18-2

意識が戻った後、あたしは霧が立ちこめる町にいた。
ちょっと離れたところも見えない。
地面に沿って進んでいくものの、自分がどこにいるか全然分からなかった。

「この霧が無かったら上から見渡せるのに……」

この近くにルルーシュがいるという不思議な確信はあった。
動き回るよりも、念じて瞬間移動したほうが良さそうかな。

「んだよ!!
俺らをいつまで待たせてんだよゼロの奴ァ!!」

……と思ったら、霧の向こうで誰かの怒鳴り声がした。
ガラの悪い声────これ絶対玉城だ!
声が聞こえたほうに向かって風を切りながら進んでいけば、霧でぼやけた人っぽい輪郭が玉城に変わる。
カレンも扇さんもいた。

「みんなーーーー!!」

気づいてこちらを見たみんなが一斉に驚いた。
進む勢いは減速することなく、スカッとすり抜ける。

「「「空!!!」」」

ピタッと停止し、ふわふわとみんなの元に戻った。

「良かったぁみんながいて〜」

会えたことが嬉しくてニヤけてしまう。
カレンは呆れた顔で肩を落した。

「ほんっと空って気楽よね」
「ンだよやっぱ来るじゃねーか。
俺は信じてたぜ、空がまた俺らのとこ来るってな」

玉城は自信満々の顔でニカッと笑い、扇さんはいつも通りのやわらかな笑みを浮かべた。

「今回も気づいたらこの辺りにいたのか?」
「はい。すぐ近くにみんながいて安心しました。
ここ、霧がすごくて何も見えないですね……。
ゼロは他のところにいるんですか?」
「ああ。
ゼロが迎えの車に乗ってここに来るってさ。
もうすぐのはずなんだが……。
……ん? この音は?」

車がゆっくり走る音が近づいてきて、霧をかき分けて黒塗りの車がやってきた。
ゆっくり進み、あたし達のそばで止まる。
窓とドアがそれぞれ三つ。全てカーテンで閉ざされていて中は見えない。
前の扉が開き、スーツを着た男が外に出た。
こちらに会釈し、後ろのドアを開ける。
車内は広く、右と左で向かい合う形で座席が分かれていて、右奥でゼロが悠々と座っていた。

「お乗りください」

スーツの男に言われたものの、カレン達は困惑していてすぐには動けない。
 
「乗れ」

短く言うゼロに、みんなは戸惑いながらも車内に乗り込んだ。
ゼロの隣にカレンが座り、空いてる右側に扇さんと玉城が座る。

「あたし、どうしたらいいかな?」

ゼロに向かって言えば、彼は驚いたようにハッと顔を上げた。
あたしがいるのは予想外だったようだ。
考えるように沈黙した後で「乗れ」とだけ言った。
取りあえずカレンの横に座る。
スーツの男は全員が乗ったのを確認してからドアを閉めた。
目が全然合わなかった。あの人も見えない人か。
すぐに車が走り出す。

「おいゼロ。
キョウトの誘いに乗ったのはいいけどよォ、これからどこに向かおうってんだ?」
「行けば分かる」

突き放すような声は固く、どこかぶっきぼうだ。
扇さんは話しづらそうな顔で口を開いた。

「彼女もここにいて良かったのか?」
「あぁ」
「……でも、キョウトの人達で私達以外に見える人がいたらどうするんですか?」

ゼロはすぐに答えなかった。
少しの間を置き、

「到着してからだ。
それまでは静かにしていろ」

とだけ言った。
黙り込むゼロに全員が沈黙する。
なんだろう……すごい違和感がある……。
そばにいるゼロが、いつもと違うと思ってしまった。


***


「随分経つけど、まだ走るのかよ?」

ずっとずっと続いていた沈黙を破った玉城にカレンは呆れた眼差しを向ける。

「少しは落ち着けば? みっともない」

そう言いつつ、カレンもどこか落ち着きがない。
腕組みをした指がソワソワと動いていた。

「きっともうすぐだよ」

扇さんがなだめるように言った直後、車が停車してガタンと大きく揺れる。

「な、何だ!」

揺れたのは一回だけ。

「あたし、見てくるね」

天井をすり抜け、上半身だけ出して外を見る。
薄暗いけど現在地を把握できた。
今は車を運ぶ大きなエレベーターの中にいて、斜めに伸びている四角いトンネルをゆっくり上がっている。
車内に戻り、今見たことを全員に話せば、カレン達は驚きに目を丸くした。

「私達、本当にどこに向かっているのかしら?」

止まっていた車はガタンと揺れ、そしてゆっくりと走り出す。
少しして停車し、ドアが開いた。
開けたのはさっきと違う男で、服装はこの人もスーツだ。

「不自由をおかけしました。
主が皆様をお待ちです」

全員で外に出る。
広々とした空間に、一番に目に入ったのは身の丈を越えるガラスの窓だった。
窓と言うよりも壁だろうか?
横にも縦にも大きく伸びている。
外に見えるのは鋼鉄の山肌。
どうやら標高の高いところにいるみたいだ。
雲がかった景色が広がっていた。

「ここは……フジ鉱山!?」
「えぇ!!!?」

まさかここが富士山だなんて。
こんなに変わり果ててしまっているなんて……!
扇さんが何も言わなかったら気づかなかった。
玉城もすごい顔でガラスに張りつき、カレンも慌てた様子でそれに続いた。

「嘘だろおい! そんな所に来られるわけ……!!」
「でも間違いないわよ! この山、この形!」
「ってことは、この下にサクラダイトが!?
戦争の元になったお宝だろ!? 侵入者は尋問無しで銃殺だってのに……」
「こんな所にまで力が及ぶなんて、やはりキョウトは凄い……!」

扇さんの声はうわずっていた。
その呟きの後、いきなりガラスが黒い壁に変わる。

「醜かろう?」

老人の声が後ろから聞こえた。
みんな振り返り、あたしも声のする方を見る。

「かつて山紫水明……水清く緑豊かな霊峰として名をはせたフジの山も、今は帝国に屈し、なすがままに陵辱され続ける我ら日本の姿そのもの……。
嘆かわしきことよ」

奥には祭の御輿 みこしを小さくした乗り物があって、そこに誰かが座っているけど、薄いカーテンでシルエットしか見えない。
床に置かれた御輿の両隣にスーツの男二人が立っている。多分ボディーガードだ。

「顔を見せぬ非礼を詫びよう。
が、ゼロ、それはおぬしも同じ事。
わしは見極めねばならん、おぬしが何者なのかを。
その素顔、見せて貰うぞ!」

言い終わった途端、物陰からナイトメアが一斉に出てきた。全部で四機。
驚いている間に接近してきて、銃を構えてくる。
すぐに動いたのはカレンで、ゼロを庇うように前へ出た。

「お待ちください!
ゼロは我々に力と勝利を与えてくれました! それを!」
「黙るのだ!」

鋭い一喝を飛ばした後、老人は扇さんを名指しする。

「おぬしがゼロの仮面を外せ!」
「なっ……!?」

扇さんだけじゃなくあたし達も絶句する。
思いもしない命令に戸惑って当然なのに、扇さんはすぐに動いてゼロの元へ行った。
彼の瞳に迷いは無い。
ゼロの前にいたカレンは気圧されたように横にずれた。

「扇さん!」
「すまない、ゼロ。
でも俺も信じたいんだ、お前を。
だから信じさせてくれ」

扇さんの両手が仮面へと伸びるのに、ゼロは少しも動かない。
仮面を取られ、バサリと落ちたのは若草色の長髪。
今まで違和感あったのは、中身がC.C.だったからなんだ。

「女ァ!?」
「そ、そんな!」

玉城と扇さんが目を剥いて驚く中、カレンは違った。

「違うわ! この人はゼロじゃない!
私は見た! ゼロがこの人と一緒にいたのを!」
「そこな女、真か?」

しわがれた声の問いに、C.C.は「ああ」と答えた。

「しかもおぬし、日本人ではないな?」
「イエスだ。
キョウトの代表、桐原泰三」

C.C.はニッと不敵に笑う。
無表情で立っていたボディーガード達もさすがにうろたえた。
 
「御前の素性を知る者は生かしてはおけぬ!」
「それが日本人にあらざれば、なおさら!」

銃を出して今にも撃とうとするボディーガード達に、玉城は情けない悲鳴を上げた。

「待ってくれ!! 俺は関係ねぇからよ!」

問答無用とばかりにナイトメア達が迫ってくる中、一騎だけがなぜか違う動きをした。
素早く無駄の無い動作で他のナイトメアを攻撃し、無力化する。
あっという間の出来事に目で追えなかった。
味方を攻撃したナイトメアは走り出し、御輿の前で急ブレーキをかけて止まり、銃を突き付ける。
仲間割れの行動────前もってギアスをかけていたのか。

「………ヌルいな。
それにやり方も考え方も古い!」

ゼロの声がナイトメアから聞こえた。
そこにいたのか、と驚いた。
ギアスをかけられた人が操縦しているのかと思った。
開いたコクピットからゼロが出てくる。

「だからあなた方は勝てないのだ!」
「い、いつの間に!」

左に立つボディーガードがゼロに銃を向ける。

「やめろ!! 遠隔射撃されるぞ!」

すかさず言ったのは右に立つボディーガード。
ゼロが握るスイッチから片時も視線を外さないまま、

「いいな、誰も手を出すな!!」

と、離れた場所にいる味方に聞こえるぐらいの大きな声で言った。
ゼロは高いところで腰に手を当てる。

「桐原泰三。
サクラダイト採掘業務を一手に担う桐原産業の創設者にして、枢木政権の陰の立役者。
しかし、敗戦後は身を翻し植民地支配の積極的協力者となる。
通称『売国奴の桐原』
しかし、その実態は、全国のレジスタンスを束ねる『キョウト六家』の重鎮。
面従腹背か……安いな」
「貴様、御前のお気持ちを!!」
「やめいっ!!」

怒りに声を荒げるボディーガードを桐原さんが鋭く一喝する。
ゼロは小さく笑った。
 
「フフッ、あなたがお察しの通りだ。
私は日本人ではない!」

ハラハラと見守るカレン達がギョッとした。

「えっ!?」
「マジかよ! そりゃ顔見せられねぇはずだ……」

ナイトメアに隠れて御輿が見えないけど、桐原さんもさすがに驚いているだろう。

「日本人ならざるおぬしがなぜ闘う!?
何を望んでおる!?」
「ブリタニアの崩壊を」
「そのようなことを出来るというのか?
おぬしに!」
「出来る!
なぜならば、私にはそれを成さねばならぬ理由があるからだ!」

ナイトメアを軽やかに降り、桐原さんのいるところまで歩いていく。
御輿が小さいのかナイトメアが大きいのか、ゼロと桐原さんが対面しているところは隠れて見えなかった。

「フフッ、あなたが相手で良かった……」

仮面を外す音だけ聞こえた。

「ッ!!
おぬし……!!」
「お久しぶりです、桐原公」
「やはり……八年前にあの家で人身御供として預かった……」
「はい。
当時は何かとお世話になりました」
「相手がわしでなければ人質にするつもりだったのかな?」
「まさか……。
私には、ただお願いすることしかできません」

桐原さんは沈黙する。
この人なら多分大丈夫だ。ギアスを使わなくても協力してくれると思った。

「八年前の種が花を咲かすか……。
ハッハッハッハッ!
ハッハッハッハッハ!」

桐原さんの笑い声が響く中、玉城はゼロの素顔を見ようと身体をちょこまか動かしている。

「くそっ、見えねえ!」

前に出ようとする玉城をカレンは無言で遮った。

「扇よ!」
「は、はい!」

突然の名指しに扇さんは緊張した顔でビシッと背筋を伸ばす。

「この者は偽り無きブリタニアの敵。
素顔をさらせぬ訳も得心がいった!
わしが保証しよう、ゼロについていけ。
情報の隠蔽や拠点探しなどはわしらも協力する!!」

緊張していた顔が安心と喜びでほころび、扇さんはバッと頭を下げる。

「ありがとうございます!」

ナイトメアの向こう側でマントをひるがえす音が聞こえた。

「感謝します。桐原公」
「行くか、修羅の道を」
「それが、我が運命ならば」

仮面をつけた音が聞こえた。
ゼロがナイトメアの向こう側からこちらに戻ってくる。
会いたいと思う気持ちで前に出てしまった。

「ゼロ!」
「おまえ……!
どうしてここに?!」

扇さんが慌ててゼロへ駆け寄った。

「ゼロ。
彼らには見えないんだから変に思われるぞ」

桐原さんに聞こえないような声量でぼそぼそと咎める扇さんに、ゼロも「すまない」と小さな声で謝った。
カレンと玉城とC.C.もこっちに来る中、後ろでスーツの人達がナイトメアを全部撤去していく。
桐原さんがそう指示したのか、ごちゃごちゃした空間がすっきりと片付いた。

カーテンをめくり上げ、桐原さんが御輿を出る。
渋い色合いの着物を着た、杖を手にする老人だった。
頭はつるつるで岩のように固そうだなぁと思った。
本物のゼロに安心していたカレン、疲れた顔をしていた玉城、そして扇さんの、みんなの顔が緊張で引き締まり、わたわたとした様子で三人は横に整列する。
普段は絶対会えない身分のお方みたいだ。

「改めて顔を見せなかった非礼を詫びよう。わしが桐原泰三だ」

ボディーガードを後ろに控えさせ、桐原さんは一人ひとり確認するように見ていく。
薄く笑みを浮かべた顔が、突如クワッと驚愕に歪んだ。

「何と言うことだ!!」

え? まさか見えてる?
桐原さんの目があたしをロックオンしていて、みんなも声を上げて驚いた。

「桐原公。
あなたは彼女を見ることができるのですか?」
「見える! 見えるとも!!
まさか本物を目にすることができるとは!!」

桐原さんは興奮した様子で小走りでこっちに来た。元気なおじいちゃんだな。
後ろでボディーガード達が慌てた顔で追いかけてくる。
すぐ目の前まで来た桐原さんは、ヒーローショーにはしゃぐ少年みたいにきらっきらな笑顔だった。

「あ、あの……本物ってどういうことですか?」
「おぉ!!喋りおった!!
話すことができるとは!!」

本当になんだこのおじいちゃんは。
戸惑うあたしと違って、隣にいるゼロは冷静だった。

「桐原公、彼女の件は別室で。
後ろに控えている二人には見えてないようです」

そう耳打ちするゼロに、桐原さんは後ろのボディーガード達を振り返って確認する。
彼らはあたしを見ず、クールな表情で立っている。
桐原さんは納得したように頷いた。

「分かった、部屋を用意しよう。
案内する。わしの後に続け」
「恐れ入ります」

桐原はボディーガードの一人に声をかけた。

「桜の間に通す。
人数分の茶を用意せい。
スメラギの分もな」
「はい!」

歩き始める桐原に全員が後ろをついていく。
進んでいけば、ゆったり歩ける通路に入った。

「桜は好きか?」

歩きながら桐原さんが問い掛ければ、全員が好きだと答えた。
満足したように桐原さんは小さく笑う。

「わしも好きだ。
奥多摩の湖は知っているか?」
「はい、存じてます。
春を迎えた時の景色は夢のようだと昔、知人から聞きました」

そうゼロが答えた。
その知人はスザクの事だろうか?

「ブリタニアの侵攻がなければあんなひどいことにはならなかったんですよね」

悲しそうな顔で残念そうに言ったカレンに、パソコンで見た景色を────燃やしつくされて炭になった無惨な桜の木々を思い出す。
嫌なのが頭に浮かんでしまった。追い出すようにブンブンと頭を振る。

「……でも、春になったらちゃんと咲く桜だってあるよ。
全ての桜が消えたわけじゃない」
「その通り。
踏まれ、蹂躙されようとも必ず芽吹き、花を咲かせるだろう」

足を止めずに桐原さんがこっちを振り返り見た。
目が合えば、嬉しそうな顔で笑いかけてくる。

「人間らしさも併せ持つとは。
おぬしの存在を他の六家の者らが知ったらきっと腰を抜かすだろうな」

それから少し歩き、桐原さんはふすまの前で足を止めた。
今まで歩いてきた通路とは全然違ったやわらかな雰囲気がして、すごく違和感のある光景だ。

「皇の、わしじゃ。入るぞ」

そう一声かけ、桐原さんはふすまを片方開けて中に入る。

「お帰りなさいませ、桐原のおじいさま!
お話はもうお済みになられたのですか?」

奥から幼さを帯びた少女の声がした。
入ってすぐのところに靴を置くスペースがあり、草履を脱いだ桐原さんは軽い足取りで奥へ進む。
中は畳が敷かれ、茶室のような部屋だった。
扇さん、玉城、カレンの順で靴を脱いで室内に入る。
ゼロとC.C.は立ち止まっていて、どうしたんだろうと不思議に思ったけどすぐに疑問が解けた。
ゼロの服、靴と一体化してるんだ。
きっと彼は今、どうやって中に入るか悩んでいるんだろう。
C.C.は出入口近くの壁に背を預け、『私はここでいい』と言いたそうなクールな顔をした。

「ゼロはあんなところで何やってんだァ?
あ! まさかアイツ、靴が脱げねぇんじゃねぇの?」

ぷーっと吹き出す玉城にカレンは無言で拳を叩き込む。

「ゼロ様もいらっしゃるのですか?!」

奥からこちらへ、少女がパタパタと走ってくる。
黒髪は腰まで伸び、緑の瞳は澄んだ色をして、薄桃と赤色の着物を着ていた。
日本昔話のお姫様みたいな子が出てきて、あたしの口がポカンと開く。

「ゼロ様、お会いしたかった!」

彼女の身長はゼロのほぼ半分。
背伸びしてゼロを見上げる少女の瞳はキラキラと輝いていた。
戸惑っているのか、ゼロは少しのけぞっている。

「皇 神楽耶 カグヤと申します。
私、ず〜っとファンだったんですよ!
あなたのデビューから。
一度お話ししたいと思ってましたの。
そのままで構いませんのでお上がりください!」

きらっきらした眼差しをしている少女がふとこちらを見た。
神楽耶ちゃん……彼女にピッタリのかわいい名前だ。

「あ、こんにちは」

反射的にあいさつすれば、

「キャアアアアァ!!
ゼロ様のそばに悪霊が!!」

本気で怖がり、倒れ込むようにゼロにしがみついた。
怯えさせてごめんね、と罪悪感に襲われる。

「落ち着けい皇の!
その者は『精霊』じゃ!!」

恐怖に震えていたけど、桐原さんの言葉でキョトンとする。

「え? 『精霊』?
あなたが……?」

ジーッと凝視してくる。
居心地悪いなぁと思っていたら、彼女はハッと息を飲んだ。

「うそ!! 本当に存在していたなんて!!」

ゼロにしがみついていたと思えば、パタパタと桐原さんのところへ行った。

「桐原のおじいさま!
これは夢ではありませんよね!?」
「夢ではない夢ではない!
夢ではないぞぉ皇の!!」

興奮する少女と楽しそうなおじいちゃんの二人だけで盛り上がっていて、置いてきぼりをくらったような気分になる。

「すみません。
『精霊』とは一体?」

扇さんの質問に桐原さん達はハッと我に返った。

「その存在については今から話そう。
ゼロよ、靴が脱げぬのであればその場に腰掛けい。
透けてるおぬしと皇の、わしの元へ来るのだ」

桐原さんのいる奥のほうまで進み、正座する。
正座する幽霊って奇妙な光景だな……。
神楽耶ちゃんはあたしを物珍しそうな目でじろじろ見ながら、奥の座布団に正座した。

「まずは『精霊』について説明しよう。
『精霊』とはその存在の名称だ。
遥か古より伝わる勝利を司る化身。
選ばれし者しか目にすることができぬ存在だ」

桐原さんの説明に乗っかる形で神楽耶ちゃんも口を開いた。

「『精霊』は戦況を逆転させる神風を起こすことができるとされている存在です。
“精霊を従えし者は世の覇者となる”と言い伝えられているほどです。
日本では古来から、戦を始める前に士気を上げるためにその名が多く用いられてきました。
実際に見える者がいたかは不明ですが……。
『精霊』は少女や女性の姿をした幽霊だと文献には残されています」
「すげェ……。
空がその『精霊』ってマジかよ……」

玉城だけじゃなく、扇さん達の目の色が変わる。
自分の事を話しているんだという実感が湧かなくてひたすら困惑した。

「空。ふむ……。
それがおぬしの名か。
そこらの娘と変わらぬ容姿をしておるが……」
「御前。
お茶をお持ちしました」

ふすまの向こうで男の声が聞こえ、ゼロがすぐに動いた。

「私が受け取ります」

ふすまを開ければ、人数分の湯呑みが乗ったお盆を持った男が立っていて、出迎えたゼロを見てギクリとした。

「後は私に任せろ」

持っていたものをゼロに渡した後、男はぎこちなく一礼し、通路に出てふすまを閉めた。
ゼロはお盆を扇さんへ、扇さんは湯飲みをみんなの元へ。
言葉を交わさず、スムーズにお茶が行き渡った。
お茶を飲んでほっこりしてから、神楽耶ちゃんが話を再開する。

「すごいですわ。
まさかゼロ様が『精霊』を使役なさっていたなんて」

惚れ惚れとする神楽耶ちゃんの言葉にカレンはムッとする。

「失礼ですが神楽耶様、空は私達の仲間です。
使役とかそういうのじゃありません」
「その通りです。
私は彼女を道具のように考えたことは一度たりともありません」

神楽耶ちゃんから惚れ惚れとした笑みが消え、シュンとした。

「仲間、ですか……。
……どうやら私は、あなた達にとってかけがえのない存在を侮辱してしまったようですね」

カレンとゼロを見ていた神楽耶ちゃんはあたしへ視線を戻し、姿勢を正す。

「申し訳ありません。
考えのなかった失言をお許しください」

そして頭を下げた。
土下座かと思うほど深々すぎて、見ていて内心おろおろする。

「あ、謝らないでください。
だってあたしはあたしです。あなた達の言う精霊じゃないです!
だから全然ピンとこなくて。だから謝らないでください……!」

おろおろしすぎて余裕が無い。
頭を上げる神楽耶ちゃんは目を白黒させていた。
部屋が静かすぎて猛烈に恥ずかしくなる。天井を突き抜けて逃げたくなった。
桐原さんがいきなり、はじけた風船のように大きく笑う。

「ハッハッハッハ!!
そうとまで言われれば皇の、謝りたくとも謝れぬわなぁ!」

大笑いする桐原さんを神楽耶ちゃんはキッと睨んだ。

「いーえ! どう言われようと謝らせていただきます!」

再び目が合った。
神楽耶ちゃんに熱い眼差しで見つめられる。

「あなたと『精霊』を同一視してました。すみません」

謝りたいという気持ちが、瞳に強く強く浮かんでいる。
これは受け取らないと────そう感じて、自然と頷いていた。
すると神楽耶ちゃんは安心したように、嬉しそうにニコッと笑う。
年相応のかわいらしい笑顔だった。

「ありがとう。
これであなたと対等に向き合えるわ。
私のことは神楽耶とお呼びくださいね。
もう一度、あなたの名前を教えてください」
「七河空です。
あたしも空って呼んでね」
「七河……?
奇妙な話だ、姓も持っておるとは」

桐原さんは顎に手を当てて難しい顔をした。

「全然奇妙じゃありません。
空は身体を抜け出してここにいるんです。
今もこの世界で生きている女の子ですよ」

カレンの言葉に桐原さんは目を大きく見開き、腰を上げ、ずずいっと迫ってきた。

「おぬし、それは真なのか?」
「は、はい。この姿になっている間はあたしはずっと眠ってるんです。
ちゃんと生きてます」
「……そうか。
確かにわしの考えていた『精霊』とおぬしは違うのかもしれぬな」

迫ってきた桐原さんは、またずずいっと座布団に戻ってカレンを見る。
 
「紅月よ。おぬしは先程、この娘を『仲間』と言っておったな。
この娘は何度もこの姿になれるのか?」
「はい。
いつも私達の力になってくれてます」
「ほぅ。それは興味深いな」

顎を撫でる桐原さんは子供みたいな笑みを浮かべ、あたしに視線を戻した。

「一度、肉体に戻ったおぬしと話をしてみたいのう。
問題がなければまたここに参られよ。騎士団の誰かと共にな。
移動の車は手配しよう」
「はい。
訪問できる日があれば、手紙をお送りいたします」
「うむ。
では、本日はこれでおひらきにしよう。
帰りの車を用意する」

腰を上げる桐原さんに扇さん達も立つ中、神楽耶ちゃんは満面の笑みでゼロに歩み寄った。

「ゼロ様! いつでもここに足をお運びくださいませ。
妻はあなたの訪問を心待ちにしております」

え!?と耳を疑った。
すごい爆弾発言に、カレン達が大きくうろたえる。
ゼロは平然としていた。

「ふふ。お戯れを」
「いいえ! 私は本気です!
素顔を見せられない理由があなたにはおありでしょう?
それは何かと不便だと思いますの。
私が補って差し上げましょう、妻として」
「私はこの姿を不便だと感じたことはありません。
それでは神楽耶様、また後日に」

C.C.と共にゼロが廊下を出て、カレン達もそれを追いかけた。
あたしも行こうとしたが、

「待てい」

桐原さんに呼び止められた。

「はい。なんでしょうか?」
「次は茶を飲みながらゆっくり話そう。
幼き皇のと花見をした日の写真を見せてやろう」
「あら。懐かしいですわね。
それなら私は、桐原のおじいさまの頭がふさふさだった頃の写真をお見せしますわ」
「若い時のか?
なぜ皇のがそれを……」
「おばあさまからいただきました。
では空さん、また来てくださいましね」

神楽耶ちゃんはにっこりと笑い、桐原さんも笑顔でうなずいた。

「おぬしがここに遊びに来ることを楽しみに待っておるよ」

孫を見るおじいちゃんみたいな表情に、祖父を相手にしているような気持ちになる。
嬉しいけど少しくすぐったくて、もごもごとお礼を言ってから、壁をすり抜けて廊下に出た。
桐原さんの大笑いする声がふすま越しに聞こえた。


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