16-4

リヴァルとニーナと帰ってきたシャーリーにカレー作りをお願いしたミレイは、ナナリーと咲世子と共に空の部屋を訪れた。
ナナリーは眠る空のひたいに手を当て、思った以上に熱くて動揺する。
彼女と同様、そっと頬を触ったミレイは顔を曇らせた。

「あー……。
……これは医者を呼んだほうが良さそうね。
咲世子さん、クリス先生に電話をお願い」
「かしこまりました」
「……ミレイさん、わたしにも何かできることはないでしょうか?」

そわそわと落ち着きのないナナリーに、ミレイは微笑ましそうに目を細めた。

「何かしたくても無理にする必要なんてないのよ、ナナリー。
そばにいれば空だって元気になるわ。
心配しなくても、ただの風邪だから明日には熱も下がってるわよ」
「でもミレイさん、お兄さまの風邪は一週間も長引いたんですよ?
大丈夫だって言ってたのにそれでも眠っている時は辛そうで……」

その時を思い出して涙ぐむナナリーの肩を、ミレイは励ますように優しくポンポンした。

「……それなら、空が辛そうな時はナナリーが手を握ってあげなさい。
そうすればきっと元気になれるわ」

不安そうなナナリーは、ミレイの言葉にやっと笑顔を見せた。

「それじゃあ、私はカレーの様子を見に行くわ。
今日の夕食はみんなで食べる?」
「はいっ!!」
「よかった。カレーできたら呼ぶわ。
咲世子さんも食べてくださいね」
「はい。ありがとうございます。
落ち着いたらいただきますわ」

ミレイを見送った後、ナナリーは空の手を両手で握る。
閉じていたまぶたがピクリと動き、身じろぎした。
苦しそうなうめき声がかすかに聞こえ、ナナリーは辛そうに眉を寄せる。

「空さん、悪い夢を見てるのでしょうか?」
「クリス先生を早くお呼びしたほうがいいですわね……。
ナナリー様、私は電話をかけてきます。
氷水とタオルも用意するので、ここでお待ちくださいね」
「ありがとう、咲世子さん。
お願いします」

咲世子が部屋を出て扉が閉まると、彼女は眠ったまま、ぐずぐずに泣き始めた。
息づかいは荒く、苦しそうだった。

「や……だ……っ。
……ないで。
いか、ないで、ルルーシュ……。
ルルーシュ……っ」

ナナリーの目頭が熱くなる。
自分のことのように苦しくなって、ポケットから携帯を出していた。
ボタンをふたつプッシュして耳に当てる。
呼び出し音が数回続いた後、繋がった。

「お兄さまっ」
『!
……何かあったのか?』

余裕のないナナリーの声に、電話の向こうのルルーシュは緊迫感のある声で応じた。

「空さんが風邪をひいてしまって……。
すごく熱くて、すごく苦しそうで……!
それで……お兄さまの……」
『……そうか。
咲世子さんはそばにいるか?』
「は、はい……。
咲世子さんは今、クリス先生に電話をかけてます……」
『よかった。クリス先生ならすぐに駆けつけてくれるだろう。
俺もすぐに戻りたいけど、今すぐ戻ることはできないんだ……。
すまない、ナナリー』

ナナリーは口をわずかに開き、言おうとした。
“謝らないで。だってお兄さまは、大事な用事で出かけてるじゃないですか。
咲世子さんがいてくれてるから空さんは大丈夫ですよ”と。
言おうとしたのに、声が出なかった。

ナナリーは空に顔を向ける。
目が見えなくても、悪夢に苦しんで泣いているのは分かった。
兄の名前を何度も呼んでいる。
これを、大丈夫だと、心配させないために、嘘をつくなんて出来なかった。

「……それなら、お兄さまはいつ帰れるの?」

思っていたよりも厳しい口調になり、ナナリー自身驚いた。
それでも喋り始めたら止まらない。

「空さんはお兄さまの名前を呼んでいます。
熱にうなされて、泣きながらお兄さまの名前を何度も呼んでいるんです。
できる限り早く帰ってきて、手を握ってあげてください。
お兄さまの手じゃないとダメなんです。
空さんの大切はお兄さまだからっ」

言い終わった後、ナナリーは後悔に襲われて言葉を失った。
思ったことをそのままに声に出すなんてすごく久しぶりで、隠す事なく言えたのに、ナナリーの気持ちは少しも晴れない。
電話の向こうはとても静かで返答は無い。
最愛の兄を嫌な気持ちにさせてしまっただろうか────そんな心配をした時、微笑む柔らかい息づかいが聞こえた。

『……ありがとう、ナナリー。
俺も空が大切だ。
急いで帰るから、必ず帰るから待っててほしい』

優しい兄の声にナナリーはホッと胸をなで下ろす。
思ったことをそのままに声に出したのに『ありがとう』と言われた。
じんわりと胸が熱くなり、溢れる嬉しさに笑みが浮かんだ。


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