたしは……
「……あたしは、ルルーシュのそばにいないほうがいいんだ……」
出ないと思っていた涙がまた、ゆっくりと溢れ出た。
「空、本当に何があったんだい?
そばにいないほうがいいなんてどうして思うんだよ」
「だって……あたしの気持ちはルルーシュにとって迷惑だもん……」
ルルーシュがシャーリーを好きだと思っているなら、自分の気持ちはルルーシュにとって重荷でしかない。
涙がぼろぼろ、ぼたぼた落ちた。
「空、ごめんね」
すぐそばでスザクの声が聞こえたと思ったら、いきなり両脇にズボッと手を突っ込まれた。
悲鳴を上げる間もなく、ヒョイーッと軽々と、スザクの頭上高くまでたかいたかいされる。
頭が真っ白になる中、下の方で穏やかに笑うスザクの顔だけがしっかりと見えた。
パッと手を離され、ガクンと落ちる。
だけどすぐに、お姫様だっこの体勢で受け止めてくれた。
びっ、くり、した……!
ぼろぼろ出ていた涙は止まっていて、至近距離で見下ろすスザクはガキ大将の笑みをにんまりと浮かべている。
瞳は優しさに満ちていた。
「どうして空の気持ちがルルーシュにとって迷惑になるんだい?
10だけ言われても分からない。
1から10まで話してくれないと分からないじゃないか」
そうだ。その通りだ。
その通りだけど、胸の内を全部話す事には抵抗があった。
それが顔に出てしまい、察したスザクはハッとする。
「あ、でも、全部言わなくていいからね。話せる事だけ。
ちゃんと聞くからさ、話してよ。
ルルーシュが何かした?
本当にひどい事をルルーシュがキミにしたなら、僕は全力でルルーシュを殴るから」
全力出したらルルーシュ死ぬんじゃないかなぁ。
すぐに首を振って否定する。
言いたくない、という気持ちはあったけど、言わないと先に進めないと思った。
「ルルーシュが他の人にキスして……。
それで、あたし……」
「はぁ?!!
ちょっ、ちょっと待って!
ルルーシュがキス!? 他の人に!? 有り得ない!!」
大きな声に耳がキーンとする。
スザクはハッと我に返り、申し訳なさそうにシュンとした。
「ごめん、ちゃんと聞くって言ったのに。
続けて、空」
「う、うん。
あたし、普通じゃなくて……。
未来に起こる出来事を夢に見ることがあって……。
夜の7時30分に、雨が降る公園で、ルルーシュがシャーリーを抱きしめてキスしてた夢を見て……」
「ルルーシュがシャーリーを?
事故じゃなくて? 夜の7時30分?」
時計に視線を移し、窓の外を見たスザクの顔色が悪くなる。
「あたし、ルルーシュの事が。
ルルーシュの事が……」
「……空。わかった、もういいよ。言わなくていい。
それは僕が聞いちゃダメなやつだ」
ふわりとベッドに下ろされる。
ポンポンと肩を叩く手は、力強くて優しかった。
「空が今やらなきゃいけないのは、ルルーシュとふたりできちんと話すことだ。
キミはルルーシュの気持ちを聞いてない。
それなのにキミは、そばにいないほうがいいって諦めるのかい?」
「…………」
「諦めるな。
そういう風に僕に言ったのはキミじゃないか。
僕の知るルルーシュなら、絶対シャーリーにはキスしない。
キミが見たのはただの夢だ」
キッパリと言い切るスザクの顔は凛としていて、どんよりとした心を晴らすほどかっこよかった。
「あたし、外でルルーシュを待っててもいいかな……?」
「もちろん」
いつの間にか、窓を叩く雨音は聞こえなくなっていた。
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