16-6

あれから一日が経った。
空は一度も目を覚まさず、こんこんと眠り続けている。
お見舞いに来たリヴァル達は来た時よりも暗い顔で帰って行った。
ひとり残ったスザクは目覚めを待つように、空のそばを離れようとしない。

「……ねぇ、ルルーシュ。
空と会ってから僕は、ずっと助けられてばかりいるんだ。
僕は空に何もしていないのに、どうして助けてくれるんだろうね?」

空を見つめるスザクは穏やかに笑っているが、瞳は今にも泣きそうだった。

「スザクが何かしてやらなくても、空はおまえを助けるさ。
損得勘定で動くようなやつじゃないからな。
助けたいと思っているから、助ける為に動けるんだろう。
スザクは最近、助けられたと思える出来事が何かあったのか?」
「……昨日、夢を見たんだ。
今でも思い出すだけで体が震えてくるほどの、ひどい悪夢をね。
だけど空がいきなり出てきて、僕の手を引っ張ってくれたんだ。
そこで目が覚めたんだけど、変わった夢だったなぁ」
「……へぇ。興味深い夢だな。
夢は深層心理のあらわれだって聞いたぞ」
「深層心理、か。
どんな時でも空なら助けてくれるって思っているのかな……」

照れ笑いを浮かべるスザクに、ルルーシュも笑みを深くさせた。

「早く起きてほしいな」
「うん。空にありがとうって言いたいよ。
……そうだルルーシュ、これを空が起きた時に渡してくれないかな?」

スザクは白い封筒を取り出し、ルルーシュに渡した。
受け取ったものの、ルルーシュは訝しげに凝視する。

「……これは手紙か?」
「うん。
キミの友達が会いたがっている、って伝えてほしい。
……ルルーシュは聞いた? 空の友達の事」
「ああ。電話で少しだけな。
紹介してもらう時に会うつもりだ」
「え!? だ、大丈夫かい?」
「何か問題があるのか?」
「……う、ううん。キミが大丈夫なら問題は無いけど……」

スザクは黙り、ルルーシュも沈黙し、その場に気まずい空気が流れた。
ガタッと椅子から立ち上がり、スザクはそそくさと帰る支度を始める。

「それじゃあ、今日は帰るよ。
ありがとう、ルルーシュ」
「ああ。気を付けてな。
……そうだスザク、前に技術部に配置換えしてもらったって言ってただろう?
あれから怪我するような事はさせられてないか?」

ルルーシュの深い色をした瞳を、スザクは真正面から受け止めるように見つめ、笑んで答えた。

「させられてないよ。
大丈夫。安心して、ルルーシュ。
全部僕の意思でやらせてもらってるんだ。
技術部の人はみんな優しくて、ご飯を作ってくれる人もいて……いるんだけど、味はすごく独創的で……」
「……そうか。なら、良かった」
「それじゃあまた明日」
「ああ」

スザクが帰った後、ルルーシュは唇を結んで椅子に座った。

「やらせてもらってる、か……」

呟いた直後、扉が開いてC.C.が入ってきて、驚いたルルーシュは動揺して立ち上がった。

「なっ、おま、あっちはどうした!
来る途中でスザクに姿を見られてないだろうな!?
こんなすぐここに……くそっ! スザクが戻ってくるかもしれないんだぞ!!」

バタバタと走り、扉に慌ててロックをかける。

「うるさいヤツだ。
私はC.C.だぞ。姿を見られるなんてヘマはしない。
それよりピザをたらふく食べさせてもらうぞ。
約束通り、ゼロを演じきったんだからな」
「夜までの約束のはずだがな……。
……まぁいい。それより、入団希望者の面談だが、おまえの目から見てどうだった?」
「全員問題無しだ。
ただひとり、ブリタニア人の男はすごかったぞ。
熱心に語るあいつの眼は……あれはゼロを心から崇拝している眼だ。
喜べルルーシュ。私が気持ち悪いと思うほどだったぞ」
「予想以上だな」
「それより空だ。
一度でも起きたか?」
「いいや。ずっと眠り続けている。
先生のおかげで熱は引いたのが幸いだが……。
脈拍も呼吸も異常は無く、ただ眠っているだけらしい」
「……そうか。
なら、あの姿でどこかに行ってるんだろう。
空は心だけでどこにでも行ける力を持っている。
幽霊みたいなあの姿になる時、こんな風に眠り続けるのを私は知っている。
これ以上眠るのは、起こさなければ、多分危ない」

C.C.は空のそばまで歩み寄り、しゃがんで手を握った。

「おい、何をする気だ」
「空を呼び戻せるかどうか、試してみる。
お前は黙っていろよ」

空の手を両手で握り直し、C.C.は目を閉じた。
どう呼び戻すのか興味が湧いたルルーシュは、まばたきしないでジッと見据えた。
ただ手を握るだけではなさそうだ。
まるで語りかけているように見える。
空気が変わったのをルルーシュは肌で感じた。
固く閉じていた空のまぶたがゆっくりと開く。
ぼんやりした目がC.C.に向いた。

「し……つ……?」
「戻ってこれたようだな。
空、起こしてすまない。
起きたばかりで辛いだろうが、先に水を飲め。
身体を起こすのを手伝ってやる」

彼女はかすかに頷き、C.C.に支えられながら上半身をゆっくり起こした。

「ルルーシュ、水を」
「あ、ああ」

水を用意したルルーシュは空の手にコップを持たせる。
だけどその手は震えていて、満足に水も飲めないほど弱っていた。
コップを支えるように持つルルーシュはいつもと違って余裕がなく、それを横目で見るC.C.は小さく笑う。
水を飲み終わった後、空の体から力が抜ける。
ゆっくりと横たわれば、眠たそうにまぶたを閉じた。
それでも左手は誰かを求めるようにわずかに上がり、その手をルルーシュがすぐに握る。

「ルルーシュ……。
すごく……嫌な夢を……見たの」

息を吐くような小さな声は不安に揺れていて、ルルーシュの握る手に力がこもった。

「ルルーシュが……どこか遠くに、行っちゃうの……。
手の届かない、すごく……遠くに……。
ありえないよね。ルルーシュは、ちゃんとここに、いるのに……」
「ああ、夢だ。ただの夢だ。
俺はここにいる。おまえのそばにいる。
だから安心して休め」

ルルーシュの言葉に本当に安心したのか、苦しそうだった空の表情が柔らかくほころんだ。
穏やかな寝息が聞こえてきて、手を握ったままルルーシュはホッと息を吐く。

「王の力はおまえを孤独にする。
いつかは、そばにいられなくなるぞ」

C.C.の瞳は深い悲しみに満ちていて、ルルーシュの顔から笑みが消えた。

「……計画の通りに事が進めば、ナナリーのそばにもいられなくなる。
大切だと思える人間を遠ざけなければいけなくなるだろう。
世界を変えるには必要なことだ。それぐらいの覚悟はできている。
だが、どうしてだろうな……」

ルルーシュは空に視線を落とす。
やわらかな笑みを浮かべるルルーシュに、慈愛に満ちたその表情に、C.C.は内心驚いた。
そんな顔で笑えるようになったのか、と。

「……空だけは、どんなに遠ざけても、俺がどんなに遠いところにいても、果てまで会いに来るだろう。
笑って、俺の名を呼んでくれるような気がする」
「ルルーシュ、お前は……」

ぽろっとこぼれた呟きを、C.C.はハッと飲み込んだ。
ルルーシュはどんなに小さな声でも聞き逃さない。
C.C.をジッと見据える。

「……どうして途中で言うのを止めた。
俺に言いたい事があるならハッキリ言え」
「いいや。これはハッキリ言ってはいけないヤツだ。
お前自身が気づかなければいけないヤツだ」
「意味不明だ……」

不満そうなルルーシュに、にんまりとC.C.は楽しそうに笑う。
さっきは思わず言ってしまいそうになった。
『お前は、本当に空を愛しているんだな』と。

 
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