17-4

何かを言いたそうな顔で、つい数秒前にはそこにいた。
なのに、今はもう、空のいた痕跡が少しもない。
それが寂しくて、無性に寂しくなって、ルルーシュは自嘲の笑みを浮かべた。

「醜態だな……」

電話が鳴り、ルルーシュはワンコールで出た。

『私だ。
空が起きたぞ』
「ああ。つい先ほどまで俺のところにいた」
『お前のところにだと?
……そうか。ならよかった。
空にかわるぞ』

ごそごそと物音がする。
C.C.の声もかすかに聞こえた後、

『ルルーシュ……?』

苦しそうな空の声が聞こえた。

『ごめんね、途中で……消えちゃって……。
あたし、ルルーシュに、まだ言いたい事が……』

辛そうな息づかいだ。
ルルーシュは慌てて言葉を遮った。

「いや、いい。
帰ったら聞かせてくれ」

返答はない。
だけど、向こうで空が頷いているという確信がルルーシュにはあった。
ごそごそとまた物音が聞こえ、電話の相手がC.C.にかわる。

『すまないルルーシュ。
空を少し休ませる』
「……ああ。頼む」

電話を終えて携帯を戻したルルーシュは、ゼロとしての装いを整える。
仮面をかぶれば、不思議と心が落ち着いた。

『素顔を見せてほしい』という空の意見を、ルルーシュは抵抗無くすんなりと聞けた。
確かにそうだ。
素顔を見せなければ、ゼロはいつまでもゼロのまま。
人は心にある願いの為に戦う。
ゼロの為に戦う人間がこの先、掃いて捨てるほど現れても、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの為に戦う人間は誰もいない。

「……だが、素顔は見せられない。
ゼロは記号でなくてはならないからな」

正体不明だからこそ意味がある。
素顔を晒せば、余計な問題が増えるだけだ。
ゼロが部屋を出れば、にぎやかな談笑が遠く聞こえた。
廊下を歩いていくにつれ、会話がハッキリと聞こえてくる。
自分が行けばこの空気に水を差してしまう。タイミングをはかって出ていくことにするか、とルルーシュは考え、ピタリと歩みを止めた。

「……カレンってよぉ、ゼロ相手だとすっげぇしおらしくなるじゃん?
ゼロの事好きなのか?」
「はぁ!? バッカじゃないの!!
何言ってんのよ! そんなんじゃないし!! 」
「そうかそうかぁ。
カレンはゼロの事が好きなのかぁ」
「吉田さん!! 玉城のバカに乗らないでください!!
私はゼロをただ尊敬してるだけです!!」
「カレンはゼロを敬愛しているのか」
「ケーアイ?」
「親しみを持ち敬う気持ちの事だ」
「南は色んな言葉を知っているんだな。
玉城、またひとつ賢くなったな。ちゃんと覚えておけよ」
「杉山テッメ馬鹿にしてんのか!?
やるか!? あぁ!?」
「すぐケンカしないの。
玉城は相変わらずねぇ。恋人の一人でもできたら落ち着くのかしら」
「恋人か。いい響きだ」
「いいなぁ。憧れるよ。
こんな状況だから、愛してると思える相手にはなかなか巡り会えないよな」

『愛してる』だと?
心ひかれる言葉に、ゼロの足は一歩、また一歩と前に出た。

「無理だよなぁー店行きゃキレーな姉ちゃんには会えるけどよぉー」

ソファにだらしなくもたれる玉城がふいに顔を上げ、視線がぶつかった。
前に出すぎてしまったようだな、とルルーシュは少し後悔する。

「なっ、バッ、ゼロおまえ盗み聞きかよぉ!!」

玉城は慌てて姿勢を正す。
こちらをバッと見る全員の笑顔は凍りついていた。
バレてしまっては仕方ない。
ゼロとして、軽やかな足取りでラウンジに降り、何食わぬ顔で着席する。
もっと話を聞きたかった。
分からない事を知りたい欲求が、そのまま言葉として口から出る。

「キミ達に聞きたい。教えてくれ。
『愛している』というのはどういう気持ちだ?」

少し前のめりに聞くゼロを、全員がポカンとした顔で凝視する。
その場がシンと静まり返る中、難しい顔で玉城が口を開いた。

「ゼロ……もしかしてお前、ロボットか何かか……?」
「……もちろん私は人間だ。撃たれれば血が出る」

全員がポカンとしたかと思えば、一斉に相好を崩した。

「愛しているってどんな気持ちか?なんて聞かれたのは生まれて初めてだぜ」
「ちょっと親近感湧くなぁ」
「教えてくれと頼まれたらもちろん答えてやらないとな」
「私、ゼロの事をちょっと身近に感じるわ」
「『愛してる』か……。改めて言葉にしようとしても、すぐ出てこないわね……」

全員が難しい顔で黙りこむ中、玉城は即答だった。

「よくわかんねぇけどよぉ、めちゃくちゃ好きだって思える女とヤリてぇなぁー」
「……サイッテー」
「玉城……。女性がいる場でそういう事は言うもんじゃないぞ……」
「あー……悪かったな……。
でもよぉ扇、俺ぁ本気で思ってるぜ。
愛していると思える女と俺はヤリてぇ!」
「玉城、退場」
「す、すいません黙ってます……」
「うっわ……俺、直美さんが一番強いと思うわ……」
「ありがとう。
私は、好きの気持ちがたくさん心に積もったら『愛してる』になると思うわ」

瞳をきらきらとさせる井上の答えにゼロは頷いた。

「相手が家族か恋人で感じ方が違うはずだ。
俺なら、恋人と呼べる子が笑う度に、笑顔を見る度に『愛している』と思うだろうな」

いつもクールで笑顔を見せない南が珍しく微笑んでいる。その答えにゼロは頷いた。

「泣いていたり、寂しそうな顔をしていたら抱きしめたくなるだろうなぁ……」

照れ笑いを浮かべて言う吉田の答えに、ゼロはうんうんと頷いた。

「分かる。俺も同じだぜ。
そばにいたいって気持ちになるし、離れたくないって思うんだよなぁ……。
ちょっとしたことで嬉しくなるし、幸せだと思ってしまう」

満ち足りた顔でため息をこぼす杉山の答えに、ゼロはうんうんと頷いた。

「私は『愛してる』ってよく分からないですけど……。
……でも、そう思える相手ができたら、その人の為に戦いたい。
その人を助けたいです。
多分、その人の事を思うだけで、力が湧き上がると思います」

力を込めて言うカレンの答えにゼロは頷いた。

「一緒にいる内に好きになって、いつの間にか『愛している』になっていると思うよ。
生き方が変わったり、違う自分になっているんじゃないかな」
「違う自分、というのは具体的にはどんなものだ?」

『今まで黙って聞いていたゼロが喋った!!』と言いたげに、全員が驚きの顔をした。

「あ、ああ。具体的かぁ、困ったな……。
……えーっと、ずっとひとりで生きてきて、もし『愛している』と思える人ができたら、それだけで今までの自分とは違うだろう?」
「もっと具体的に言え」
「えぇー……」

かなり前のめりのゼロとひどく困惑する扇に、カレンは小さな声で「扇さんすごい困ってるわね……」と呟き、玉城は小さな声で「ゼロ食いつきすぎだろ……」と呟いた。
扇は頭に手を当て、天を仰いだ。

「……具体的……具体的……俺にも愛する人がいたら上手に言えるんだが……。
きっと、考え方が変わったり、強くなったり優しくなれたり、するんじゃないかなぁ」
「……自分にとってプラスになる事ばかり言っているが、マイナスになる事もあるだろう」

ゼロの言葉に、全員が悩んで呻いた。

「確かにそうよねぇ……。
会えないときは寂しくなるわ」
「多分、泣きたくなる時もあるだろうな。
俺、笑った顔を見ても泣きそうになるかも……」
「涙もろいからなぁ吉田は元から」
「他に、性格の悪い人間を愛してしまったら、影響されて自分の性格も悪くなる場合もあるな」
「うっわー気をつけろよゼロ!
クソみたいな性格の悪い女に惚れたら絶対ダメだぜ!!」
「ゼロがそんな人を好きになるわけないでしょ!!」
「わっかんねーだろ!?」

子どもみたいにギャアギャア言い合うカレンと玉城に、ゼロは疲れたため息をこぼして席を立った。

「様々な意見を聞けて有意義な時間だった。感謝する」
「どういたしまして。
知りたい事があったらまた聞いてちょうだい」
「ちょっと楽しかったぜ。
いい人に巡り会えたらいいな」

階段をのぼろうとしたゼロを「すまない。少しいいか?」と扇が呼び止めた。

「なんだ?」
「すごく大切で、失いたくなくて、抱きしめたいと思える人がもしキミにいたら、その人がキミにとっての『愛している人』だと思うよ」
「そうか……」

独り言のように小さく呟いた後、

「……ありがとう、扇」

言った言葉に、全員が大きく目を見開いた。
扇は嬉しそうに笑って「ああ」と返事をする。
階段をのぼって行き、ゼロがいなくなった後、後ろ姿を見えなくなるまで凝視していた全員がその場で脱力した。

「なんっだあれ……」
「なんかすげぇレアなゼロを見ちまったなぁー……」
「ゼロ……なんだかすごく優しい声でした……」
「珍しく驚いた…。ゼロも人間だったんだな……」
「私、ついていきたいって初めて思えたかも。
あの時の戦いでは脅迫みたいな感じだって思ったけど、私、あのゼロならついていきたいわ」
「俺も俺も」

笑顔の仲間達に扇はホッとする。
良い空気だな、と晴れやかに笑って思った。
 

[Back][次へ]


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -